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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
21/25

2匹の竜

「ここだね。」

 蔦のカーテンの前に立ち、魔女が小声でカールに言うと、カールはやっと気づいたという風にびっくりして、それから大きく頷いた。

 魔女は手で静かにするようにカールに示すと、足を踏み出し、中を覗き込んでいた。カールは自分が大きな音を立ててしまうことを知っていたので、この時は中をのぞかなかった。実に賢くなったものだ。

 ほんの数秒、魔女が蔦の間から中を覗くと、すぐに踵を返して戻ってきた。そして、今来た道をまた村の方へ歩き出した。



 遅れまいとして、カールも魔女の後を追った。

 中に、竜はいたのだろうか。竜はどんなだったのだろうか。ここで帰ってしまって良いのだろうか。カールは聞きたいことがたくさんあったけれど、どうもこの暗い森で声を発するのがはばかられた。

 ゆっくり1時間かけて歩いてきた森を、かなりの速度で歩いて戻った。もうすぐ村が見えてきそうだと思った頃、カールは森の奥から低いうなり声を聞いた。

 竜の声だ。

 そう思って、カールは足を止めた。魔女も後ろを振り返った。

「カール、急ぐんだよ。村を突っ切って、畑まで行くよ。」

 魔女はそう行って、ほとんど走るようにしてまた歩き出した。

「畑?」

 カールも魔女について行く。やっと、魔女に聞いた。

「おびきだすんだ。森の中じゃ魔法は使いにくい。広いところの方が良い。それに、村の中だと、家を壊してしまうからね。」

「はい!」

 魔女は最初から竜をおびき寄せるつもりだったのだろうか。村人を避難させておいたり、手抜かりはない。きっと、村人の苦悩を知って、竜を何とかしようとしていたのだろう。

 さて、おびき寄せるのならば、カールは楚々と歩く必要はない。音を気にせず、それよりもどんどん速度を上げた方がよさそうだと思うと、カールはさすが子ども、という体力で走り出した。

 カールのいきなりの猛ダッシュを見て、魔女は目を丸め、それから破顔すると、魔法を使って追いかけた。それくらいカールは速かったのだ。

 真っ暗な森の中を、まるで風のように走り去るカールと魔女の後ろから、低いうなり声が聞こえた。それは何度も聞こえ、そのうちだんだんと大きくなった。竜が近づいてきたのだろう。

 カールはおびき寄せようという気持ちと、追いかけられるという両方の焦りから、随分と速く走った。それでも竜の声はどんどん大きくなった。

「グオオオー!グオー!」

 そう聞こえるたびに、振り向きたくなる衝動を抑え走り抜けると、やっと村へとたどり着いた。

 村の中ほどを走っていると、森の木が折れるすさまじい音が聞こえた。竜が勢い余ってぶつかったのだろうか。あまりの音にカールが振り向いてしまった。

 竜はもう森を抜けるところだった。

 その竜は思ったほど大きくはなかった。カールの倍はないだろう。お父さんよりは大きいだろうが、普通の成人男性より少し大きいくらいで、馬鹿でかいというようには見えなかった。ただ、重量感はあった。

 尻尾がやけに太く、手足も長く太かった。その長い手足で地面を低く飛ぶように這い進んでくるので、とにかく速い。本当にトカゲのような動きをして、竜は追ってきた。

「ヤベ!」

 カールが立ち止まったことを後悔するくらいは、竜は速かった。しかし畑まではもうすぐだ。もう少しで村を抜ける。ここを走り抜けるだけだ、と、カールは得意の短距離走の走りを披露した。



 カールは目の前にゴールテープが見えるかのように両手をあげて畑に走り込んだ。急に足場が悪くなり一瞬転びかけ、なんとか立て直すと、後ろを向き竜が来るのを迎え撃った。

 魔女もすぐにカールのところまで追いついた。どうやら魔女は飛んでいたらしい。少なくともカールのように走っているようには見えなかった。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 魔女はすぐに、例の丸を地面に書いた。カールのための魔法円だ。

「良いかい、竜は飛べるかもしれない。この円だけではお前は逃げられないこともあるかもしれない。気を付けるんだよ。」

「はい。」

「それから・・・」

 と、魔女が何か言いかけたときに、竜は畑にたどり着き、二人を襲ってきた。

 とっさに魔女が杖で応戦して、振り上げられた竜の手を抑えた。すぐに竜はその手を引っ込め、魔女とカールを睨みつけた。

 竜はまだあまり、竜のようではなかった。身体は竜の形をしてはいたが、顔はまだ人間の面影があった。それになんと、その竜は言葉を発した。

「ダレ、だ。メシ、クレ。メシ、クレ。」

 言葉を発すると急に人間のように見えてくる。その竜はまだ人間の衣服を着けていたし、言葉を発しながら、手を伸ばして食べ物を要求する姿を見ると、カールは少し恐怖が薄れるような気がした。

 初めて見た、ウツという名の竜の時のように、もしかすると人間に戻れるかもしれないと思ったのだ。あの竜はカールを攻撃しようとはしなかったのだから、この竜ももしかすると、大丈夫かもしれない。

「驚いた、まだ言葉があるんだね。」

 魔女も驚いたようで、今まで構えていた杖を下ろすと、少し下がりながらも竜に話しかけた。

「お前さん、名前はなんだね?どこから来たのかね?」

 竜は頭を上下させながら魔女の話に相槌を打っているように見えた。言葉が通じるのならば、もしかすると人間に戻れるかもしれない。

 そんな風に魔女とカールが思った時だった。

 竜は急にカールを掴もうと両腕を広げた。

「うわ!」

 カールは魔法円から遠ざかってしまった。しかしそこで逃げなければ、この竜に掴まってしまうのだからしょうがない。

「ヨメ、おマエ、ヨメ。」

 そう言うと、竜はまたカールを掴もうと襲ってきた。

「ヨメって何だよ!」

 カールは逃げながら叫んだ。

 ヨメと言ったら、アレだろう。カールにはそれが分からなかった。

「カールはヨメじゃない。ダメだ。」

 魔女が竜の前に立ちはだかると、竜はその人間のような顔をひどく恐ろしい表情にしてみせた。それからニヤリと笑った。まるでまだ人間のように感情があることが逆に恐ろしかった。

「ヨメ、ちがう。メシ、おマエ、メシ。」

 そう言うと、竜はまたカールを襲おうとした。

 この竜は人間らしいところがたくさん残っているのに、その理性はもうほとんど見当たらなかった。わがままなだけでなく、その狡猾な性格のせいで、人間らしさを保っているのだろう。だから言葉もあれば表情もあるのに、結局は竜なのだ。

 人間に戻れるかもしれないという、淡い希望は魔女から消えた。ここで始末しなければ、この竜の欲望は際限なくふくらみ、この村だけでなく、他の村をも滅ぼすだろう。

 魔女は杖を竜に向け、呪文を放った。

「カール、早く上へ飛べ!」

「ハイ!」

 魔女は魔法円のそばにいる竜を追い払いながら、カールを円に近づけてくれた。

 急いで円の前に立ち、意識を集中した。

 円から風が吹いてくるような感覚にとらわれ、それを両腕にしっかりと取りこむと、カールは両腕を開いて飛び上がった。


 夜空はいつの間にか晴れていて、星が煌めいていた。



 カールが上に飛び上がると、地上では竜と魔女の一騎打ちが始まっていた。竜は時々言葉を発し、魔女を惑わしているかのようだった。

「ヤメろ!イタい!」

 などと言われては、魔女も攻撃がしづらい。しかし、もうその竜の狡猾さを知っていたために、魔女はなんとか心を鬼にして竜を痛め、水の剣を探した。狡猾な竜ならば、水の剣をそのまま胸には留めていないかもしれない。

 空に浮かんでただ見ているカールは、ハラハラとするしかない。何も手伝うことができないのだ。

 その時、カールは星空と地平線の彼方に、何かが飛んでいるのを見つけた。明るい星空の中を泳ぐように飛ぶ影が見えるのだ。

 目を凝らして良く見ていると、それが竜のように見えた。

「ゲ!」

 夜空に飛ぶ竜はこちらに向かっている。

 下に竜、上に竜。まさか、ここに竜が来たら、いかに魔女とはいえ、2匹を相手にするのは無理だろう。

「へ、ヘクセ様!竜が!向こうに竜が!」

 カールは上空から叫んだ。

 しかし魔女には聞こえない。竜の振り回す尻尾や手足の音や、魔女の放つ呪文の音は戦いの音。大きな破裂音や打撃音のさなかで必死に戦っている魔女が、カールの呼び声など聞こえるはずがないのだ。

「ヘクセ様!ヘクセ様!」

 必死にカールが呼んでも、魔女は気付かない。カールが顔をあげて空を確認すると、竜はもう竜だとわかるほどに近づいていた。もうすぐここに来てしまう。

 どうしたら良いのだろう。カールには戦う術はないのだ。

 ぐんぐん近づいてくる竜は、大きくて立派な竜だった。あの大きさだと、よっぽどの悪いやつだとカールは顔をひきつらせた。

 一人上空で竜が来るのを待ちながら、どうしたら良いのかと、右往左往ならぬ、上下運動をしつつ、カールはオロオロするしかなかった。

 大きな竜はもう、魔女の視界にも入っていた。さすがに気づいたのだろう。竜も魔女も一瞬、その竜を見上げて驚愕の表情をした。

 次の瞬間、大きな竜は魔女と竜の真上を舐めるように泳ぎ近づき、そうして今度はカールの方へと飛んできた。

「うぎゃ!」

 カールは大きな竜から逃げようと必死に上へと上がった。

 その竜はカールを捕まえはしなかった。ただ、カールのそばを通った時に、その顔を見ると、それは美しい顔立ちをしている、人間とも動物とも違う、気高い生き物のように感じた。

 大きな竜は微かな輝きを残して、現れたときと同じ速さでまた夜空へ消えて行った。



 何事だったのだろうか。

 カールは大きな竜が去ると、すぐに下を見た。今、大きな竜が通過したところは、大雨が降ったかのように、地面が濡れていた。

 そしてあの竜は、その太い腕で、頭を押さえるようにして転がっていた。

「イタい、イタい。」

 まるで泣いているようなお哀れな声を出して竜は悶えた。それから痛がって、カールの飛んでいる真下に転がってきた。

 カールの真下には、魔法円がある。竜はその上に転がってきたのだ。竜が魔法円の上に乗ってしまうと、魔法円から吹く風がカールに届かなくなるのが分かった。

 それをカールが認識しないうちに、カールは間抜けな声を出して落ちた。

「あぁ~?」

 自分を押し上げる魔法の力が届かなくなったのだ。

 カールが落ちたところは、竜の上だった。竜の頭にカールの尻がものすごい勢いで落ちた。竜はその衝撃で首が変な方向に曲がった。

「カール!」

 魔女は驚いて駆け寄った。カールはかなりの高さから落ちてきたのだ。ところが、カールは無傷だった。ちょうど竜がクッションになったので、何ともなかったらしい。

 その分、竜には衝撃が大きかったのだろう。

 ドタンバタンと竜がのたうちまわるのを、カールと魔女が見上げると、カールは言った。

「ヘクセ様、あっちの肩に水の剣があります!」

 すぐに魔女は竜に駆け寄ると、そこに杖を当てた。

 竜が苦しんで叫ぶだろうとカールは思った。

しかし、そうではなかった。竜は痛みを忘れたかのように恍惚の表情をした。そしてうっとりと顔をのけぞらせながら、目を閉じた。

 風のような砂のような、聞きなれないザーという音が辺りを満たし、竜の身体は大きな砂となって崩れた。そして、水の剣が残された。



 気が付くともう空は明けようとしていた。東の空が白み、冷たい風が音を立てて森へ吹き込んだ。森は生き返ったかのようにサワサワと揺れていた。

 水の剣を両手に持ちまじないを言うと、魔女はそれを宝石に変えた。

 まだ魔女が空を仰いでいると、薄い紫の空にあの大きな竜が泳ぐのが見えた。

「へ、ヘクセ様!アレですよ、アレ!さっきも来たんですよ!」

 カールは興奮して叫んだ。あの大きな竜はただの竜ではない。今まで見た竜のどれとも似ていないし、人間らしいところはなく、美しく、気高い。

「やっと見られたか。」

 魔女はそう言うと、今まで集めた青い宝石を全て手のひらに乗せ、それを天に差し出した。

 畑の向こうからザーっと地面を這うように風が吹き抜け、魔女のところから一気に上昇した。魔女のマントをひるがえし、そしてその手に持った宝石を空へと巻きあげた。

 大きな雨粒がキラキラと輝きながら、空へ飛んでいくようだった。

 それらは四方に光りを放ちながら、上空の竜へと吸い込まれていった。

 そして竜は、また空を泳ぐように飛びながら、まだ暗い北の空へと消えて行った。



 カールは一連のことを、ただ茫然と見ていた。言葉も出せず、立ち尽くしているだけだった。

「どうしたかね?やっと見られたのに。」

 魔女が話しかけても、カールは動かなかった。まだ竜の消えた北の空をジッと見ていた。

「アレが恵みの竜だよ。水の剣をお返ししたのさ。」

 魔女はカールのマントを魔法で直しながら言った。

「あれが・・・恵みの竜。」

 カールはポツリと言った。そうして自分の口からでた言葉で、やっと脳に到達したらしい。理解すると、ゆっくりと大きく息を吸い、目を見開いて両腕をあげた。

 何か言うかと思ったが、カールは何も言わなかった。

 カールはなぜ何も言わなかったのだろうか。恵みの竜を見ることができて、喜んだということは魔女もわかってはいたが、カールは笑うことも喜び叫ぶことも、そしてその喜びを語ることも何もしなかった。ただその目に、北の空と白い星々を映していただけだった。



 日が登ると村人たちは村へ戻ってきた。

 竜が死んだことを知ると、村はお祭りのような騒ぎになった。魔女は大変に喜ばれて、村人たちはなんとかして魔女をもてなそうとした。

 しかし魔女はそれをさせなかった。

 その日は、村人とともに、壊れた家を直す手伝いをした。

カールも少しは手伝ったが、あまり役には立たなかった。カールは子どもと遊んでいた。その方が充分に役に立った。

 そうして、その日のうちに、魔女とカールは村を去った。本格的に寒くなる前に、なるべくこの北の地にある村々を周ってしまいたかったのだ。村人たちに惜しまれ見送られて、二人は村を後にした。


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