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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
20/25

北の果ての村

 もう随分と秋は深まり木々の葉は落ち始めていた。魔女と出会ってから何週間経っただろう。カールが寒くなったなぁと思った頃、行く先に大きな森が見えてきた。まだ遠かったが、それが随分と暗い大きな森だと分かった。どうやら魔女はそこを目指しているようだった。

「カール見えるか?あの森より先には人は住まない。あそこまで行って、竜を探したら、また南に戻るからね。」

「はーい。」

 カールは気軽に答えた。竜を探す旅はなかなか楽しい。

 机に向かって勉強などしなくて良いし、家の手伝いもしなくて良い。魔女について歩いて行って、見たこともない木や草を見てそれが何か、それがどんな風に薬になるのかを教えてもらったり、荒れ地での動物の見つけ方を習ったりするのだ。

 そして、歩みを止めれば円を描き、魔法の練習もできる。それに行く先にはきっと竜がいる。竜を見ること、もしかすると戦ったりもすること。それに本物の竜に会えるかも知れないことを思うと、ウキウキした。

 そんな楽しい旅だったら、ずっと続けたいとカールは思った。

 森が近づいてくると、そこは雨が降っていることが分かった。静かな雨が降っていて、森はとても暗かった。

 森の東側に小さな村があった。

 魔女は迷わずにその村に向かった。ここが北の果ての村なのだ。



 村の手前には荒れた畑が広がっていた。冬が近づき、もう収穫は終わっているのだろう。作物は何もなく、枯れた草がところどころに申し訳程度に立っているだけだった。

 村に入ると、街道の左右に小さな家が並んでいるのが分かった。それらの家々はみなどこか壊れているようだった。

 村には人けがなく、さびれた家が立ち並んでいる。森から湿った風が吹いていて陰気な雰囲気だった。

「ヘクセ様、なんか・・・変ですよ。誰もいないなんて。」

 カールが怖がりながら、小さな声で言った。

「そうだねぇ。どうしたんだ、これは。」

 魔女も険しい顔をしている。

 二人は村の奥まで歩いて行った。店も家も扉が閉まっている。人の姿はなく静かだった。ところが、ある家の前に来ると、魔女は声が聞こえるのに気づいた。

「子どもの声だ。聞こえるかい?」

 魔女が言うと、カールは耳を澄ました。辺りは静かなので、その声はすぐに分かった。

「泣いてる。」

「そうだ。この家だ。」

 魔女が扉の一部の壊れた家を指さした。確かにそこから子どもの泣き声が聞こえた。

 魔女はその家の扉を叩いた。


―トントン―


今まで家の中から聞こえていた、微かな子どもの泣き声が、ピタリと止まった。

 魔女とカールが顔を見合わせた。どうしたのだろうか。

「誰かいないかね?」

 魔女が声をかけた。

 しかし家の中からは何の音もしない。聞き違いだったのだろうか。そんなはずはない。魔女もカールもその声を聞いたのだ。

―トントン―

 魔女はもう一度戸を叩いた。返事はない。声も聞こえない。

「もしもし、私は魔女だよ。誰かいないかね?」

 たいていの村では、魔女が来たとわかったら歓迎しに村人がみんな集まってくる。だから魔女が来たと告げることは安心感を与えるはずだ。もし怖がって出てこないのなら、これで現れるだろうとカールは思った。

 しかし、いつまで待っても村人の姿は見えなかった。



「誰もいないのかもしれないね。行こうか。」

 魔女は諦めてまた歩き出した。村を隅々まで歩き回り、森の方も少し見てみた。しかし、人の姿はない。

「ヘクセ様、この村は誰もいないみたいですね。」

 カールがそう言うと、魔女はカールに向き直り、小さな声で言った。

「カールや、ここを見てごらん。」

 森につながる小道には、人の足跡がたくさんついていた。

「足跡だ。」

「そうだよ。それが村から出て、村に戻っている。固まった古い足跡ではないだろう?この村の人たちは、普段から森へ出入りしているはずだ。もしかすると、今日はもう夕方だからみんな家に戻ってしまったのだろう。」

「え~?でも、どこの家もみんな閉まってましたよ?」

 カールは村を振り返り家々を指さして言った。

「そうだ。どの家も扉も窓も閉まっている。みんな家の中にいるのだよ。誰もいない家ならば、扉は開かれていることが多い。」

「ふうん。」

 カールが頷くと、魔女はまた村へ戻って歩き出した。

「ほら、また聞こえる。」

 魔女はあの家を指さしながらカールに教えた。確かに、またあの家から子どもの泣き声が聞こえる。絶対に子どもがいる、とカールは思った。

「行ってみるとするか。」

 魔女は子どもの声のした家の前まで歩いて行った。そして、杖を出してトンと取っ手を叩いた。

―ギギィ―

 扉が開いた。

「ごめんなさいよ。」

 魔女が声をかけると、家の中の泣き声がピタリと止まり、暗がりの小さな影がカサカサと奥に逃げるのが見えた。

「なんだありゃ?」

 カールが家に入ると、魔女はすぐに扉を閉めた。



 目を凝らして暗い家の中をよく見ると、奥の壁の暖炉と棚の間に、子どもが二人うずくまっていた。カールがそれを認識するかしないかという間に、子どもたちは泣きだした。

「カール、何か言いな。」魔女がカールの背中を小突きながら小声で言った。

「あの、こんにちは。」

 カールは子どもたちを怖がらせないように、無理やり笑顔を作りながら挨拶をした。

「おにいちゃん」「おねえちゃん」「「だあれ?」」

 子どもたちが小さな声で言った。

 気のせいか、「おにいちゃん」だけでなく「おねえちゃん」とも聞こえたような気がする。

「お、俺はカールだよ。」

「カール?カールお兄ちゃん?」

 子どもたちは、カールが普通の子どもで、怖くないことが分かると、暗がりから出てきた。カールより随分小さく見える。学校に行きだした年頃か。もう一人はさらに小さく、カールから見れば赤ちゃんのように思えた。

 子どもたちの怯えが少し落ち着いたようなので、魔女も声をかけた。

「私は魔女だよ。ずっと向こうの方から旅をしてきたんだよ。」

 カールの後ろから自己紹介をした魔女を見ても、子どもたちはもう怯えなかった。魔女のことも子どものように見えたらしい。家の中は暗いし、しかも魔女は小さいからだろう。しかし、子どもたちは、魔女が何かは知らないようだった。

「まじょ?まじょおねえちゃん?」

 お姉ちゃんと言われて魔女は嬉しそうな顔をした。気を良くして魔女は子どもたちに質問を続けた。

「村長さんに会いたいんだよ。わかるかい?それとも、お父さんかお母さんはいるかね?」

「おとうさん、おかあさん・・・」

 子どもたちは急に泣き出した。しまった、と魔女は思った。こんな小さな子どもだけで暗い家で泣いているのだ。両親がいないのだと気づくべきだった。

「ああ、すまない、悪かったよ。ほら。」

 そう言って、魔女は子どもたちの頭を撫で、それから小さなお菓子をあげた。

「あ、ありがとう。」子どもたちはお礼を言った。それから「そんちょうさん、あっちの家。」と教えてくれた。

 こんなに小さくても、怯えていても、分かっているのだ。



「ああ、なんて良い子たちなんだ。」

 魔女はまた子どもたちの頭を撫でて、微笑みかけた。

 そして立ち上がり、子どもたちが教えてくれた、家の向かいにある村長のいる家に行こうとした。

 魔女とカールが後ろを向いて、扉に手をかけると子どもが大声を出した。

「いかないで!ここにいて!」

 魔女とカールは振り返った。子どもたちはお互いに手をつないで、震えながら泣いていた。そうだ、この子たちは何かに怯えている。そして両親がいないのだ。

「そとはもう、こわいこわいが来るから。ここにいて。」

 魔女は、泣きながら懸命に引き留める子どもの声を聞くと、あまりにも可哀想になり、駆け寄って抱きしめた。子どもたちの震えている小さな体を、魔女の細い両腕でいっぱいに包もうとした。

「よしよし、良い子たちだ。今夜はここにいようじゃないか。」

 子どもたちは魔女に抱きしめられて、やっと安心したのだろう。小さな手で魔女にしがみついて、大声で泣いた。

 その間魔女はずっと子どもたちを抱きしめていた。

 そうして気づいた。

 子どもたちは、自分たちが怖いから、魔女にここにいて欲しいと言っただけではない。外に行くと、怖いものが来るから、魔女たちのために、ここにいて欲しいという意味もあったのだ。

 一体この子たちが怖がっているものは何なのだろう。

 雨の降る暗い森のざわめきを遠くに聞きながら、魔女はそれが竜であると確信していた。



 秋の色濃くなった北の果ての村は、貧しい村だった。小さな家がいくつも立ち並び、そのどれもがどこか壊されているのを魔女は見ていた。

 そして、その夜魔女が泊まるこの家も、扉には壊れて修理した跡が見られ、家の中も机はあるものの、椅子は見当たらなかった。暖炉のそばに、たくさんの木片や割れた食器のかけらが積まれている。この家に何があったのか、想像すると魔女はゾッとした。

 残されたこの小さな子どもたちは、両親に何が起こったのかを見ていたのだろうか。あまりにも恐ろしくて、魔女はとても聞く気にはなれなかった。

 夜になり、辺りは真っ暗だった。

 この家でも、明かりを付けず、ほんの少し曇った空から洩れる、薄暗い月明かりをなんとか取りこみ、お互いの顔も見えない中で、手探りでじっとしているしかなかった。

 どの家の窓にも、明かりはなかった。

 みんな扉も窓もピッタリと閉め、恐怖におびえながら夜を過ごすのだろう。そんな空気だけが道を吹き抜けるのを、魔女は窓から眺めていた。

 家の隅に、子ども用のベッドがあった。子どもたちはそこにうずくまり、浅く眠っていた。カールもそこで子どもたちと手をつなぎ、うとうとと眠った。

 森の方から、ざわざわと葉を鳴らす音が聞こえるほかは、何も聞こえなかった。本当に村には誰もいないかのような静けさだった。



 長い夜を時はゆっくりと通り過ぎた。

 幸運なことに、その日は何事も起こらなかった。子どもたちも、魔女がいたおかげでいつもよりずっと良く眠ることができ、朝になると笑顔を見せてくれた。



 朝になると、魔女とカールは村長の家を訪ねた。

 村長は北の果ての田舎の農村に住むには、物腰の静かな人で、グレーの髪を生やした紳士であった。彼はとても困ったという顔をして、魔女にこの村のことを話してくれた。

「この村の西側にある大きな森には、竜がいるのです。ここ半年ほど、竜は夜になると村へやってきて、食料を要求しに来るのです。初めは週に一度程度だったのが、だんだんと間隔が短くなり、今では3日に一度はやってくるのです。食料も、パンなどではとうてい足りず、ほとんどが貴重な家畜たちです。

 それでも家畜がいれば、森の外れに置いておけば、それでいいのです。

 しかし、時々3日もせずに現れ、家畜の準備ができていないと、竜は村を襲うのです。家に入り込み、村人が何人も襲われました。

 前の家の子どもたちを見たでしょう。あの子たちの両親も竜に食い殺されたのです。家畜ももうほとんどいませんし、このままでは村はなくなってしまいます。

 ヘクセ様、どうしたら良いか、どうか、お知恵をお貸しいただけないでしょうか。」

 村長もその息子も暗い顔をしていた。

 魔女も苦々しいものを味わうかのように顔をしかめて考え込んだ。

村人には何もできないだろう。

 それでも魔女が来たことは希望でもあった。こんな北の果てに魔女が来ることは稀である。それがこの危急の際に魔女が現れたというのは、ただの偶然ではないかもしれない。もしや魔女が、竜を鎮めてはくれないかと期待をせずにはいられなかった。

 勿論魔女は、そのままにしておくつもりはなかった。もともと竜の持っている水の剣を探しに来たのだから、竜を倒すことは目的と一致している。村人にはあえて何も言わないものの、魔女は竜を始末するつもりであった。

 魔女は村人からも竜のことを詳しく聞いた。

 竜は、3,4日おきに森から出てきては、大声でわめき散らし、村人が森のそばに準備しておいた家畜を食いに来る。もし、その生贄がなければ、そのまま村へ入り込み、家々を壊しては人間を襲うとのことだった。

「その計算でいくと、次に竜がくるのはいつなんだね?」

「今夜か明晩です。」

 魔女は話を聞き終えると、思案するように首をかしげた。それから村長に向かって言った。

「今晩、私が森へ入って竜を見てこよう。ただし、言っておくが、退治しに行くわけじゃないよ。竜は退治できないのだよ。」



 結局話はこういうことで決まった。

 つまり、今夜魔女が森へ竜を探しに行くこと。それは、退治をしに行くわけではなくて、今後どうするかを考えるために、まず竜を探りに行く、ということだ。

 その時に竜が暴れて村を襲いにくることがあるかもしれない。それで、村人たちは全員避難する、ということで決まった。

 夕方になり、村人たちは少しの荷物を持って、避難を始めた。昨日一緒にいた子どもたちも、近所の大人たちに手をひかれて、一緒に避難をするのを魔女は見届けた。



 村長とその息子に見送られて、魔女とカールは森へ入った。もう夕方になっていたので、森はすでに暗かった。カールの育った村のそばの森とは違い、大きな針葉樹の葉が空からの光りも、生きる音も全て遮ろうとしているように、暗く冷たい森だった。

 目を凝らさなければ見えないほど暗いのに、竜の踏み荒らしたとみられる道が森の奥へと続き、魔女とカールを容易に(いざな)った。

 やがて暮れてくると、森はまるで死んでいるかのように静まり、暗く不気味に立ち尽くしていた。魔女は杖の先に淡い明かりを灯した。

 静かに1時間ほど歩いただろうか。寒い森の中には動物の影も見られず、カールはまるで自分が一人ぼっちのような気がしてきた。目の前に魔女が歩いているのに、彼女は足音をほとんどさせずに歩く。比べてカールは自分の足音でその存在を主張するかのように、ガサガサと音を立てて歩くので、自分だけが歩いている錯覚にとらわれるのだろう。

 とにかく孤独な1時間を、カールは無言で歩き続けた。

 暗い中を夢中で歩いていると、ふと魔女が足を止めた。目の前に大きな葉っぱの蔦のカーテンのようなものが道をふさいでいる。その奥はどうやら穴が開いている、つまり洞窟の入り口のようであった。

「ここだね。」

 この中に竜がいるのだろうか。魔女が先に立ち、その蔦に足を踏み入れた。


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