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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
19/25

カールの魔法

 夏が終わると、秋の風が吹いてきて、辺りの木々が今にも色付こうと変身の様を見せ始めていた。もう学校も始まっているだろう。そんなことは思い出しもせず、カールは魔女について行った。

「寒くなるのに、北に行くんですか?」

 カールが聞くと、魔女は歩きながらもカールを横目に見て、そしてちょっと考えたように空を見た。

「そうだよ。冬になる前に行っておかないとならないからね。それこそ、真冬に北には行けないからね。」

「ふうん。」

 分かっているのか分かっていないのか、適当に頷いたカールを見て、魔女はため息をついた。

 カールの服装は、真夏のままだ。

 カールの荷物には衣服は一着しか入っていなかった。それでは冬どころかもう目の前にある秋にも寒いだろう。

 少しばかり涼しくなってきて、カールは魔女のマントを羽織っていたが、それだけでは足りないことは、魔女には分かっていた。(ちなみに、マントは魔女が魔法で新品のようにきれいにしてくれた)

 歩き出してしばらくすると、魔女は足を止めた。この辺りは村もなく、少し荒れ地のようになっている。急いで通り過ぎなければ、恐ろしい動物が出そうだ。カールはどうしてこんなところで魔女が立ち止まったのか不思議に思った。

「どうしたんですか?」

「いや・・・ちょっと魔法の練習をしようかと思ってね。」

「修行ですね!」

 カールはキラキラと嬉しそうな顔をした。そう、カールは魔女の弟子なのだから、魔法を教えてもらえるのだ。それは嬉しい。



 魔女は杖を出し、地面に円を描いた。何の変哲もないただの丸だ。

「同じものを書いてごらん。」

「え、ここに?丸書けば良いの?」

「そうだ。」

 カールはさっそく指を使って地面に円を描いた。爪に土が入ったって気にしない。しかし、カールは不器用だった。魔女が書いた直径30センチの円よりもだいぶ小さな、直径10センチほどの丸を、よくもまあそんなにいびつに書けるものだというくらい歪んだものを書いて見せた。

「はい、書いたよ。」

「はいって・・・丸くないだろ。やり直し。」

「えー?」

 カールはどうして魔女がやり直しを命じたのかわからなかったが、別に深く考えもせずまた丸を書いた。

「はい。」

「丸くない。もう一回。」

「えー?」

 というやりとりを、50回くらいして、魔女は悟った。

「無理だ。」

 魔女はそう言うと、カールを見ないで歩き出した。

「あ、あれ?ヘクセ様?」

 50個目のいびつな丸を書いて満足げに立ち上がったカールは、魔女がスタスタと歩き去るのを見て、大急ぎで自分の荷物を背負って追いかけた。

「ちょっと、置いてかないでくださいよ。」

 魔女としては別に、カールに意地悪をしようと思ったわけではない。カールを見放そうとも置いて行こうとも思ったわけではない。

 ただ、あまりにもカールが不器用すぎて、思わず歩き出してしまっただけだったのだ。

 カールが真剣に円を書いているということも分かっていた。わざと下手くそに書いているわけではないことも分かっていた。しかし、それにしても、円ひとつでここまで下手だと、何をどう指導したらいいのか想像もつかない。

「せっかく魔法の才能があるのに、円が書けないとは。」

 と、途方に暮れる魔女であった。



「カールや。」

「はい、ヘクセ様!」

 良い返事だ。ほれぼれするほど良い返事だ。しかし・・・

 魔女はこんなカールに何と言っていいのかわからず、ため息交じりに言った。

「もう少しきちんと円が書けないと、魔法を使うことはできないのだよ。明日から、円を書く練習をしなさい。」

「はい!」

「直径30センチの正円が書けたら、魔法を教えてやるからな。」

 魔女は優しくそう言うしかできなかった。

 魔女は考えた。

 カールのことが記憶にないのは、もしやこの才能のありそうでなさそうな可哀想な子どものことを忘れたかったのかもしれない。カールが魔女の弟子だと言うのに、魔法を教えてもらっていないのは、単にカールが円を書けないからなのではないか。そう考えるとつじつまがあう。

 魔女の横でへらへらと笑いながらついてくる少年を見て、魔女は「ゆっくりやるか」とため息と共に決心するのだった。



 陽が沈むと、急に冷え込むようになった。

「はっくしょい!はっくしょい!へっくしょい!」

「大丈夫か?」

「ぶん。」

 ズビーっと鼻水を垂らして笑顔で答えてくるカールに魔女は手ぬぐいを渡してやった。

「さすがに寒いだろう。どれ、私の衣服をあげるから、これを着なさい。」

 背格好としてはカールと魔女はほぼ同じサイズだった。カールはまだ子ども体型で肩幅もなく、女性の衣服でも着られそうだ。

 魔女から差し出された黒いワンピースを見て、カールは露骨に嫌な顔をした。

「え―?これー?」

「文句を言うな。黙って着ろ。」

 魔女の迫力にカールはそれを自分のシャツの上から着てみた。

 着心地抜群だった。あったかくてちょっとお日様のような良い匂いがする。肩の幅も(くるぶし)までの丈もあつらえたかのようにピッタリだ。

「一年中快適だぞ。意外に似合ってるし。せっかくだからカルラって名乗ったらどうだ?」

 魔女は少しニヤついて笑っている。カールはガニ股で自分の姿を見ていた。鏡はないので顔が分からないが、どうも確かに似合っている気がする。

 魔女はジクムントの女版みたいだし、自分もカルラちゃんだし、これでフィデリオの女版もいたらコントみたいだ。

 カールはあんまりにも着心地が良いので、何も文句を言わなかった。

しかしワンピースだぞ、良いのかカールよ。



 その日はもう、どこの村にもたどり着かなかったので、荒れ地に生えた大きな木の下で、野宿をすることになった。

 魔女はたき火を熾し、火の番をしている。

「子どもなんだからいっぱい寝ろ。おやすみ。」

 そう言ってカールには火の番をさせなかった。魔女は眠らないのだろうか。それにこんな荒れ地に、強盗や肉食獣が出たらどうするのだろう。魔女だから大丈夫なのだろうか。その場合、寝こけているカールはどうなるのだろうか。

 カールはなんとなくそんなことも考えたが、とにかく眠くて、すぐに眠ってしまった。

 空は高く晴れている夜だった。

 魔女は火の番をしながら歌っていた。カールの夢の中にも聞こえていた。優しい子守唄のようだった。

 時折風が吹き、たき火の火を揺らすほかは音もなく静かな夜だった。夜も更け、魔女もたき火の横でうとうとと舟をこいでいた。

 ところが、魔女は急に目を覚ました。静かな夜に何かが聞こえたのだ。油断なく辺りの音を聞くと、すぐにカールに手を置いた。

「カール。カール。起きなさい。」

 静かだが鋭い声でカールを起こした。カールは深く寝入っていてなかなか目を覚まさない。

「カール、起きなさい。」

 魔女が揺り動かすと、カールがぼんやりと目を開けた。

「・・・ジクムント?」

「目を覚ませ、カルラ!」

「カルラ・・・?」

 魔女の静かではあるが迫力のある口調に、カールは眠っていた脳みそをフル回転させて考えた。

「あ!ヘクセ様。どうしたんですか。」

 魔女にとっては長い、たっぷり5秒間見つめあって、やっとカールはそこにいるのが魔女であると認識した。そして、夜中であることも分かった。



 魔女はカールを起こすと、すぐに地面に魔法円を描いた。そして早口で説明した。

「よく聞け。これから何か動物が来る。多分大きな犬だろう。」

「犬?」

 魔女はそこらじゅうに散らばっているカールの荷物をポイポイと手渡しながら話を続けた。

「そうだ。お前は戦ったり逃げたりできないから、とにかく上で待っていろ。」

「上って?」

 カールが荷物を背負い、マントを羽織りながら聞くと、魔女は上空を指さした。

「昼間にやったみたいに、上に飛ぶんだ。私の邪魔をするんじゃないよ。」

「上にいれば良いの?」

「そうだ。合図をするまで降りてくるな。早く飛べ。」

「え、はい。」

 カールは魔女に促されて、魔法円の前に立った。

 円から風が吹いてくるような気がして、それを胸に取り込みながら、カールは両腕を広げた。ポーンとカールは飛び上がった。昼間にやったよりは落ち着いて飛ぶことができた。

 真っ暗な空に吸い込まれるように、真っ黒の服を着ているカールが飛んでいくと、魔女が叫んだ。

「あんまり高く飛ぶな。寒くなるぞ!」

「はーい!」

 いい気になって随分と高いところまで上がっていたカールは、両腕を広げて下を向きながら、少しだけ降りてきた。

 あんまり高くなく、それでも邪魔になるほど低くなく。難しい。

 カールは自分たちが寝ていたそばにある木の一番上くらいを目印にしながら、浮かんでいた。

 下を見ると、確かに大きな犬がやってきた。



 初めに一頭がやってきて、一度いなくなると、今度は数匹の群れになってやってきた。

 ワンワンワンワンと吠える声が聞こえてきた。

「うひ、こえ~!」

 カールはあまりの犬たちの吠え声の恐ろしさに思わず上の方へ上がってしまった。魔女は大丈夫なのだろうか。

 下を見ると、時々小さな光りが飛ぶのが見える。魔女が魔法を使っているのかもしれない。カールはまた少し高度を下げてみた。魔女はたき火を背にして、犬たちを迎え撃っているようだった。6頭くらいいる犬があちこちから吠えたり、飛びかかってくるのを、実に冷静にさばいている。

 魔女の顔はどうなのだろう?上から見るだけでは表情はわからない。冷静に見えても、実は必死の形相だったりしたら、カールが助けてあげないとならないかもしれない。

 でもな、邪魔するなと言われたからな。

 ちょっと考えながら、カールは魔女の表情が見える方へ飛んで移動しようとした。

「うん?どうやるんだ?」

 そういえば、移動の仕方がわからない。



 カールはあの円の前に立ち、そのまま真上に飛んで、そのまま真下に降りて、円の前に着地することしかできない。

 しかし今は、少し横に移動したいのだ。

「うん!」

 空中で、腰を左右に振ってみる。

 頭と足の位置が変わらないので、本当に腰だけ左右運動だ。

 両腕を左に向けてみたり、足を一歩右に移動させようとしてみる。

 しかし、カールの頭の位置はだいたいそこに留まっていて、ただ手足だけがユラユラと揺れるだけなのだ。

「どーやるんだ?ソレ、ソレ!」

 カールは魔女が下で何をやっているのか、そっちのけで自分が移動することばかりを考え、上空でひたすら変な踊りをしていた。

 知らない間にカールの高度は下がっていて、木の梢よりも降りていた。

 それでも必死になって身体を振りながら、移動の方法を研究していたカールは、ついに平泳ぎスタイルにたどり着いた。

「これだ!」

 何か手ごたえがあるような気がする。

 カールが足を曲げてカエルのような恰好をして、水を掻くように空気を押しやると、なんとカールの身体は木から少しだけ遠ざかろうとした。

 と、その時、魔法円の上からずれてしまったカールは、まっさかさまに地面に落ちた。


ドッスン!


「何をやってるのだ、お前は。」

 魔女が呆れたように声をかけた。魔女は少し息を弾ませて、汗をかいていた。

 カールは打ち付けたお尻をさすりながら、起き上がった。

「イテテテ、あれ、犬は?」

「諦めて向こうへ行ったよ。それよりお前は、クネクネと何をやっていたのだね?」

 カールは真っ赤になった。犬はとっくにいなくなっていて、カールのもがくさまを魔女は見ていたのだ。

「見たの?」

「見たも何も、こんな低くまで降りてきて、わざわざ私の目の前で披露されれば、見たくなくても目に入るわ。」

「げ!」

 カールが変な声を出すと、魔女はケラケラと笑った。

「あのさ、俺、横に飛べないんだよ。どうすれば良いの?」

「ああ、それで、もがいていたのかね。それは、そういう魔法だからね、それ以上のことはできないさ。」

 魔女はカールがなぜ変な踊りをしていたのか納得して頷いた。

「そうなの?ヘクセ様が飛んでもそうなの?」

「その円だったらそうだね。違う印を使えば、まあ、横にも飛べるさ。」

「俺もできる?」

 カールは目をキラキラさせて魔女に聞いた。

「どうだろうね。正円が書けるようになったら飛べるさ。」

「よーし、やるぞー!」

 カールは俄然やる気になった。

 しかし魔女の心は、複雑だった。魔法の素質はあるが、正円が書けるようになる気がしない。しかし、このままではいつまでも魔法は使えるようにならないし、今日のように何かがあった時に、カールが自分の身を護れないというのは、魔女にとっても面倒なことなのだ。

 何かひとつ、使える魔法がないか、思案する魔女であった。


--- --- ---

 魔女とカールは北へ向かった。北へ向かうほど秋の色は濃くなり、葉を黄色く染めた木々が二人を迎えた。空は青く爽やかな道を二人はどんどん歩いて行った。

「急がないと、今年は寒い冬がやってきそうだ。」

 そう言って、魔女が急ぐので、道々村には寄らなかった。そうすると必然的に夜は野宿となる。実は、魔女一人ならば、夜も歩いて行きたいところであったが、子ども連れではそうもいかず、夜にはカールを休ませることにしていた。

 一日たっぷり歩く間、カールはまったく文句を言わなかった。それだけ魔女と旅をすることは魅力だったし、竜に会えると思えば、一日中歩き通すくらいなんてことなかったのだ。



 夕方になって足を止めると、カールはちゃんと地面に円を描く練習をした。相変わらず丸にはほど遠い図形を揚々と書いてはいたが、一向に丸に近づくことはなかった。

「指だからダメなのかなぁ。」

 カールは木の枝をポキリと折り、それを使って描くことにした。

 カールの手で持ちやすい太さの枝だと、簡単に折ることができるが、地面に書くうちに擦れて、すぐに先が割れてしまった。それでも、何度も新しく枝を折っては、円を描いた。



 そうして一日を終えると、カールは魔女のそばで休んだ。魔女はあまり眠らなかった。いつもたき火を熾し、小さく歌を歌っていた。そして、空を読むように見上げていた。

 そんな日が幾日か続き、随分と北へ近づいたある日のことだった。

 いつものように、カールが眠る傍らで、たき火に当たりながら、魔女は暗い空を見上げていた。このところ空は晴れていて、数えきれないほどの白い星々がキラキラと煌めいていた。

 朝明けの頃、魔女はカールを起こした。

「カール、カール。起きなさい。」

「・・・ジクムント?」

 いい加減に覚えろ、とこめかみを押さえながら、魔女はカールを揺り動かした。

「カルラ、起きなさい。早く!」

「あ、ヘクセ様。」

 カールが少し覚醒すると、魔女は空を指さした。

「ほら、見なさい。すぐに見えなくなってしまうからね。あっちの方だよ。」

 魔女は紺色の夜の空と、明けようと白む空がちょうど混じり合う境目を指している。

「どこ?」

「一番紫のところだよ。」

「うん。綺麗だね。」

 カールはまだ寝ぼけているのか、適当なことを言っている。確かに綺麗ではあるが、そこに何があるかを分かっていない。

「ほら、動いているのがわかるか?もうあっちまで行ってしまうよ。」

「何が?」

「何がって、見えないか?」

「うーん・・・」

 カールは魔女が指した方向を目を細めて見てみた。何が見えるというのだろうか。

 眠くて焦点が合わない。

 それでも頑張って見つめていると、ぼんやりと黒っぽい影が見えるような気がした。鳥にしては変な動きだ。羽ばたいているというよりは何かが泳いでいるように見える。

「ああ、行ってしまった。」

 魔女はその黒っぽい何かが空に吸い込まれていった方を、ずっと眺めていた。

「あれ、何なんですか?」

 カールがまだ眠い目を擦りながら、聞いた。

 魔女はカールに振り返り、カールの寝ぼけ眼を見つめると、嘆息してそれから少し微笑んだ。

「アレが見えなければ、魔女にはなれぬ。次はしっかり見ることだ。」

「えー・・・だって、こんな朝早くには、無理だよ。」

 カールだって、魔女の修業はしたいと思うが、まだ子どもなのだ。気持ちと眠気は裏腹なのだ。それを分かって、魔女は言った。

「それは仕方がない。しかし、早朝ばかりというわけでもない。時には昼間や夕方に現れることもある。それを願っておくんだね。」

「うん、わかった。」

 カールはその黒いのが、何なのか気になった。それが見られなければ魔女になれないというのだ。そうなったら、何がなんでも見なければなるまい。カールはまだ見たことがない物を見たいと思う性格なのだ。そしてそれはとてもしつこい。絶対見ると今決めたのだった。


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