魔女の弟子
魔女の杖によって、竜の胸にある水の剣が浮かび上がり、それが胸からはじき出されて、竜は倒れるはずだった。
先ほどの小さな竜は人間に戻ったが、そうでない場合、つまり人間に戻れない場合は、水の剣が現れて、それを魔女が手にすると竜が死ぬという算段なのだ。
ところが、そうはいかなかった。
竜の胸に水の剣は現れず、竜は何の痛手も追わなかった。それどころか、胸にへばりついている魔女を掴むと、それを地面に叩き落した。
「ウワ――――――――!!」
カールが叫んだ。
魔女が落ちた。魔女が落ちた。
落ちた魔女は動かない。
やられたのか、死んだのか。
カールは思わず大声を出しながら飛び出して行って、魔女に駆け寄った。
「ま、魔女が、ねえ、ねえ!返事して!ねえ!」
カールは必死に魔女を揺り動かした。
しかし魔女は何の反応もしない。
そばに魔女の杖が落ちていた。
魔女の動かしたガラクタも、もう止まってしまった。
「ウワ――――――――!!」
カールはまた叫んだ。逃げなきゃ、逃げなきゃと思って、杖を拾い、魔女を担ごうとした。だけど、カールにはその力はなかった。自分と同じ大きさの人を担いだことなどなかったのだ。
その時、竜はカールに掴み掛ってきた。その大きな手で、カールをむんずと掴み、顔の前まで持って来た。
食べられる!と思い、カールが目を瞑ろうとしたとき、カールは見た。
水の剣が、竜の頭にあったのだ。
「水の剣!」
思わずそう叫ぶと、カールは力いっぱい暴れた。自分を掴む手をひっかきながら思いっきり噛んだ。その固い皮膚がブチと切れるのがわかった。口の中がザリザリする。
カールの暴れっぷりに、竜はよろめき、そのまま横に転んだ。そして手を離してしまったのだ。
カールは地面に放り出された。
バンと左側面を打ち付けられて、肘がすごく痛かった。だけど、すぐに立ち上がった。竜の頭に水の剣があるのだ。
カールは転がってもがく大きなトカゲの頭に走り寄り、青く光る水の剣に魔女の杖を押し当てた。
「グオ――――――ォォォォォ・・・」
低いうなりをあげて、竜はガサガサと崩れた。風が吹き聞きなれないザーという音が辺りを満たすと、竜の身体は大粒の砂のようなものになってしまった。
そしてそこに、水の剣が残された。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
カールは肩で荒く息をしていて、目を見開いてすべてを見た。
竜は死んだのだ。
水の剣を残して、死んだ。カールは水の剣を掴むと、魔女を探した。
魔女は倒れていた。全く動かない。
カールはブルブルと震える足でなんとか魔女に近づいた。そして傍らに座りまた魔女に触った。
魔女は動かなかった。
「ねえ、起きて。ま、へ、ヘクセ様。起きてください!」
カールがどんなに声をかけても魔女は起きなかった。
「やだ、ねえ、ヘクセ様、嫌だ、誰か、誰か!助けて!」
喉に何かが上がってくるような苦しさを覚えて、必死に声を絞り出した。
「あああああー!」
魔女が死ぬなんてことがあるのだろうか。カールは何も考えられず、ただ叫んだ。誰かに助けを求めて泣いた。死を見ることが怖かった。一人になることも怖かった。だけど、それだけじゃない。色んなことが起きて、ただ耐えられなかった。
カールは泣き叫んだ。
辺りは真っ暗で、何も見えなかった。洞穴のある岩山と、反対側は村があって、その東がわには森があった。
カールの泣き声はどこにも届かなかった。
だけどカールは泣き続けた。真っ暗闇の中、子どものカールにはそれしかできなかったのだ。
カールが泣いていると、遠く東の森がざわめくのが分かった。泣きながらカールがそちらを見ると、遠くの森に光りの柱が見えた。
その距離から見えるということは、相当の強い光りだ。
カールは泣きながら、その光りを見つめた。もしや、魔女を探しに来た何かかもしれないと思った。本当に魔女は逝ってしまうのか。
カールが魔女を見ると、魔女の黒い衣服から大きなシャボン玉が抜け出るのが見えた。
ああ、魂だ。
魔女から出たシャボン玉は、ふわふわと浮き上がり、そしてその森の方へ漂って行った。まるでその森に光る柱を見物しているようだった。
そして、少しするとシャボン玉はまた魔女の中に戻った。
「ふ」
と、魔女が息をしたのが分かった。
魔女は生きていたのだ。カールはホッとして、また泣いた。そして、いつのまにか、魔女に折り重なるようにして眠ってしまっていた。
雨の止んだ、夏の終わりの夜だった。
夜が明けてくるころ、魔女は妙に息苦しくて目を覚ました。見ると自分の腹の上に少年が寝こけているではないか。
「おい!どけ!」
魔女はカールの頭をウリウリと拳で押しやりながら大声で言った。その魔女の声にカールは目を覚まし、顔をあげて、魔女と目が合うとポツリと言った。
「・・・ジクムント?」
「んな!」魔女は怒って立ち上がった。「私のどこがジクムントか言ってみろ!」
魔女が立ち上がったため、カールはゴロゴロと転がり落ちた。そして打ち付けた頭をさすりながらもう一度魔女を見た。カールはあくまでもテンションが低かった。
「髪と目が黒いから、ジクムントかと思った。」
それからそれが魔女だと気づき、大きく息を吸うと、ガバっと土下座をした。
「ご、ごめんなさい!間違えました!」
「目が覚めたか。」
魔女はやっとカールがまともに戻ったので、フッと息をついて、カールの前に座った。そしてカールのことを興味深そうに見つめながら尋ねた。
「で、お前さんは誰だね?」
「え?」
カールは一瞬自分の耳を疑った。魔女とカールは一緒に旅をしていたじゃないか。
まだ目が覚めていないのは魔女の方か。
「何言ってんの、カールだよ。」
「カール?」
魔女はキョトンとしている。どうしたと言うのだ、ホントに。
「一緒に旅をしてるでしょ?」
カールは魔女が寝ぼけているか、それともジクムントと間違えた為にわざとこんなことを言ってカールのことをからかっているのかとも思った。しかしそれにしては、魔女の目は本当にカールのことを知らないかのようだ。
「私が知っているカールといえば、ずんぐり太った農家のカールしか知らん。口の周りが黒いひげだらけで、麦わら帽子をかぶっているあのカールだ。」
「違うってば!俺がカールだよ。何言ってるの。本当に覚えてないの?」
「覚えて・・・?」
カールの必死な様子に、魔女はハテ?と首をひねった。そういえば、何か記憶が変だ。旅の魔女として水の剣を探して歩いているが、ここ数週間の記憶があやふやなような気がする。
「そういえば、昨日、確か、小さな竜を人間に戻して、その後大きな竜がいたような?」
「それそれ!その時、俺もいたでしょ?」
「お前も?・・・ハテ?」
「ちょっと~!」
魔女の様子から、本当に記憶がおかしいらしい。カールのことをからかっているわけではなさそうだった。そうなるとカールはますます真剣になった。
「だからね?大きな竜にヘクセ様落とされたんだよ。それで、代わりに俺が竜を倒したんだよ。ほら、水の剣!」
そう言って、カールは大きな竜の頭にあった水の剣を魔女に見せた。
「そうだ。あの竜は胸に水の剣がなかったんだ。どこにあった?」
「頭だよ。あの竜のおでこのココに、水の剣があったんだってば。」
「お前、それが見えたのかい?」
「見えたってばぁ!」
魔女の様子はどうにもスッキリしないうえに、カールのことを思い出せないようで、カールは何とかして分かってもらいたかった。
「で、お前はなんで私と一緒に旅をしているのだね?」
「え?」
なんでだろう。
急に聞かれて、カールもなぜだか一瞬思い出せなかった。
そしてしばし考えた。まず、カールが森の外で倒れているところを拾ってもらったんだ。それで、カールが持っていた水の剣をあげる代わりに、竜を見せてもらうということになったのだ。そして・・・竜が一回見られたら家に帰るという話しではなかっただろうか。
そんなことを思い出して、カールは魔女をチラリと見た。
魔女は記憶があやふやだ。
カールは竜が見たい。それも、もっと見たいし、できれば、人間が竜になったやつじゃなくて、本物の竜が見たい。たしか、魔女は本物の竜のことを「恵みの竜」と言っていた気がする。
普段、カールはそんなに機転の利くほうではない。しかし、この時のカールの脳内は素晴らしく活動した。チャカチャカと頭の中で計算して、シレっとしてこう言ったのだ。
「俺は、ヘクセ様の弟子だよ。思い出してよ。」
カールがはっきりと言うと、魔女は疑わしげにカールを見た。
「弟子だぁ~?」
カールのことを上から下まで舐めるように観察している。
「お前・・・男に見えるけど、実は女か?」
そこか!カールはちょっと笑いそうになったが、ここで笑ってはいけない。真面目な顔を作り、答えた。
「お、男だけどさ!男でも良いだろ?」
「何を言うか。魔女は女だけだ。しかし・・・」
そう言ってもう一度カールをしげしげと眺めた。
カールの腰に巻かれた魔女のマント。それに手に持っている水の剣。水の剣が見えたのならば、確かに普通の子どもではないかもしれない。
「お前、魔法を使えるのかね?」
カールはうろたえた。魔法など使えるはずがない。しかし、魔女の弟子だというのに、魔法の一つも使えないというのは、何か変だというのもわかった。
「ま、まだ使え、ません。だって、ヘクセ様が教えてくれていませんから。」
「ふん?」
魔女はまたカールをジッと見つめた。
カールはどぎまぎしたが、しょうがない。ここまで言ってしまったからには、このまま魔女の弟子という自分を押し通すことにした。
魔女は立ち上がり、地面に直径30センチほどの円を描いた。それから、その円の中に、何か簡単な模様を書き入れていた。
そしてカールに向かって言った。
「それでは、ひとつ試してみよう。それができたなら、お前が私の弟子だと言うことで認めてやろう。私が弟子など受け入れるなんて考えられないが、お前の言うことを信じないのもそれはそれでどうかと思う。私はお前を信じてやりたいと思うよ。」
カールは大嘘をついているというのに、魔女は信じてやりたいと言うのだ。カールは良心がチクチク刺されて苦い汁が出てくるような気がした。しかし、ここでウソでしたというのは嫌だ。カールは竜が見たいのだ。それだけのことで、カールはウソをつき通した。
カールが無言で頷くと、魔女は言った。
「お前に魔法使いの素質があるならば、この円の前に立ったとき、なにがしかの魔法が使えるはずだ。どんな魔法でも良い。それを制御して見せろ。」
「制御?」
「そうだ。初心者ならばたいていの場合、水か風が出る。それを自分の思う方向に飛ばすなり、吹かすなりできれば良い。やってみれば簡単だよ。ただ、時々火が出る場合があるからな。その時、私のことを焼かないでくれよ。」
「わかりました。」
カールは神妙な顔をして頷いた。どうせカールはただの子どもなのだ。水か風がチョロリとでも出れば御の字だ。ダメでもともと、やってみよう。
カールは魔女が書いた魔法円の前に立った。
風でも水でもどっちでも良い。何か、何か出てくれ。ちょっとで良いんだ。何か出ろ!
カールはそう念じながら立っていた。
すると、どうだろう。カールの身体の中に何かが流れ込んでくる気がした。そして、その円から風がブワーと吹いてくるような感じがしたのだ。
風が出た!
と、カールは思った。しかし実際に、風は吹いていなかった。それはただの感覚で、カールには風が吹いているように感じたが、魔女から見れば何も起こっていなかった。
しかし、その次の瞬間、カールはその風に弾き飛ばされた。
垂直にポーンと飛び上がったのだ。
!!?
いきなり身体が浮き上がって、気が付いたら地面の魔法円が小さなコインほどになっていた。
「う、ギャ―――――――!!」
カールは叫んだ。
聞いてない、聞いてないよ、こんなこと!!!
風か水が出るって言ったじゃないか!それか時々火が出るとは聞いたけど、なんだコレはー!?
カールは言葉にならない叫びを上空で叫び続けた。魔女にはただ「ギャ~~」としか聞こえなかったが。しかし、魔女も驚いていた。
驚きすぎて、ぽかんと口を開けてカールを見上げるだけで、上空で叫んでいるカールを助けてやろうとか声をかけてやろうとか思いもしなかった。
カールは下から風がビュービュー吹いてきて、自分を押し上げているように感じた。
飛んでるんだ。
そう気づいた時、カールは腕を大きく広げて、その風を自分の胸に取り込むように感じながら、背すじを伸ばした。するとカールはますます上空へ登った。
「飛んでる!」
カールは急に嬉しくなった。
それから、もっと背中を反らすと、クルンと空中で一回転した。それから腕を少し緩めて、下を向くと、そのまま地上に降りてきた。
何ということか、カールは飛んだのだ。そして、自分から下りてきた。落ちたのではなく、ちゃんと下りたのだ。
顔中がはじけたような笑顔になって、カールは興奮して魔女に駆け寄った。
「できたよ!ヘクセ様!」
「ああ、ああ、出来たな。カール、お前は私の弟子だ。」
魔女は驚きながらも、カールを受け入れた。
それにしても、まさかこんな芸当をしでかすとは思いもよらなかった。ただの人間の子どものはずだ。
そりゃー、確かに、目だけは黒いけれども、そうは言っても、普通人間の子どもが魔法の素質があるなんてこと、ないのだから。
だけど、これだけ見事にやってのけたのならば、弟子にしないわけにはいかない。
そうして、カールはカールの記憶のない魔女の弟子となることができたのだ。
魔女とカールはまた旅を続けることになった。
「そうとなれば、杖をなんとかしなくてはな。」
魔女がポツリと言った。
そういえば、杖はどうやって手に入れるものなのだろうか。自分で木を切って適当に作れば良いのだろうか。
しかし、カールは杖なんかよりももっと興味があるものがあった。それは勿論、竜だ。
「恵みの竜が見れるかなぁ。」
カールが嬉しそうに言うと、魔女はとても驚いていた。
「私はそんなことまでお前に教えていたのかい?」
「え、うん。」
「そうか、そうか。それならば、お前は本当に私の弟子だったのだな。」
魔女は何か妙に納得していた。
一回竜を見たら家に帰る。という約束だったはずが、カールはまんまと魔女の弟子に収まり、また竜を見る旅(水の剣を探す旅)に連れて行ってもらえることになった。
カールは自分が魔法で空を飛べた事や、竜を人間に戻したり、大きな竜を倒したりしたことが嬉しくて、魔女と一緒にいることが楽しくてしょうがなかった。
それで、あの森で見た小鬼のことや、自分を待っているであろう両親や友だちのことなど、その時はほとんど忘れかけていた。そりゃ、両親に会いたくないわけではない。しかし、村に帰ればまた、学校に通って勉強をしなければならない。そんなことよりも、竜を見る方がずっとずっと楽しいことだった。
魔女の記憶が戻らないことを密かに祈りながら、カールは旅に出たのだった。




