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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
17/25

洞窟の竜

 洞穴はとても大きかった。遠くから見ても洞穴がわかるくらいであったが、実際にそこにきてみると、大きな間口よりも、中はもっと広く深かった。

 そして、穴の中を覗き込んですぐに竜の姿が分かった。

 たくさんのガラクタを洞窟内に持ち込んで、その上にうつ伏せで寝ていた。しかしあれでは、どんな容姿をしているのかがよく分からない。

 カールから見ると、普通の人間が行き倒れているようにしか見えないのだ。髪の毛もあるし、衣服も着ている。アレが本当に竜なのだろうか。もしや、あの沼にいたような小鬼だったら、大声を上げて逃げ出すだろう。カールは心臓がドキドキと低く打ち付けるのを感じた。

 魔女と一緒に竜に近づいて行くと、竜が目を覚まし顔をあげてこちらを見た。簡単に見つかった。

「ナンかクレる?」

 男の声がした。しかし、それはやはり押しつぶされたようなひしゃげた竜の声だった。

 まず目が爬虫類のソレだった。大きな黄色っぽい瞼の中に青いガラス玉のような目がはめ込まれている。その中に黒い三日月が立っていた。

 その目がぎょろぎょろと、魔女とカールを交互に見た。そして大きな口がニヤリと持ち上がり、また

「ナンかクレる?」

 と言った。

 皮膚と言う皮膚は蛇のうろこのようになっていて、身体は普通の人間の倍くらいあるように見えた。太い尻尾のようなものがお尻から繋がっていて、それがバシバシと足元のガラクタを叩いていた。

 竜・・・というよりは、巨大な蛇に人間の手足を生やしたような、そんな生物が、人間だった時のなごりの衣服を着けているようだとカールは思った。

 それでも、あの沼にいた人間だった小鬼よりはずっと「竜」だった。



「まだ言葉があるのか、それは良かった。」

 魔女は小さく言った。それから竜に向かって大きな声で言った。

「お前の名前はウツだね。こんにちは、ウツ。お前を迎えに来たよ。」

 魔女がそう言うと、竜の男は首を上下に大きく振った。

 カールがギョっとして少したじろいだ。しかし魔女はまったく恐れずに、話しかけ続けながら、少しずつ竜の男の方へと近づいて行った。

「お母さんがお前のことを心配しているよ。帰っておあげ。」

 竜の男はますます首を大きく振った。聞いているのかどうかが分からない。

「お母さんは病気になってしまったよ。今度はお前がお母さんを看病してやらなければ。」

 魔女はガラクタの山に登りはじめた。いつの間にか右手に魔女の杖を持っていた。

「オカさん・・・」男が小さくつぶやいた。

「そうだよ、お母さんが、ウツのことを待っているよ。」

 ウツは魔女が近づいても、攻撃するような素振りは見せなかった。ただ、まるで葛藤しているように、その身体には短すぎる腕を頭の方に伸ばしていた。

「お母さんがウツを待っている。帰っておおあげ。」

「オカさん・・・ボク、ウツ。」

 ウツの言葉が増えてきて、魔女は希望を持った。

 たいていの竜はほとんど言葉も出ない。人間らしい感情もなくなっている。しかし、このウツという男はとても人間らしかった。姿は竜になりかけているが、この分ならば救ってあげられるかもしれない。

 魔女は慎重にウツに近づいた。

「お母さんは病気なんだよ。帰って優しい言葉をかけておあげ。そして看病してあげるんだよ。」

「ことば・・・かんびょう・・・ウツが。」

 魔女はゆっくりと慎重にウツに話しかけながらガラクタの道を歩いて行ったので、カールはそれがとても長い時間に思えた。実際かなりの時間をかけて、魔女はウツの心に話しかけていたのだ。

 それでカールは少し安心していた。竜と言っても、こちらを攻撃してくるわけではないし、しかも外は雨でも洞穴の中は少し寒いけど雨が降り込んでこない。

 そうとなれば、カールも竜を見たくなった。もう少しくらい近づいても大丈夫だろう。少なくとも魔女のところまでは行っても良いんじゃないだろうか。

 そう思い、カールもガラクタに登りはじめた。机やイスのような大きなものもあれば、食器やおもちゃやクッションなどといった、身の回りの物もあったが、一番多いのは何と言っても金目の物だった。どこから手に入れたのか、かなりの量があった。

 カールが登ると、それらがカラカラと音を立てて崩れた。

 せっかく魔女が細心の注意を払って竜に近づき声をかけているというのに、それをだいなしにするような大きな音が洞穴に響いた。

 そして極め付けにカールは寒気がした。

「はっくしょい!」

 大きなくしゃみをしてしまったのだ。



 その時、ウツは急に頭を大きく持ち上げ、大きな体を動かすと、そこにあったものを引っ掴んでカールに向かって投げた。

「カール!」

 魔女は焦った。人間だった竜は目の前の魔女ではなくカールを標的にしたのだ。

 魔女はすぐに竜を抑えるために、ガラクタを蹴って竜に駆け寄った。そして魔女の杖をその竜の胸に押し当てた。

「ギャ―――!」

 ウツが叫んだ。

 ウツの胸には水の剣が浮かび上がった。ウツは首をのけぞらせて両腕を広げ大の字のまま、引きつけたように動かなかった。すると胸にある水の剣がゴポゴポと不思議な音を立てて、ウツの体中に溶けていった。ウツの胸が青く光り続けていた。

 風のような砂のような、聞きなれないザーという音が洞窟内に響いた。

 そして、ウツの身体から爬虫類のうろこのような皮膚がはがれて落ちた。大きな身体から音を立ててそれらが落ちると、ウツは普通の男の姿に戻っていた。

 衣服は破れボロボロになってはいたが、どこから見ても人間だった。



 ウツも魔女もカールも、驚愕の表情のまま立ち尽くしていた。

「戻った。」

 やっと魔女が言った。魔女の魔法で人間の姿に戻ったと言うのに、魔女はそれが信じられないようだった。なぜなら、魔女は、ウツが竜のまま死ぬだろうと思っていたのだ。

 カールを攻撃した時点で、それは決まっていた。

 だが、実は違ったのだ。ウツはカールを攻撃したわけではなかった。

 ウツがカールに投げつけたものは、小さな毛布だった。それでカールはその毛布を頭にひっかけたまま、今の一部始終を見ていた。

 ウツはカールがくしゃみをしたので、温まるための毛布を渡してあげたのだ。

 魔女はそれを理解すると急に笑った。

「ああ、なんてこと!ウツや、お前さんがカールに与えてくれたから、お前さんは人間に戻れたのだよ。」

「僕が、与えた?」ウツが聞いた。

「そうだとも。お前さんは、今まで与えてもらうばかりで他人に何かを与えたことがなかったんじゃないかね?でも今、カールのために毛布をあげたじゃないか。それだけのことだよ。さあ、早く行って、お母さんを看病しておやり。お前さんにできることはたくさんあるのだから。家族と一緒に幸せに暮らすんだよ。」

 ウツは真剣な顔をして頷いていた。

「はい、はい。帰ります。お母さんを看病しに行きます。」

 そう言って、ウツは洞穴を出て行った。たくさんのガラクタなど目もくれず、何も持たずに歩き出した。

 もう外は暗くなり始めていたが、外はまだ雨が降っていた。

 男が村の方へ歩いて行く姿を、魔女とカールは洞穴の入り口から眺めていた。



「結果的にうまく行ったがねぇ、くしゃみは我慢できないのかい?」

 笑いながら魔女がカールに言った。

「ごめんなさい。俺、くしゃみよく出るんだ。それよりさ、あの人の胸にあった水の剣はどうなっちゃったの?」

 カールが聞くと、魔女は非常に驚いた。

「おやまあ、よく水の剣が見えたもんだね。ふむ。」それからまだ雨のふる空を見て言葉を続けた。「あの男が人間に戻ったからね、水の剣は男の人格になって、身体に戻ったのさ。」

「始末するってそういうことなの?」

「お前さんは、なかなか鋭いことを言うねぇ。でもまあ、そうだね。人間に戻れるか、竜のまま死んでしまうかは、本人次第さ。だけど、魔法をかける前に声をかけなくてはね。ま、お前さんのくしゃみも声をかけるのと同じくらい効果があったようだよ。そのおかげで、あのウツも人間に戻れたんだからね。」

 そう言うと魔女は笑った。

 カールも合せて笑おうかと思ったその時、洞窟の奥からグオーという低い声が聞こえた。



「な、なんだ、アレ。」

 カールは思わずビクビクと洞穴の奥を睨みながら言った。

「シ!声を出すんじゃないよ。」

 魔女がカールを制した。魔女も真っ暗な洞穴の奥を凝視している。

 するとまた音がした。低い叫び声。それと、物が倒れるようなガタンという音や、金属がこすれ合うガチャガチャとした音、それから・・・とにかく、色んな音がこだまして、洞窟内が戦いのさなかのような音で包まれた。

 そして見えたのだ。竜だ。

「ひぃ!ああ、アレ、竜、竜?」

 カールは驚いてしまって、足がすくんだ。

 さきほどの竜とは比べ物にならないような、見るからに本物の竜が洞穴の奥から姿を現した。

 竜というにはおぞましい、もっといろんな部位が盛り上がった不格好な姿で、歩くたびにその皮膚がガチガチと音を立てているようだった。実際は竜が踏みしだくガラクタが鳴っているのかもしれないが、とにかくひどい騒音なのだ。それに、やはりとにかく大きくて、カールから見たらただ見上げるだけにしか見えなかった。たとえ大きさが5メートルと言われても、もっと大きく見えたし、5メートルがどんなサイズか分からないくらい、とにかくカールよりずっと大きいモノだということしか分からなかった。

 人間だったはずの面影は全くない。特大のトカゲに粘土であちこち盛り上げたかのようなものが、洞窟を響かせて現れたのだ。

「カール、お逃げ!」

 魔女が叫んでも、カールは動かなかった。いや、動けなかった。竜から目が離せなくなって、それに、腰が抜けるどころか魂も抜けてしまったかのようで、ガタガタと震えているだけで、とても自分から動けなかった。

「カール、カール!」

 魔女はカールに駆け寄ると、カールの頬を何回か叩いた。

「竜、竜が!」

「そう、竜だよ。もう十分見たから、お逃げ。走って遠くまで逃げるんだよ。」

 魔女がそう言っても、カールは目を竜から離せず、震えるだけだった。それほどまでに恐れてしまった子どもに、魔女はそれ以上何もしてやれない。

「しょうがないね。」

 魔女はカールの肩を担ぐと洞穴の入口の脇までなんとか連れて行った。魔女とカールは大して体格差もないのだ。魔女には大変な仕事だ。

 とにかく、カールをそこに置くと

「動くんじゃないよ。逃げられるようになったら、一人で逃げるんだよ。」

 と言って、魔女は竜の方へ駆けて行った。



 魔女は竜の足元まで走って行くと、キョロキョロと辺りを見回した。だいたいこの魔女は小柄なので、どう背伸びしても、竜の胸まで手が届かない。それで、何か高いところに上りたかったのだ。しかし、洞窟内は、デコボコしているとはいえ、人が登るには難しそうだった。

 そんなことをしていると、竜が手を振り上げた。

 カールからは、よそ見をしていた魔女が竜の大きな手に潰されたように見えた。しかしなんとか、間一髪のところで避けていた。魔女がもう少し遅ければ本当にぺっちゃんこになっていたことだろう。その力のすさまじさを感じて、カールはさらに縮こまった。

 魔女は一度洞窟の外に走って行った。そこで地面に何か大きな円を足で描いた。それを書くとすぐにまた竜のところにもどり、竜に向かって杖を振り上げた。

 ピカっと、強い光りが杖の先にともり、竜が動きを止めた。苦しげに首を振っている。

 その隙に、また魔女は洞窟から出て先ほどの円に、今度は杖で何か模様を入れていた。それからまた走って竜の元に戻り、今度は杖を竜に向けると、呪文を放った。

 魔女の杖から鋭い光りが発射し、竜の足に当たった。竜から見れば大した威力ではないようだったが、竜の皮膚が少し裂けた。しかし、血は出なかったし、勿論竜が転ぶほどではなかった。

 それから、魔女は右左に交互に呪文を打ち出した。洞穴の壁にいくつか傷をつけた。それでも竜には被害はなさそうだった。

 竜はモグラたたきのように魔女を叩こうと、何度もその太い腕を振り上げては、地面を叩いた。それだけでカールの方にブンと風が吹いた。

 竜は、力は強そうだが、動きは鈍かった。おかげで魔女は竜に叩き潰されることなく、幾度もまじないを放つことができた。そのうち、竜の皮膚があちこち裂けてきた。足だけでなく、腕や腹や胸や頭にも傷を作った。



 しかし魔女は疲労していた。相手は大きく、めいっぱい動かなければ竜に潰されてしまうし、たくさんの力を籠めなければ竜の皮膚を裂くほどの呪文を放つことはできない。

 魔女の動きが鈍くなってきたのがカールには分かった。

 どうしよう、助けたいけど、どうにもできない。カールはいつの間にか立ち上がっていた。勿論恐怖はあるが、魔女がやられてしまっては困るのだ。こんな時に自分だけ逃げるなんてとてもできなかった。

 石でも投げてやろうか。そう思った時だった。

 魔女が竜から逃れ、洞穴から走って出てきた。そして、先ほど地面に書いた円の中に立つと、杖を天に向けた。

 投げるのに手頃な石がないか探していたカールは、なにか地面が動いているような錯覚にとらわれた。

 それもそのはず、どういうわけか洞穴の中をぎっしりと埋めていたガラクタが、足を生やして歩き出したのだ。そしてトテトテと洞穴から逃げ出すではないか。そのガラクタの川の流れを見ていると、本当に地面がそのまま洞穴の外に流れ出ているようで、カールは眩暈がした。しかし、なかなかの見もので、しかもちょっと可愛かった。

 それを見て竜は明らかに怒った。せっかく集めたガラクタがなくなってしまっては、ここにこうしている意味がない。竜は自分の持ち物をなんとしても手放したくないのだ。

「グオオオオー!グオー!」

 と、うなりながら、竜が穴から出てきた。ゆっくりと、しかしすごい迫力だった。そして、穴の外に立っている魔女に襲い掛かろうとした。

 魔女はそれを待っていた。

 トテトテと走り逃げる椅子や机を足掛かりにして、魔女は高く飛んだ。そして魔女は持っていた杖を、竜の胸に押し当てた。



 これですべてが終わる、はずだった。


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