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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
16/25

小鬼の人格

 魔女はたき火であたためた干し肉をカールに渡した。それからパンと果物もあげた。カールは急にお腹が鳴るのが分かった。そういえば、ずっと何も食べていなかった。

「俺も食べ物持って来てるよ。」

 カールは自分が背負っていた荷物から袋を出そうとしたが、魔女はそれが全てお菓子であると見抜き、その時は出させなかった。

「そんなものより、こっちを食べな。まったく、成長期なのに、おやつで済むかい。」

「はーい、いただきまーす。」

 カールは素直に、魔女に与えられた食事をとることにした。

「おっと、その前に!」

 魔女は立ち上がり、杖をカールに向けた。

「何?」

 カールも慌てて立った。

「いくらなんでも、その手で食べたら腹壊す。」

 そう言って、魔女は何か口の中で小さく言うと、杖から風が出たような気がした。カールはそれが良い匂いだと思った。葉っぱの香り?さすが魔女。

 体中どこも真っ茶色だったカールは、その野原のような香りの風に撫でられると、すっかり綺麗になった。香りだけでなく、なんだか気分も良くなった。

「おお~う、さすが魔女!」

 カールは初めて見る魔法にえらく感動して、きれいになった自分の衣服やむき出しの腕をキョロキョロと眺めた。



「さあ、では座ってお食べ。その間に、私がその剣を探していることを話そうじゃないか。」

 カールが座って、パンを食べ始めると、魔女は微笑ましくカールを眺めながら、そして話しはじめた。

「では、まずは水の剣について話すとするか。

 私は旅の魔女と呼ばれていてね、水の剣を探して旅をしているのだよ。水の剣というのはまさにソレなんだがね、それは人間の心と言っても良いだろう。魂というわけではないね、どちらかというと人格と言えば良いか。」

「じんかくって何?」

 口にものをたくさん頬張りながら、カールが聞いた。

「人格っていうのは、まあ、性格みたいなことかね。人間性って、逆に難しいか。まあ、そんな感じだよ。」

 カールが無言で頷くのを見て、魔女は話を続けた。

「ちょっとお前さんには難しい話になるかもしれんがね、大人になると色んな人がいるもんだよ。その中で、他人を愛することや他人のために何かをしようとすることのない人間が、ごくたまにいるもんだ。たいていの人間は愛することを知っているがね、それを知らず、自分が何かをしてもらうことばかりで、他人に対して何もしないでいるとだね、人格が分離してきてしまうんだ。」

「ぶんりって?」

 魔女はカールが思ったよりもずっと子どもで、こんな話をしても理解できないのではないかと思いながらも、丁寧に教えてやった。

「分離っていうのは、別れることだよ。人格が分離するっていうのは、まあ、大人になってもなかなか分からないだろうがね、自分のわがままな人格が大きくなってしまうと、他人を思いやる心が押しやられてしまうんだよ。その押しやられてできたものが、水の剣なのさ。」

「え、コレ人格!?」

 カールが傍らに置いてある、水の魚を見て驚いた。

「最初にそう言っただろうが。」魔女は呆れて笑った。「その水の剣が大きくなると、どういうわけか、人間の皮膚が乾いてしまって、そうだね、爬虫類のようになってしまうんだよ。そして、身体の方は自分のわがままな人格がどんどん育つせいか、大きく奇妙な形になってしまう。それが、竜の形に似ているのでね、つまり、人間から見れば、竜になってしまうんだよ。

 竜は何かをしてもらうことばかりで、自分からは与えることをしらない。洞穴みたいな奥まったところに自分の宝をため込んで、その上で寝そべって生きているのさ。私はそれを探し出して、水の剣をとりあげて、竜を始末しているんだよ。」

「しまつって?」

 無邪気な顔をして聞いてきたカールに、魔女は少し言葉を詰まらせた。「殺す」と簡単に行って良いものだろうか。いや、実際にはただ殺すわけではない。ある意味「助ける」とも言える。

「つまりだね、分離した人格を元に戻す。又は、永遠に分離させるんだよ。これ以上は難しくて言えないね。魔女の仕事だから、魔女にならなけりゃ理解できまいよ。」

「ふぅん。」

 カールは口をもぐもぐさせて、ごっくんと飲み込んでも、まだ何かよく分からないという顔をして、何も入っていない口をもぐもぐさせていた。



「それでだね、カール。お願いがあるんだよ。」

「俺に?」

「その水の剣を私にくれないかね?」

「え、コレ?」

 カールは傍らに置いておいた水の魚を見た。まだ生きているように見える。美しい、水だけでできている魚。もとい、水の剣。

 あげてしまうにはもったいない、美しいものだ。コレを見たことのある者は、カールの村にはいないだろう。ぜひ、フィデリオやジクムントに見せてやりたいものだ。カールはその水の魚を魔女にあげたくなかったので、もじもじと下を向いたままだった。

「私にくれるならば、何かお願いを聞いてあげよう。無理なこともあるが、できることならば、なんでも。」

「なんでも?」

 カールはその言葉を聞き逃さなかった。カールは悪ガキ全開の顔をしてキラリと目を光らせた。子どもというのは素直なものだ。なんでも願いを聞いてくれると聞いて、喜ばない子どもはいない。魔女は少しまずかったかと思ったが、この際仕方がない。あんまりひどいことでなければ、願いを聞いてあげようと覚悟した。

「なんでも良いだろう。お前さんだって、小鬼の人格をずっと持っているのは嫌だろう?」

「え、コレ、小鬼の人格?」

 途端にカールはそこを飛びのいた。小鬼から逃げたはずなのに、自分は小鬼の一部分を持ち歩いていたのだ。急にそれが美しい水の魚ではなくて、毒の塊に思え、気味悪そうにじりじりと遠ざかった。

「そうだよ。ああ、なぜ小鬼になったかというとだね、お前さんの村の魔女が竜になる前に、そうしたんだろうね。その人間を竜にしたくはなかったんだろうさ。その人間が心を入れかえれば元に戻してやるつもりでね。とても優しくて、そして力のある魔女だったんだよ。」

「そうなんだ。」

 とは言ったものの、カールはあまり魔女の言った意味を考えていなかった。理解できなかったのもあるが、とにかく目の前の水の魚が、小鬼の一部分だと聞いただけで、おぞましくて、近寄れなくなって、そのくせ目が離せなくて、魔女の言葉は耳に入らなくなっていた。

「だからソレ、もらって良いかね?」

「良いよ、あげるよ。良いよ。」

 カールの様子を見て、魔女は苦笑しながら、水の剣を手に取った。魔女の手にちょうど良い大きさの剣のようなそれを、魔女は太陽に向けて両手に持ち、小さく呪文を言った。

 それは魔女の手の中で小さく固くなり、一粒の青い宝石のようになった。

 魔女は宝石になったその水の剣を、魔女の袋に入れた。



「ねえ、それさ、集めてどうすんの?」

 その宝石がもう見えなくなると、カールはそれが美しかったことや、おぞましかったことをすっかり忘れてしまったようで、執着のかけらもなく聞いた。

「コレかい?そうだね、恵みの竜にお返しするんだよ。」

「恵みの竜?なにそれ?」

 カールの目はキラキラと輝いていた。竜だ。竜の情報だ。

「人格の分離した人間からなる竜じゃなくて、この世界に昔からいる本物の竜のことだよ。」

「俺見たい!ソレ、それが見たい!」

 カールは立候補するように手を挙げて、立ち上がった。

「は?」

「ソレ!お願い聞いてくれるんでしょ!ソレ、それが見たい!」

「はぁ?」

 キラキラしているカールの顔をみて、魔女は口を滑らせて恵みの竜と言ってしまったことを後悔した。恵みの竜なんて、人間では誰も知らないのだ。それに空にいるのだし、どうやって会えるというのか。

 これはどう言ったものかと、考えた。

「カールや、それは難しい。本物の竜は空にいるから、会おうと思って会えるものじゃない。」

「えー!だって、竜が見たかったのに。」

 空にいると言われては、諦めるしかない。しかし、聞いてしまうと見たくなるものだ。だいたいカールは見た事のないものを見るというのがとても好きなのだ。

 それがダメと言われては、意気消沈しないはずがない。

「そんなに竜が見たいのかね?」

 魔女は、そんなにうなだれてしまったカールに申し訳なかった。

「うん。ずっとさ、俺、竜が見たくてさ・・・」

「そうか、ならば、水の剣を探しに一緒に行くかね?」

「水の剣を探しに?」

 カールは少しだけ顔を魔女に向けた。でもまだ、半分はうなだれている。

「そうだ。水の剣は竜が持っているからね。」

 そう言われて、カールの顔はまた持ち上がった。ニコニコと元気な顔に戻っている。大変にわかりやすい子どもだ。

「行く!付いて行く!竜が見れるよね!」

「あ、ああ。そのかわり、一回見たら、自分の家に帰るんだよ。」

 魔女は少し後退りながら言った。

「うん。分かった。」

 もっと元気な返事が返ってくるかと思いきや、カールは静かに答えた。

 魔女に、「自分の家」と言われて、思い出したのだ。両親や友だちがきっと心配しているということを。

「さ、じゃあ行こうか。」

 そうしてカールはついに、本当に竜を探しに行く旅に出た。怖い思いをして、竜などいなかったと悟ったのに、実は竜はいるのだ。

 浮足立つ気持ちと、黙って出てきた両親のことを思う気持ちのはざまで、カールは真剣な顔をして歩き出したのだった。


--- --- ---


 カールは魔女と共に旅に出た。目的地は竜(になった人間)のいるところだ。どんなところだろうか。どうやって探すのだろうか。

「雨がよく降る所にいるんだよ。」

と、魔女が言った。竜がいるところはなぜか雨が降るらしい。

 魔女はいくつか小さな村へ立ち寄った。するとたいてい、村人に歓迎された。

「ヘクセ様がいらした!」

「旅のヘクセ様、ようこそ。」

 村人たちは魔女を丁寧にもてなした。食事や泊まる所さえも準備されていた。その代りに、魔女は病人のために薬草を分けてあげたり、まじないをすることもあった。

 どの村に行っても、魔女は歓迎された。みんな、魔女の存在を知っているようだった。



カールと旅を始めて、3つ目の村を訪れたときのことだった。

「どうだね、みな息災かね?気候はどうかね?」

 魔女が村人に聞いた。

「ヘクセ様、実は・・・」

 その村に行ったとき、すでに竜のことがうわさされていた。

 隣村に住んでいた若い男がいなくなってから、向こうの岩山で雨が降り続いているというのだ。その男は仕事もせずブラブラと過ごしていたらしい。

 魔女とカールは隣の村へ行き、その男のことを聞きだしてから、岩山へ向かった。

 村と村を歩き情報を集めていたのもあり、山へさしかかったのはその男のことを初めて聞いてから1週間も経ってしまっていた。

 その岩山は村から見ても、ずっと雨の降っている場所が見えた。あれが目的地だろうということは、カールにも分かった。たいして遠くはなさそうだ。

 カールはだんだんドキドキしてきた。やっと竜が見られるのだ。

 どんなにカッコいいだろう。本当に火を吹いたりするのだろうか。

 いや、あまり期待しちゃいけないはずだ。だって、元人間のはずだから、というのを思い出しながら、カールはやっぱり竜のことを過大に期待していた。



 ゴツゴツした岩山の、山すそを少しだけ回り込んで行くと、洞穴が見えてきた。その辺りは、ずっと雨が降っている。雲がかかりとても暗かった。

「あそこだね。ああ、注意するのを忘れていた。お前さんは竜に話しかけちゃいけないよ。刺激すると危険だからね。それから、私は身を守るものは何も持っていない。危険だと思ったら、自分のことだけ考えて、とにかく逃げるんだよ。」

「え?」

 笑顔で魔女に言われて、カールは驚いた。だいたい、危険な竜に会うのに、身を守るものを持っていないなんて、どういう神経なんだ。

 ああ、でも魔女だから大丈夫なのか。魔法が使えるからな。で、カールは?魔法が使えないうえに、丸腰。そりゃー、何かあったら自分のことだけ考えてとにかく逃げるという意見は素直に聞き入れることにした。

 カールは魔女の後ろについてゆっくりと歩いて行った。魔女の足取りはとても静かで、目の前にいるのに、まるでそこにいないかのように気配がなかった。その代り、カールの方は気配が丸出しで、足音もすれば鼻息も荒かった。

 洞穴の入口にたどり着くと、魔女は穴を覗く前に息を整えていた。カールも真似をして深呼吸をしたら、魔女に口を押えられた。

「うるさい。」

 ひそひそと耳元で怒られてカールは変な顔をした。そんなことを言われたって、ごく普通にしているのに、うるさいだなんて心外だ。

 それから魔女は一度カールを見ると、小さく鋭く頷いて、洞穴を覗き込んだ。カールからは魔女の背中しか見えない。魔女は小柄ではあるが、しょせんカールは子どもなので、その向こうは見えなかった。

 魔女は静かに一歩を踏み出した。

 あとについてカールも歩き出した。二人で洞穴に入った。


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