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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
14/25

森と沼と小鬼

後編になりました。

ここからは、時系列順にお話が進みます。

 カールは一人だけ森の奥へと走って行った。すぐに木々に隠れてカールの姿は見えなくなった。木々をかき分けて走る足音も遠のいて聞こえなくなってしまった。

「カール、待って!カール!カール!戻ってきて!カール!」

ジクムントは必死に叫んだ。だけどカールは戻ってこなかった。

 実際、カールにはジクムントの声は聞こえていなかった。もう、目の前に竜がいると思い込んで突っ走っていたのだ。あの二人は付いてこないだろうということも分かっていた。

 カールが木をかきわけると、すぐに崖があった。すごい高さに落ち込んでいる。

「おっと!」

 カールはびっくりして、近くの木に掴まった。それからその落ち窪んだ土地を目を凝らして見てみた。崖にはあまり木は生えていない。低木が曲がって生えていて、それを掴めば降りられそうだ。

 だけどここに来て、カールは何か嫌な感じがした。

 竜は勿論見てみたいが、何か誰かが来るなと言っている気がするのだ。それは本能なのかもしれない。これだけ臭くて、木々はひしゃげていて、土地は窪んでいる。

 ここを降りて行く人間の気が知れない。

 本能的に危険を察知しているのだろう。カールは少し身震いをした。

 どうしようか。ここを降りて竜を探すか。それとも、少し冷静になったことだし、生存本能に従って、ジクムントたちのところへ戻るか。

 じいちゃんは何と言っていただろう。魔女の印までは何度も行ったことがあると言っていなかったか。それなら、ここを降りずに、崖の上から竜を探すか。いや、やっぱり降りなければ木々が邪魔をしてよく見えない。

 迷っていると、カールの耳に「来ちゃいけない」という低い泣き声が聞こえたような気がした。

 人の声だ。誰か、いるんだ。

 カールは身震いした。寒いのだ。恐れを感じているのもあるが、実際に夏とは思えないほど寒くなった。汗が一気に冷えて震えた。

「なんなんだ、くそ。」

 カールはひとりごちて、崖の上を動いた。崖を降りて行くには勇気がいる。しかし、ここで戻るかというと、やはりここまで来たならば、竜を見てみたいというのが本音だ。



 ふと見ると、少し崖を降りたところに黒い布がひっかかっていた。あんなのでも、ないよりはマシかも、と思い、寒さで少し震えていたカールはそれを取りに行くことにした。

 崖を少し右よりに斜めに下りて行き、黒い布を掴んだ。どこからか風で飛んできたのだろうか。随分と大きなものだが、こんなものが飛ぶのだろうか。

 そんなことを考えながら手に取ると、表側は風雨にさらされてボロボロだったのに対し、裏側は新品のように綺麗だった。それでも一か所大きな穴が開いていた。

 カールがそれを肩に引っ掛けると、とても暖かかった。ちょっとスカートか何かのようで、上がすぼまっていて、リボン結びができるようになっていた。下の方はボロボロになっていたが、まあ、足元はどうでもいい。それにしても大きな布だ。

 カールはなんだか元気になったような気がした。崖の下からの臭いや冷気や、変な声で感じていた恐ろしさが薄れたような気がした。

「よし、行こう。」

 カールは崖を降りることにした。竜がいても大丈夫なように、木に隠れながら降りようと、周囲に気を配りゆっくりと降りることにした。ほんのちょっと見られれば良いのだ。見つからないように、気を付けて・・・

 カールは本当にゆっくりと、音もさせずに降りた。

 途中何度も臭い匂いと冷気が下から上がってきて、変な低い声も運んできた。

 半分ほど降りたところで、下が見えた。随分と広い、本当に竜がいてもおかしくなさそうな、良い感じの窪地だ。半分ほどが沼になっていて、こちら側は陸地になっている。手前側に何か大きな塊が見えるが、あれが竜かも知れない。

 それにしては変な形をしている。

 しかし、あのそばに降りるのは危険だろう。崖を回り込んで沼の方に降りることにした。

 カールは沼と陸の境目のところに降り立った。ちょうど木が生えていて、陸地の方があまりよく見えなかった。こちらから見えないと言うことは、陸にいる竜からもカールのことは見えないだろう。

 カールは木の陰から、竜を見ようとした。

 と、その時、ふと視界の隅に何かが光った。

 反射的にそちらに顔を向けた。そこは沼だった。沼の水が陽の光りに反射したのだろうか。キラリと光ったように見えたのだ。カールは顔を向け、ジッと水を見た。



 水の中に、何かが光った。キラっと光って、すぐに消えた。

 何の光りだろう。もう一度見たい。

 カールは沼に見入っていた。するとまた、沼の水の中がキラリと光った。魚だろうか。泳いでいるようにも見える。あれが竜かもしれない。竜が水の中にいても不思議ではない。

 では、崖から見た陸地の塊は何だろうか。カールは陸の方を見た。

 驚いたことに、そこには人間がいた。

 塊と沼の間に、ポツリと立ち尽くして、向こうの崖をぼんやりと見ているようだった。その人間からは何の感情も感じられなかった。嬉しいとも悲しいとも寂しいとも、感じられなかった。

 もしや、あれがカールの耳に「来ちゃいけない」と言った人だろうか。いや、それにしては意志が無さすぎる。それくらい空虚な背中だった。

 それよりもカールは、水の中に光った何かが気になった。それでまた、ジッと沼の中を見ていた。何かが泳いでいて、水が小さな波を立てていた。

「何かいる。」

 ポツリと口の中で言うと、カールは沼に入ることにした。何か生き物が沼の中で光っているようだ。竜ほど大きくはないように感じる。捕まえられるかもしれない。

 カールが沼に足を入れると、あまり深くはなかった。膝くらいまでが水に濡れた。夏とはいえ、この窪地は妙に寒いので、水も冷たかった。カールは黒い布を腰にしっかりと巻き直し、手が出るようにした。

 その時、足元にスルっと何か魚のようなものがすり抜ける感覚がした。やはり何かいるのだ。カールは楽しくなってきて、夢中で水の中を探した。



 いきなり背後から声がした。

「おや、お前は誰だ?何を探しに来たのか?」

 夢中になって沼を覗き込んでいたので、カールは陸地に人間がいることを忘れていた。それで声がしたとき、ビクンと少し飛び上がった。カールが声の方を振り向くと、陸地のあの空虚な背中の小さな人間がこちらに歩いてきた。カールは水の中から返事をした。

「俺は竜を探しに来た。お前こそなんだ?」

 カールには、それが子どものように見えた。しかし、顔を見るとそれは、子どもの顔ではなく、人間というにも虚ろすぎる目をしていて、そして老人のような表情だった。着ているものはボロボロで、元は良い服だったような色合いが垣間見えた。しかしブカブカと体に合っていないその衣服は、その人間を人間ではないもののように見せていた。

「人間は私を見ると小鬼というが、はて、鬼かどうかは私にも分からん。ただここに来た人間を食らうだけよ。」

「小鬼?」

 なるほど、とカールは納得した。確かに小鬼だ。人間には見えない。鬼と言われた方が違和感がない。それにしても聞き捨てならない言葉があった。その小鬼は人間を食うらしい。

 カールはその小鬼がどうやって自分を襲うのか、怖いもの見たさのような目で見つめた。実際、今にも狩られる動物はそういう目をしそうだ。しかし、いくらカールが小鬼を見ていても、小鬼は襲ってくる様子がなかった。

 しばらくお互いに見詰め合っていて、それから小鬼が口を開いた。

「お前は誰だ?魔法使いか?」

 カールは小鬼がどうして自分のことを魔法使いと言ったのか意味が分からなかった。なぜなら、本来この地に人間がやってくれば、あのおぞましい塊に吸い寄せられずにはいられないからだ。しかし、カールは吸い寄せられなかった。それはカールが黒い大きな布を拾ってそれをまとっていたからだ。ただの偶然だったのかもしれない。しかしそれがカールを護っていたのは確かだ。それは魔女のマントだったのだ。だから小鬼はカールのことを魔法使いだと思ったのだろう。

 カールは何も答えなかった。カールは思ったよりも慎重になっていた。ここで自分がただの人間であることを言わない方が良いように思ったのだ。

 しかしどちらにしろ、小鬼はカールをそのままにはしなかった。

「魔法使いならば私が殺さなければなるまい。」

 そう言うと、小鬼は沼の中に入ってきた。無感動な顔つきをしているのに、ただならない殺気を漂わせていた。

 カールは慌てて逃げようとした。岸から離れようと走ろうとすると、水深が急に深くなり、しかも底に溜まっていた泥がまき上がり、足をとられた。ざぶざぶと追いかけてくる小鬼も同じように泥に足を取られながら、二人でもがきながらやたら動作の鈍い鬼ごっこをすることとなった。

「こっちくんな!」

 カールは後ろを向き水をかけまくった。ものすごいしぶきをあげて怒涛のごとく水を飛ばすと、身体の小さな小鬼は動けなくなった。

「よし!」

 その隙にカールはまたざぶざぶと逃げた。しかし足元は相変わらず深い泥で、思うようには走れない。手で水をかき分けながらなんとか向こう岸にたどり着いた。



 ここには竜はいなかった。

カールはそれを悟ると、ずぶ濡れの衣服とマントのまま、逃げることにした。もうこれ以上ここに居る必要はない。それどころか、小鬼に殺されそうだ。

 しかし、降りてきた陸地と反対がわに出てしまったため、崖は切り立っていていかにも上りにくそうだった。

 カールは崖を睨み、まずは自分の頭ほどのところにある、木の根っこを掴んだ。そこまで登れば、次はその上の枝に手をかければ良い。カールは必死に足を振り上げて、その根っこに引っ掛けようとした。しかし、泥水を含んだ衣服は自分が思ったよりもずっと重くなっていた。何よりもマントが重いのだ。

「くそ!えい!くそ!」

 あんまりにも登ることに必死になっていて、カールは小鬼が背後に迫っていることに気づかなかった。次の瞬間、カールは残っている足を小鬼に引っ張られた。

「あっ!」

 小鬼ごとカールは沼の中に落ちた。水の中は茶色くて、目を開いているのに視界は閉ざされた。しかし小鬼には水の中が見えるのか、カールに絡みついてきた。

 細くて硬いものがカールの首を絞めた。小鬼の指だと思った時に、死の恐怖が襲った。カールは滅茶苦茶に暴れた。このまま水に沈められたまま死ぬのは嫌だ!

 沼の水が茶色いしぶきを激しく上げるほどに暴れても、カールは小鬼から逃れることができなかった。必死にもがく手には空しく水を掴むだけ。濁った水の中で何もわからずに苦しみもがいた。

 その時、カールは何かを見た。

 茶色い水の中に、そこだけ沼の上の日の光りが射しこんでいるかのような存在だ。そこだけがなぜだか茶色い泥水ではなくて泉から湧いてきたかのような澄んだ水なのだ。混沌の沼の中、カールはそこに手を伸ばした。

 その時、カールの腕の中に、魚が泳いできた。カールの胸くらいはある大きな魚だ。カールは助けを求める必死の腕でその魚を抱きしめた。



 カールはもう抵抗もせずほとんど動いていなかったのに、その時小鬼はカールの首から手を離した。そして大きく目を見開いていきなり棒立ちになり、カールに何かを言おうと口を開き、そのまま水の中にあおむけに倒れ込んだ。

 ものすごい水しぶきが飛び、小鬼は泥水の中に沈んだ。

 急に小鬼の力から逃れたカールは、死にもの狂いで逃げた。また追ってきたらもう逃れられない。絶対に死ぬ。どうして小鬼が離してくれたのかは分からないが、今逃げなければ絶対にやられる。そう思ってカールは陸地に向かって逃げた。

 やっとのことで、陸地に出ると、カールは腕に抱いていた魚を見た。

 それは水でできたかのような魚だった。そんなものが生き物とは思えないが、確かにその魚は水でできていた。

「は、は、は、は」

 カールはまともに息ができなかった。苦しくて四つん這いのまま息を整えようとした。しかし、すぐに逃げなければ。そう思って陸地をぐるりと見回した時、カールは見た。

 人間だった塊がそこにあったのだ。

 蠢く骨と腐った肉。

「ぐぇぇ・・・」

 カールはその場に吐いた。それ以上見られなかった。

 そして昔、お母さんが話してくれた物語を思い出した。森の奥で人間の精気を吸って生きる、一人ぼっちの人間のことを。

 きっとこれがそうなのだ。村に伝わる伝説は、本当のことだったのだ。ただ、子どもに分かりやすいように竜だと言われただけで、本当は人間だったモノだったのだ。

 逃げなきゃ。

 カールは水の魚を引っ掴むと、降りてきたところから登って行った。小鬼が追ってくるかどうか確かめようと後ろを向くこともせず、ひたすらに登り、上にたどり着くと、また森へと逃げて行った。

 沼に沈められたためカールはもうろうとしていた。ただ逃げなきゃという思いだけで、そこから逃げて行った。



 小鬼がここに住んでから、この窪地から出てきたのは、カールが初めてだった。



 カールは小鬼から逃れ、森へ戻ってきた。カールは助かったのだろうか。確かにあの窪地から出てこられたのはカールしかいない。しかし、カールは小鬼に生気を吸い取られたかのように弱っていた。そのうえ非常に恐れ、混沌に陥っていたのもあり、カールはフラフラと森の中をまるで幽霊のように彷徨うこととなった。

 逃げなきゃ。

 ただその思いだけで足を動かしていた。

 カールはどこへ逃れようか考えられなかった。悪いことに、カールは村から遠ざかるようにどんどんと森の奥へと歩いて行ったのだ。

 森は続いた。

 歩いても歩いても、目には足取りを惑わす緑色しか見えてこなかった。カールはよろよろと歩いた。

 風が吹くと木々が揺れて、葉を鳴らした。ザーっと高いところで風が鳴ると、カールはビクっとして後ろを振り向いた。あの小鬼が追いかけてきたのかと思ったのだ。

 振り返った森を、しばらくの間目を凝らして見つめた。小鬼がどこにも隠れていないことを確認すると、また少しでも急いで歩き出した。

 早く逃げなきゃ。

 カールは恐ろしくて、逃げるしかできなかった。



 虫や動物の死を見た事はあった。小さな虫だったら、カールだって殺したことはある。祖父の死に顔も見た。カールは普通に育ち、普通に子どもらしい「死」を体験してはいた。

 だけど、自分が殺されそうになるという体験は、想像以上に恐ろしいことだった。殺しに来る小鬼の虚ろな目と、何かに例えられないような殺気。首に巻きつく小鬼の細くて硬い指。水の中の苦しさ。それらが、思い出したくもないのにカールの頭の中をせわしなく刺激する。

 それに加えて、陸に上がった時に見たおぞましい塊。

 死というものが、あまりにも衝撃となってしまったのだ。

 カールが再び歩き出してしばらくすると、今度は右側の藪がガサガサと音を立てた。カールは咄嗟に両腕で頭を隠すようにして、木の陰に隠れた。ガサガサと音をたてた藪を息を殺して睨んでいると、茶色い大きな何かが飛び出した。

「ひぃ!」

 カールは思わず声を出してしまった。声など出さなければ、こっちの居所は分からないのに、あんまりにも怖くて出てしまったのだ。

 しかし、ソレは気にしなかった。一瞬カールの方をチラリと向いただけで、そのままカールの後ろの方へと駆けて行ってしまった。

「た、狸か。はぁ・・・」

 カールはフーと長い溜息をついた。あんまりにも怖がり過ぎていて、狸が小鬼くらいの大きさにすら感じてしまった。

 小さな動物の声や足音、風の音さえも気になってしょうがない。いつまた小鬼に襲われるかと思うと、ビクビクして気が抜けないのだ。

 神経をひたすらにすり減らして、カールが歩いて行くと、森はだんだんと暗くなり、カールはさらに心細くなった。暗くて目が効かなくなってくると、今度は耳が異常に働いてしまう。

 ザワザワと低いざわめき声のような、葉擦れの音が何度もカールを襲う。遠くで夜の鳥が低く鳴いて、カールを誘っているようだ。小さな虫の声すらもカールを呼んでいるようで、恐ろしくてたまらなかった。

 ついにカールは走り出した。いつの間にか衣服もマントも乾き、少し動けるようになっていた。体力はもう限界に近かったが、恐怖の方が勝っていて、小鬼がいつ追ってくるかもしれないこの森でグズグズしていられなかった。

 カールは走った。真っ暗な森を走った。自分の足が枝や葉っぱを踏む音や、かき分ける音がずっと追ってきた。自分のたてる音すら怖くて、走り続けた。

 向こうに光る目が見えた。動物か、小鬼か、分からない。そのたびにそちらから逃れるように方向を変え、とにかく走り続けた。そうして、カールは自分がどこをどう走っているのか知らずに、走り抜けようとした木の間の張りだした大きな根っこに足を引っ掛けて、転んだ。あんまりにも我を忘れて走っていたために、カールは思いっきり飛んだ。高く飛出し、コロコロと投げ出されて遠くに転がった。



 カールは、立ち上がらなかった。


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