魔女の薬の作り方:その3
アデーレのおばあさんは、ジクムントの作った薬をとても気に入ってくれたようだった。とにかく便秘薬は無事アデーレの手に渡り、どうやらアデーレの顔から特大ニキビが消えた事で、便秘は解消されたことが分かり、ジクムントはホッとした。
「アデーレのおばあちゃんからさ、腰痛の薬作ってくれって言われたよ。」
いつものように、魔女の小屋にいるとジクムントがフィデリオに言った。
「へぇ、注文が入ったんだ。すごくない?」
「すごいよ。だから、作るのは俺だけど、フィデリオがいないとできないって言っておいた。」
「そんなこと言わなくても良いのに。」
とはいえ、フィデリオは嬉しそうに魔女の本と自分の書いたノートをひっぱりだしてきて、腰痛の薬を作るべく、探しはじめた。
魔女の薬は、一人では作れなかった。フィデリオは魔女の本は読めるものの、薬作りの才能はからっきしであったし、ジクムントは薬の作り方を何度教えられても、どうしても覚えられなかった。だから、二人で力を合わせて作らなければならなかった。
そうして二人は、便秘の薬よりは少しばかり時間がかかりはしたものの、腰痛の薬を作りあげた。
おばあさんに届けると、今度は熱さましが欲しいと言われた。今のところ、二人の薬のことを知っているのはアデーレのおばあさんだけだが、どうやら近所の子どもが風邪をひいたと聞いて、おばあさんは熱さましがあると良いと思ったのだろう。
「できるって言っちゃったの?」
フィデリオがジクムントに聞いた。魔女の本を読みながら、難しい顔をしている。
「できるとは言ってないけど、かなり期待されてる気はする。もしかして、できない?」
ジクムントは心配そうに聞いた。
「うーん、どうだろ。難しそうだよ。ほら、水薬なんてまだ作ったことないし。」
「水薬なのか。」
二人で本を覗き込みながら、眉間にしわを寄せた。
「じゃあ、アデーレのおばあちゃんにできないって言ってくるよ。」
ジクムントはしょんぼりと魔女の家を出て行った。
とはいえ、やってみないと分からない。フィデリオはジクムントが小屋を出て行くと、魔女の本を読み直し、水薬の作り方を自分のノートに書きだした。
次の日に、ジクムントが魔女の家に行くと、すでにフィデリオが来ていて、なにかとても嬉しそうな顔をしていた。
「おはよう、ジクムント!」
「おはよう。どうした、何か楽しそうだね。」
「うん、水薬、作ってみようと思ってさ、昨日ちょっと研究したんだよ。そしたら、材料が足りなくて、今日それをとりに行かない?」
ジクムントはそれを聞くと張り切って頷いた。
水薬がうまくできるかできないか、ではなくて、材料探しだ。
実は材料探しは二人のお気に入りの作業である。身近にある草や実が、何かの薬になる。今まで気づかなかった小さな実でさえも、まるで宝物だ。そう、二人にとってそれは宝探し。森を歩いて宝を探して持ち帰る、それが楽しくないはずがない。
二人は防寒を着込んで外へ出た。この地方は冬はとても寒い。そしてなぜだか、魔女の家の周囲はよく雪が降った。村の方は雪などほとんど降らないのに、泉の周りだけは雪が降る。だから、外出するときは充分に温かい恰好をしていないとならないのだ。
「何を採って来るの。」
いつも葉っぱを採りに行くときに持つカゴではなく、小さな鍋を両手に持ったジクムントが聞いた。
「雪と氷だよ。」
フィデリオが嬉しそうに言った。
「雪と氷?水じゃないの?」
「わかんないけど、雪って書いてあるんだ。だから、その通りにやってみようよ。」
「へえ。」
そう言って、二人は泉の周りを歩いた。ここだけ雪が降るとはいえ、そんなに深く積もるわけではない。踏まれていない、土の付いていない綺麗な雪が良いだろう。
「葉っぱの上にある雪を、葉っぱごと採るんだってさ。」
「葉っぱごと!?」
ジクムントは魔女の「雪」の集め方に非常に感心しながら、葉っぱの上に積もった、少し水分の抜けた雪を採ろうとした。しかし、葉っぱごとというのはなかなか難しい。
隣でフィデリオが、ムムムと葉っぱを引っ張っている。かじかんだ手が掴み損ねては、その木の全ての雪がバサバサと飛び散り、結局その隣の木の雪も落とすというはめになった。
「ハサミ取ってくる。」
結局それが一番早かった。なぜ気づかなかった、二人とも。
雪が集まると、次は氷だ。
「晴れた日の、凍った泉の氷だってさ。」
とフィデリオが言うので、二人で泉の岸に立ち、ガンガンと鍋を打ち付けた。人が乗っても大丈夫なほど凍っているわけではなかったので、何回か叩くと氷は派手な音を立てて大きく割れ、それを手に取った。
「手、切らないようにね。」フィデリオが言った。
「うん。うわー、冷たい!」
「どれ、ひぃ~、ホントだ!」
「ほら、コレでかいよ。」
「こっちも大きいよ。僕の顔見える?」
二人でギャーギャー言いながら氷と格闘して、キラキラと光る薄い氷をたくさんボウルに入れることができた。
雪と氷をとってくると、二人は魔女の家に戻った。
「ねえ、溶けちゃうけど良いの?外に出しとく?」
暖炉の前で手を擦りながらジクムントが聞いた。
「溶けちゃっていいみたいだよ。どっちがどっちだか分からなくならないようにしなきゃだけどね。」
フィデリオは赤い手のまま、魔女の本をチラチラ見ていた。
「さ、作ってみるか。」
二人がそれなりにあったまると、ジクムントが立ち上がった。
「うん。じゃ、まずは両方溶かす。溶けたら、雪が1に対して、氷が3で混ぜる。」
フィデリオが本を見ながら言った。
「ほい来た。」
ジクムントが氷を溶かし、フィデリオに言われた通り、1対3の割合で大きな鍋に入れた。すかさずフィデリオが次に入れるものを指示する。
「金銀花を一つまみ。しなしなになるまでゆっくりかき混ぜる。」
「はい。」
フィデリオは実にいいタイミングでジクムントに指示を出した。ちょうど良い時に手に取りやすいところに材料を置いてあげる。結構忙しい。入れる材料も、(同じ植物であっても)葉っぱだったり茎だったり根っこだったりと、使う部位が違うし、乾かしただけのものや、潰してあるもの、煎じたものなど、形態も色々あり、気を付けなければならないことも多かった。
ジクムントはフィデリオに言われたとおりに入れていくだけだが、鍋の中をよく見ていなければならない。だから「しなしなになった」とか「濁りが出た」とか「色がサッと変わった」とかそういう変化を見逃さずに、一番良い時に次の材料を入れたり、かき混ぜることができた。
ジクムントはふんふんと歌いながら、鍋をかきまぜた。
1時間ほど経って、出来上がったものをガラスの瓶に入れて冷ました。
匂いを嗅ぎながらジクムントが言った。
「ああ、これは失敗だ。匂いが違う。」
「どれ?あ、ホントだ。」
フィデリオが匂いを嗅いで、露骨に臭いという風に眉間にしわを寄せて見せ、そして笑った。フィデリオは薬を作れないが、ジクムントでも失敗することがあると分かって、ちょっと嬉しかったのかもしれない。
「もう一回やるか。」
二人はまた、水薬を作ることにした。先ほどと同じようにフィデリオが手順を言いながら、ジクムントがかき混ぜた。
そうしてできた物は、先ほどよりは良くできたとは思うけれど、まだ失敗だと分かるものだった。
「失敗だって分かるもんだねぇ。」
二人で妙に納得した。
成功していれば独特の良い匂いがする。どこか懐かしいような優しい香りをほんのちょっと感じると、思わずそれをたくさん胸に取り込みたくなって、いっぱいに息を吸ってしまう。深い息が身体の中心に届くと気持ちもとても落ち着くような気がする。それに、いかにも効きそうな色があるものだ。
とりあえず、水薬は作るのが難しいということだけは分かった。
次の日もその次の日も、熱さましの水薬を作る挑戦は続いた。二人とも子どもの癖に、随分としつこい性格をしているらしい。
「楽しいよね。」
「うん、失敗しても楽しいよ。」
というのが二人の意見だった。失敗しても全然嫌じゃなかった。
ジクムントがかき混ぜ作業に入ると、フィデリオは少し手が空くので、魔女の本を読みふけった。読むことはたくさんある。
「印とかも覚えたいなぁ。」
一人で魔女の本を読みながら、フィデリオがポツリと言った。
「俺は薬だけで十分。コレがきっと一番楽しいよ。なに、フィデリオは魔女になるつもり?」
ジクムントは鍋をかきまぜながらケタケタ笑った。
「そういうわけじゃないけどさ、あのシャボン玉の時みたいに、何が役に立つかわからないし、もしカールみたいに竜が見たいっていう子がいたらさ、一緒に戦えるかも知れないじゃん。僕も、カールと一緒に行けば良かった・・・」
小さく呟いたフィデリオの言葉を聞きながら、ジクムントは下を向いたまま寂しそうに笑った。
「何言ってんだ。お前が残ったから、この小屋も分かったんだし、魔女の手紙も気づいたんじゃないか。ま、一緒に戦えたってのは、気持ちは分かるけどな。」
二人は時々カールのことを思い出しては、小さな後悔を記憶の中で掘り返した。
一緒に行ったって、行かなくたって、どっちにしろ後悔はするのだろう。どちらにしても良い面も悪い面もあったし、今更どうにもならないのだし、それに、きっと正しい答えなんてないことなのだと、二人とも分かっていた。その上で、やっぱり消えることのない後悔を、カールの思い出と共に持ち続け、それを忘れようとはしなかった。
二人は冬休みの間、毎日熱さましの水薬を作り続けた。そのために、何度も冷たい雪と氷をとりに外へ行った。
ジクムントが薬を作っている間、フィデリオはまじないや魔法円のことを研究していた。
「ねえ、見て、魔法円。」
「ん?」
ジクムントが夢中になって鍋をかきまぜていると、時々フィデリオは突拍子もなく声をかけるので、ジクムントはハッと現実に引き戻された。
「どう?」
「お、カッコいいね。それで魔法が使えるの?」
フィデリオはどこから探してきたのか、魔法円の書き方もできるようになっていた。見た事のない文字のような絵のようなものがいくつか書いてあって、子どもから見るといかにも「魔法」っぽくてカッコいい。
「全然、でも魔法円の書き方は多分あってると思うんだ。」
「うまくできてるよ。」
ジクムントが褒めると、フィデリオは嬉しそうに笑った。
「うん、ただね、まじないって魔女にもとっても難しいんだってさ。だから、そのうち、これも二人で練習してみようよ。」
「ふうーん。」
ジクムントの返事は、意外にも乗り気ではなかった。彼はどちらかと言えば、薬草作りが楽しくて、別に魔法など使えなくても良かったのだ。
「正しい印や魔法円があれば、力が弱くても魔法が使えたり、長持ちさせたりできるらしいんだ。すごくない?僕にも魔法が使えたらさ、カールのために、竜を探しに行きたいよ。」
「そうだな。」
結局二人の目的は、カールが竜を探しに行っていなくなってしまったことと、大差なかった。それは勿論、カールがそのためにいなくなってしまったからなのだが、カールがこうして蒔いた種は、フィデリオとジクムントに小さな芽を生やしていたのだ。
だいたい、誰がこんな子どもに魔女の魔法薬を作れるだなどと予想しただろうか。それを、この二人は誰にも言われずに教えられずに探し、見つけ、そして研究して作り上げたのだ。
「できた!フィデリオ、見てみろ。今度こそ成功だ。」
ジクムントは興奮して、ガラス瓶に入れた水薬を見せた。
「わあ、本当だ。キラキラしてるよ。」
二人とも満足そうにウキウキとした顔でそれを覗き込んだ。成功した水薬は星の粒を溶かしたかのように、キラキラと輝いていたのだ。それに微かに甘い香りがしていた。
「ところで、この薬早速もらって良い?」
フィデリオが聞いた。見ると、フィデリオはいかにも風邪をひいていますというような潤んだ目をしていて、顔も真っ赤だった。
「うわ、お前。明日から学校だぞ?早く帰って、それ飲め。」
「うん。じゃ、僕帰るね。また明日。」
「ちゃんと飲めよ~。」
苦労して作った熱さましの水薬は、とても美しかった。ジクムントはそれが早速フィデリオのためになったと思うと、間に合って良かったことと、役に立ったことで、とても嬉しくて、しばらく魔女の小屋でしみじみと残りの薬を眺めていた。
「えあっくしょん!」
やがて、ジクムントも寒気を覚えた。毎日フィデリオと同じ部屋にいたのだ。風邪をひいたのはどうやらフィデリオだけではなかったらしい。
ジクムントも作ったばかりの水薬を持つと、大急ぎで家に帰ったのだった。
明日から新学期。きっと二人とも水薬の効果を知り、元気に登校できることだろう。




