愛妻の日SS
溝内夫婦の場合
昔からこの日は絶対に有給を採ると決めている公務員がいる。
「というわけで、明日家の用事で休むから」
唐突にそれだけ言って帰る。
昨年度に配属されたばかりの面々は慌てふためくことになる。
何せ本日一月三十一日は「愛妻の日」。昨年末に貰ったボーナスをここぞとばかりにつぎ込む。妻が欲しがっていた新しい圧力なべに、掃除機。これは一緒に買いに行くことにしている。違うものを買ってしまっても仕方ない。
確か昨年は寸胴鍋だったなぁ、と男は遠い目をした。そしてその寸胴鍋は、手元にない。もう一人の可愛い娘とでも言える美玖のところにある。人が集まった時に、シチューやカレーを作るためである。
あの保養所に置いておく分には一向に差し支えないが、出来れば妻に使って欲しいと思うのだが。
「この圧力鍋は……」
「美玖ちゃんが欲しがってたのよ」
やっぱり。妻に要らないのかと聞けば、欲しいが優先順位として美玖だという。
「じゃあ、美玖ちゃんの分は誕生日に買おうよ。今日は君の分」
怪訝そうな顔をする妻に、男はため息が出た。毎年のことだが、今日は何の日か覚えていないらしい。
「今日は愛妻の日だからね。君に贈るものだけにしたい」
「……そういうことなら」
だったら容量が少し少な目のがいい。その妻の言葉を受けて、一つ小さい圧力なべを取った。
「こっち?」
「いいの? 有名どころで高いのよ?」
「君が使いやすいやつを贈りたいって毎回言ってるだろう? そのために貯蓄してるんだから」
「……あっそ」
毎度のことながら呆れる妻に苦笑しつつ、次は掃除機売り場へと向かった。
ちなみに、掃除機はそろそろご臨終なのではという音をたてている。それを下取りに出しつつ、新しいのを購入だ。このあたり「抜け目ない」と言われるが、男が結婚してから学んだことでもあるのだ。
買い物が終わればまっすぐに帰ってくる。家でゆっくりしたいという妻のたっての頼みだった。
料理が苦手な男は台所にだけは近づかない。その代りに、洗濯や掃除は手伝う。それを同僚に言ったらいつだったか驚かれた。そして、それが当たり前だと思っている息子は、男の上を行き、料理まで出来るようになっていた。
負けた。そう思い、料理教室に通ったものの、出来上がるのはやたら固い物体だけ。文明の利器のおかげでご飯は炊けるが、他は出来ない。包丁を持ったら娘に「どっかに銀行強盗に行くのか、人を刺しに行くのかと思った」と言われ、かなりショックを受けた。れっきとした警視という肩書を持つ警察官である。
「ちょっと出かけてくる。晩御飯は俺が買ってくるから、何がいい?」
「私は圧力なべを試したいので、晩御飯を作る。というわけで買ってくるな」
せっかく楽をさせたかったのに、と男はしょげる。子供たちに「うざい」と言われるが、それはそれ、これはこれである。
「うん。じゃあケーキをいつもの店で買ってくるよ」
「あ、花は要らないからね!!」
……ということは今回購入できるのはケーキだけである。予約してあるので「要らない」と言われたら、どうしようかと思っていたのは内緒である。
ケーキだけでは心許ないが、妻から「アクセサリーや服は欲しかったら自分で買う。もしくは欲しいときに言うから勝手に買ってくるな」と厳命されたのは十年以上前。それは未だもって有効なのだ。そして今回花も却下された。……男の貧相な頭ではここまでしか思いつかない。
『……親父。電話あったから何事かと思ったが、それかよ』
電話越しで息子に呆れられた。
「いやさ、他に愚痴を言えるの、居ないんだぞ」
『分かるけどよ。女性陣曰く、一緒に買い物行って欲しい家電買ってくれるだけで充分だとよ』
「そこに誰かいるのか?」
『あのな、俺今学校にいるんだけど。だとしたら女性がいて当たり前だと思わないわけ?』
「お前は有休をとっていないのか!?」
『取れるんだったら取っとるわ!! 今受験期で取れるわけがないだろうが!!』
「あ、すまん」
『ってなわけで、ケーキだけ買って帰ろ』
「お前も扱いがぞんざいになった」
『うるせぇ! 今年俺が学年主任やってる学年、受験生だ!』
そこでブチっと電話を切られた。
しょんぼりしたまま帰宅すれば、娘が帰っていた。
「親父、鬱陶しい」
「お前も酷い」
「兄貴からメール来てたから大体内容は分かっているぞ。で、今回はケーキしか買っていないのか?」
「当り前だ! ……他に思いつかない」
「あのさぁ、親父が言ったと思ったんだけどなぁ。『自己満足よりも喜ばれるもの』って。だとしたら、今回の贈り物、一番よかったってことじゃん」
玄関先で娘とそんな話をする羽目になった。
「お母さんがさ、嬉々として親父が大好きなメニュー作ってたぞ」
「え!?」
「だから圧力なべ欲しかったんだってさ。ってなわけで、今日は牛タンのシチューじゃ」
嬉しそうに娘が宣言した。正月早々でかい牛タンを買った記憶がある。何に使うかと思っていたら。
ダイニングテーブルの上に並んでいたのは、牛タンシチューに、去年のクリスマスに買ったホームベーカリーで作ったフランスパン、そしてサラダ。
ここに男が買ってきたケーキが並べば、完成のようである。
「親父、酒買ってこなかったの?」
「母さんが飲まないのに買うわけないだろうが」
「清々しいまでの台詞だよ。あたしは飲むってのに」
「少し早いけどご飯にしましょう」
妻の一言で、椅子に座る。
贈り物はいつもより少なかったが、それは温かい記念日となった。
良平と晴香の両親、名前を考えたかどうか忘れた(ヲイ)ので、一切書かず。
昨年の愛妻の日は寸胴鍋に、イオンドライヤー、某有名店での食事に、花束、そして今年と同じくケーキでした(多すぎるww)。いや、こんだけ贈られても困るわなwww
というか、圧力なべだけでもすごいと思うのだが...( = =) トオイメ




