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7 新居

夢を見た。


母国で本に読みふけるだけの生活。


他の楽しみというのは特にはなく、本を読むことだけが自分自身にとって、最なる楽しみとなっていた。


******


「あ、有馬くん。やっと起きた」


「……おはよ」


「うん。それにしても、珍しいね。有馬くんが、私よりも遅いなんてさ」


告げられたことで、ふと部屋に掛けられた時計を見ると既に9時を回っていた。


城の人たちが起き始める時間である。

そう思った丁度その時、フローラさんが部屋に入ってきた。


『アリマーさま、サワノさま。おはようございます』


『おはよ、フローラさん』


『お二方はいつもお早いですね。……ところで、お身体の方は……?』


フローラの言葉で気づき、俺はミミィとの戯れでボロボロになった身体を動かしてみた。


『……はい。大丈夫です。すっかり良くなりました』


『良かったです。私の国の薬、ちゃんと効いてくれたみたいで』


まあ大きさ的に違うけど、多分同じ人間だろうから、そこらへんは大丈夫だったのだろう。


『あと、お見舞い品としてこれを渡せと命じられました』


そういうとフローラは、綺麗に賽の目切りにされたリンゴ……のような果実を机に置いた。

もちろんそれでも俺たちにとっては、普通のリンゴの大きさになったようなものだが、身の丈ほどあるリンゴを虫のように食べるよりは充分に良いだろう。


『……ところで誰から?』


『王女陛下からです』


「ええっ!?」


声を上げたのは沢野さんだった。


『ああ見えても、王女陛下は心配しておられましたからね。それにあの方は無駄に器用でいらっしゃいますから』


俺はこの前の夕食を思い出した。


『王女陛下、おっしゃっていました。「遠くの方から、この様な身の丈が違うような場所へ放浪することになり苦しい思いをしているのだろう。王女としては、なるべくしんどい思いはさせたくない」と』


信じられない言葉の羅列に、俺と沢野さんは硬直した。


『……そんな意外ですか?』


『いや……あまり良くしてもらったことなかったし』


そういうとフローラはくすりと笑った。


『王女陛下は相手に尽くして、見返りを求むようなことは好みませんからね』


それはそれで王女として成り立つのは難しいと思うけど……。

まあ、そこは幼い彼女なりの方針なのだろう。


そんなことを思っていると、突然フローラとは別のメイドが部屋に入ってきた。


『失礼します、アリマーさま』


『何事ですか?』


フローラはメイドに尋ねると、気を引き締めたように眉を吊り上げた。

やはりフローラは城内でも上位の存在らしい。


『そのですね……王女陛下の命令で、アリマー様とサワノ様に専属のメイドを付けることになりまして……では入ってください』


『は、はいっ!』


聞き覚えのある声が上がると、久々におぼつかない足取りの彼女の姿を見た。


『え、えっとその……お二人のお世話をさせていただくムダルリッチです! こ、今後ともご贔屓にっ!』


以前と変わらない彼女の姿。


あえて言うならば、庶民服でなくメイド服というのが新鮮に見えることくらいだろうか。


******


『ではムダルリッチ。あとはお二方をお任せいたします』


『は、はいっ!』


そう言ってフローラとメイドが部屋を出た途端、ムダルリッチはへなへなと緊張を解いた。


『うぅ……やっと会えたぁ……アリマー……サワノォ……』


ふと見上げると、彼女は涙目で両手を握りしめていた。


『それにしても、ムダルリッチ本当に城で働くことになったんだ』


『うん。両親も何を勘違いしてか知らないけど喜んでたよ』


まあ、城で働きたいっていうのはかなりのことだからなぁ。


『アリマー、サワノ、何もされてなかった? 死にかけたことはなかった?』


え、えっと……これは言わないほうがいいかな?


『う、うん。大丈夫だったよ』


『そっか……怪我してなくて良かった……』


ムダルリッチは本当に心配していたらしく、その場で声をひきつかせて大粒の涙をこぼし始めた。


『な、泣かないでよ』


「あー、泣かしたー」


「ええ、俺のせいなの?」


*****


ムダルリッチが落ち着きを取り戻すと、思い出したかのように掃除に取り掛かった。


本人曰く『掃除したら働いてるように見えるから』らしいが、メイドとしてはそれは『働いてる』の範疇になると思う。


「しかし、こうして会うと五日間って長かったんだね」


「そうだね。 なんか久々に顔見た気がする。 若干大人びたかも」


『え? なんの話?』


『なんでもないよ』


ムダルリッチは首を傾げると改めて窓枠の掃除に取り掛かった。


ふむ、なんだか申し訳なくなってくる。


しかし、動ける範囲が机だけだと普段は暇になる。

そう考えれば、王女陛下やミミィちゃんと戯れるのは暇つぶしになっていたのかもしれない……体も潰すけど。


「えほっえほっ!」


「ん?」


ふと、気がつくと沢野さんが噎せていた。

見ると掃除の埃がここまで届いている。


『大丈夫!? ああああごめん! 埃落ちちゃうんだ……』


『気にしないで……えほっえほっ!』


『でも、そうか。 ……なにか埃除けになるものがあればいいんだけど』


埃除けとは。 想像つかないな。


『そうだ! あれ買ってこよう!』


すると、ムダルリッチは急いで部屋を飛び出していった。


*****


『どうじゃ、ちゃんと働いておるか……っておらんではないか!?』


『わ、王女陛下』


『わとはなんじゃ。 ……まあよい、あの新入りメイドはどこ行った?』


『……さあ? どこかへ買い物に出かけたらしいですけど』


そういうと同時に扉が開いた。


『ひい、ただいま……王女陛下!? い、いいいいいいかががががががなさいましたああああっ!?』


『む、それはなんじゃ』


『こ、これですか!? ……そ、その王女陛下に見せるようなものでは』


王女の鋭い眼差しが突き刺さる。


『っ……。 その……ドールハウスです……』


『ドールハウス』


『はい、ドールハウスです』


白いビニール袋から取り出したのは、「赤い屋根の小さなお家」とこの国の言葉で書かれた箱だった。


『……貴様の趣味にどうこう言うつもりはないが……突然発作的に買いに行くほどなのはどうかと思う』


『えっ?……あ、ち、違います! 私の趣味ではないです! その……ア、アリマーたちの』


『此奴男なのに人形趣味か』


失礼な。


『そ、そうではなくて! その、掃除をすると埃で二人が噎せてしまうので……それに広い空間だと落ち着かないでしょうし。 彼らにとっては室内も屋内も大差ないでしょうし……それなら拠点を……と』


『ふむ、そうか。 なら、それは妾が組み立てる』


『お、王女陛下が!?』


『うるさい。 つべこべ言わずに掃除の続きでもすればよい』


そう言うと、王女は箱を持つと俺たちをポケットに突っ込み、部屋から出て行った。


*****


来たのは王女の個室。つまりは王室である。


「なんか偉いところきちゃったんだけど」


「……そうだね」


『ふむ、部品は意外にも少ないの。 もう少し手応えがあっても良さげなのだがな』


王女は薄ダンボールの箱を立て掛けてある剣で切り上げると、ざっと部品を全部出した。


「うわ土砂崩れみたいな音だな」


「うるさぁ……」


『なるほど。 これがこうでここが……ふむ、なかなかのものじゃな。 この店には褒美を与えなければ……』


なんかブツブツ言いながらだが、それでも王女の手により一つの小屋が作られる。


『よし出来たぞ。 ……ふむ、妾も王女でなければ建築士になれたかもしれんな』


ドールハウスの組み立てでそんなことを言う人初めて見た。


『ほれ、どうだ』


王女に促され、ドールハウスに足を踏み入れる。 プラスチック製の家は音漏れ遮熱性共に最悪。


扉以外の窓はもちろん引き出しさえも全て開かないし、照明もないため部屋を閉じると真っ暗になるだろう。


キッチンやバスルームなども作り込まれているが無論機能しない。するはずがない。


とはいえ、自分たちにとってはサイズがほぼぴったりであった。 空間の狭さも今までで一番落ち着く。


『どうだ、貴様らの新居は』


『プラスチック製だし家具も設備も何も機能しないし、最悪な建築物ですが……今までで最も落ち着く家です』


『ふむ、妾の建築を侮辱するか』


『なんでそうなる!?』


*****


部屋を出てから一時間後、俺たちは部屋に戻り机の上に新居をゴトンと置いてもらった。


『へえ王女陛下器用なんですね』


自慢気になる王女を尻目に、とりあえず荷物とベッドを運び込む。一応ベッドは付属しているがすごく硬いく、身体中ゴリゴリになってしまいそうだ。


「荷物はどこに置いておく?」


「寝室でいいでしょ。 ってか階段強いな」


「手摺ないもんね。床も滑るし気をつけないと……」


ふと横を見ると、王女とムダルリッチがなんともいえぬ顔でこちらを見ていた。


『……どうしたの?』


『え? あ、いや……こうしてみると人形が自分たちで頑張ってみたいで可愛いなと思って』


『ふむ、フローラにまた新たなドールハウスを頼むか』


こっちはこっちで精一杯なんだけど……。


まあいいや。

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