4 条件
「……」
『どうしたの?』
『……いや、やっぱり不安なんだよ』
だいぶこの生活に慣れてきたとは言っても、ブロブディンナグに住んでいる人たち全員に心許せるようになったわけでは無い。
それに、慣れてきた生活だって考えてみれば監禁と大差ないわけで……。
『俺と沢野もムダルリッチに助けられてなかったら、考えられないような酷い扱いをされていたかもしれない……。だから他のブロブディンナグの人と会うのは……』
俺がいい終わらないうちに、扉が開かれた。
『アリマー。私はもし王女様が酷いことをしようとしたら、身分関係なく護るから安心してね』
ふと見ると沢野も笑顔で目配せを送ってくれている。
……やっぱり俺は情けないな。
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箱が閉じられ、外の様子は分からないが突然空気が引き締まった気がしたのは王宮だからというのもあるかもしれない。
厳正な音楽が流れているわけでも、ピアノの音が聞こえるでもなく静かだ。
そのためか箱の中は俺と沢野の呼吸音、そしてムダルリッチの心拍音しか聞こえない。
『……陛下、グリルドリグの同型のと思われる者を保護致しましたので、参上しました』
ムダルリッチの声がする。今や面前には王女がいるのだろう。
『……構わん、面を上げよ』
これは王女の声か。声だけでは想像が難しいが、ムダルリッチよりは年上の感じがする。
『……して、件の物は』
『はっ、こちらの縁箱におります』
『理解した。では箱の者は妾が承ろう』
『なっ……!?』
この言葉には俺も混乱した。
『お、お待ちください陛下!! 二人はもはや私とは家族同然の付き合いでございます! して、離別させるのはあまりではござりませんでしょうか!?』
普通なら口を慎めなどと男の声が響きそうだが、どうやらこの場には2人しか居ないようだ。 それほどに治安が良いのだろう。
『……しかし、これも決まりなのだ。 ……どうしても離れたくないというのなら方法はある』
『……なんでございましょう』
『簡単なことだ。汝が王宮で労働を行い、箱の者の世話係として立場を手に入れる……今決めよ』
『そんなっ! 私には親もいますし、独断では……』
『お待ちくださいっ!』
突然の乱入者に王女も口を止めた。
『誰じゃ』
『ア、アリマー……』
『アリマー……? ……ほう』
すると突然箱が揺れたと思うと、蓋が外され俺と沢野が王女と対面を果たした。
「ちょ、ちょっと有馬君! 何してるのさ!?」
『面白い、個の言葉も持っておるのか。……さて物申したのは男の方であるな』
そういうと王女は俺の体を……細かく言えば俺の服を薄手の手袋の着けた指で摘み上げる。
そのため、俺は親に運ばれる子ライオンのような格好になった。
……王女は想像よりも遥かに幼かった。声から察するにはムダルリッチよりも年上と思ったがむしろ小学生のごとく年下の容姿をしている。
しかし、俺と比べても比較にならないほどデカい。 ムダルリッチよりはやはり年齢的に小さいが、多分この状態で口に放り込まれてしまえば、為す術もなく丸呑みされる……そのくらいの大きさである。
『アリマー! へ、陛下! 乱暴はよしてください!』
『そんな野蛮な真似はせんよ……お主、アリマーと申したな』
『……はい』
『面白い、この国の言語も理解したのか』
首がしまって思うように声が出ないが王女には聞こえたようだ。
『……して、妾に物申したいようであるが何用だ?』
目を細めてこちらを見る、微笑ましい目ではなく獲物を見るような目である。
『……5日。5日の猶予を彼女に与えていただけないでしょうか!? その間自分たちは王女の下で生活を行います!』
『なるほど……5日か』
『自分の係ですし、この程度ならば許してはいただけないでしょうか?』
ガリバー自身もこうして世話係の決断権を得たらしい。
『……よかろう。 しかし、条件がある』
『……何でしょう』
そろそろ首が苦しくなってきた。早く頷こう。
『妾の言うことはなんでもしろ』
『分かりました』
……あ。
『……ふふ、『なんでも』じゃからな覚えておけよ』
俺はその言葉を聞くと酸欠とショックで気絶した。
*******
俺が目を覚ますと見知らぬ天井と何時もの箱の中で寝かされていた。
「有馬君っ!有馬君っ!起きて、起きてよう!」
そして、沢野が泣いていた。
「痛た……」
「有馬君! うわぁぁぁぁん!!」
突然、沢野に抱きしめられた。
異性関係など今までにない俺は突然のことで動揺してしまう。
しばらくすると落ち着いた様子になったので改めてわけを聞く。
「有馬君が王女に捕まって、とんでも承諾をした直後、首がこてんと倒れたから死んだかと思ったの」
なるほど、想像しやすいな。
「じゃあムダルリッチは?」
「混乱してたけど、心配しながら王宮を出て行ったよ。両親に話をしてくるらしい」
「……ここは?」
「多分王女の個室……うわわっ!?」
また箱が揺れた。箱の側面に少し強く体をぶつけてしまったが、床に布のような物が引いてあったおかげで痣にならずに済んだ。
『ふむ、目が覚めたか』
『……はい、お陰様で』
腰をさすりながら俺は立ち上がる。改めてムダルリッチの器用さを尊敬する。
『さて、この国についてはどの程度知っている?」
『文化と……言語、そして政治のシステムぐらいです』
『……なるほど、では妾の名は知らぬのじゃな』
『……すいません』
すると王女はイタズラみたいは笑みを浮かべてくすりと笑った。
『構わん……お主はアリマーと申したな。では女の方はなんと申す?』
『さ、沢野です』
『サワノ。なるほど、では改めて名を申そう。妾はルルア・フルミーシェ。ブロブディンナグを統ずる王女である』
ルルア……彼女はそういう名らしい。
『挨拶はこの程度で構わんだろう』
すると、俺と沢野は王女に摘ままれて箱の外に出された。
『……え?』
『言ったであろう? 汝が承諾したじゃ。妾の好きなようにさせてもらうぞ』
俺は王女のあどけない笑みをみて恐怖を感じた。