聞きたくないもの1
演習の日はすぐに訪れた。
この3日間、ルネの言葉通りにセーアにコンビを解消する事を告げなくてはいけないと考えていた。
ルネが自分に言ったことはもっともな言葉で、否定のしようがない。
けれど、告げなくてはいけないと思うと上手く行動ができない日ばかりだった。 セーアと会いそうになると意識的に隠れてしまう癖さえもついてしまったのだ。
ジュニと組むことを既に話してあるイリーナは、そんな様子に何度かフミに落ち着くようにアドバイスをくれるが、そうそう上手くいかないものだった。
村のはずれにある裏門から歩いて十数分の森の中に夜明け前にも関わらす次々と人が集まる。
いつも着ているジャケットやスカートは全く必要ない演習の日、破れてしまっても惜しくないシャツとパンツを華奢な体に着込み、肩のところでそろえた黒髪はひとつに結んでフミは落ち着きなく立っていた。
腰には普段の格好では絶対似合わないだろう使い込んだナイフをいくつか掛けている。
そしてフミには必ず必要な水と少量の火薬と。
ここにイリーナが来る事はない。
彼女はボウガンの名手だったが、能力者ではないのだから。
今回行なわれる演習は村の若者の中で特に能力で戦闘系の強いもの達の育成が目的で行なわれるものだった。
相手は、村の戦術の玄人たち。
いくら訓練であってもみんなが本気で掛からないとこの大人たちにかなうことはないだろう。
人の気配を感じて目線を上げるとジュニが立っていた。
「おはよう」
落ち着いた声でジュニは言うと微笑んだ。
「昨日、ルネさんからコンビを組むことに許可貰ったよ」
「ルネが?」
「うん。フミが話しておいてくれたんだろう?」
ジュニが不思議そうな顔で聞いた。
「そうだね、私が話した」
「ありがとう。ルネさんがセーアには自分から話しておくって言ってたよ」
そのままの続けられた言葉に頷きながらフミは内心穏やかではなかった。
ルネはフミが言い出せていないことに気付いていたのだ。
だから先回りしてセーアに告げてくれた。
本当は自分が言わなくてはいけなかったのに。
後悔が押し寄せてきて襟元を強く掴み引き寄せる。
「どうかした?」
「ううん、平気」
手のひらを意識しながら放す。
「フミ、これが終わったらさ、一緒に朝飯食べに行かない?」
「そうだ…ね…」
彼を見ようとして、ジュニの肩越しに目が合ってしまった。急に顔色を変えたフミに気付いてジュニは振り返る。
「なんだ、セーアか。おはよう」
何も知らないジュニはいつものように挨拶するけど、セーアは無言で歩いてくる。
狭い森の木々の間に人が集まっているため数人に道を譲ってもらいながらもセーアは真っ直ぐに来た。
「セーア、今日は俺がフミと組むからよろしく」
ジュニがフミの肩に手を置きながら笑顔で告げる。
「…本気?」
セーアはフミの腕を自分の方に引き寄せながら言った。
自然肩からジュニの手は離れる。そのことでジュニが顔をしかめたがセーアは無視してフミを見つめる。
「うん」
セーアは眉を寄せる。
「おーい、全員揃ったかぁ?」
ちょうどそのときルネの声が聞こえて、皆そちらに集まる。
「今回は全員で17人集めてある。単独が3人いるからそれ以外でコンビ組んでもらう。これについては昨日まで周知したとおりだ」
一度言葉を切り、見間違いかもしれないがルネはフミを見た気がした。
「…森のA、Bブロックに10名の大人が居る。彼らに皿を渡してあるから夜明けまでに全て回収して村へ戻ってくる事。まぁ、殺されはしないだろうからできるだろう?」
さらりと言われた非情な言葉に皆沈黙を作る。隣でぼそりとジュニが『ひでぇ』と呟いたのは聞こえたが。
「僕は監視だから村に戻っておく。じゃあね」
こういう訓練の時のルネは普段の仕事部屋にいるときの数倍恐ろしい。そして、口調が全くいつもの穏やかな時と変わらないのだ。
ルネの姿を見送った後、いったん集まりセーアが割り振りをしていく。
「俺が皿を取った奴の声聞いていくから、奪ったら一度俺を呼んでくれ。Bブロックはシオンも行けよ。あとは、いつもの通り。Aにはジュリアン、ソレア、ブルーのペアとタイチ単独な」
「分かった」
コエキキであるセーアが言うとこの流れに慣れている皆は頷く。少し前であればここにアップルがいて効率がよかったが今は我が儘はいえない。
「今日はコンビ違うのか?」
後ろから声が聞こえてセーアが頷く。
「ちょっと趣向を変えてみるんだとさ」
「了解」
少しの話し合いの後にそれぞれ割り振られた場所へと消えていく。その中でセーアが自分を一瞥もすることなく森に入るのを見送った。
「フミ行こう」
ジュニに言われてフミは走り出した。
短い沈黙の後、セーアはフミの元を離れた。
フミは自分が選んだことだというのに離れていくセーアに泣きそうになる。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
コエキキ:遠くの音が聞こえる能力