隠したいもの3
ルネの部屋をでて二階廊下を歩いていたフミは階段の前に立つ人影を見つけて立ちすくんだ。
ちょうど夕暮れの時間帯、まだ廊下にあるランプへ誰も灯りを入れてはいない。
薄暗い、けれど目の前にいるのが誰かを知っていた。
「よう」
ちょっと不機嫌に聞こえる声で影は昨日と同じことを言った。
壁に背を預けていた彼はそっと体勢を変えて自分に近づいてきた。
「フミ」
彼が目の前に立ち、綺麗な深緋の瞳が自分を捉えているのを感じて体を強張らせた。
「フミ?」
その声音はやわらいで自分を労わるものであるのに、フミは首を振った。
まだ、心の準備が出来ていない。
先ほどルネに言われたばかりで、自分で彼に演習の事を告げるなんて怖くてできなかった。
彼を怒らせてしまうことが怖かった。
「どうしたんだ?」
セーアはフミを覗き込むように聞いた。
これ以上何も答えないと彼は自分を不審に思うだろう。なんとか言葉を紡いだ。
「なんでもない。仕事は終わったの?」
「まぁね、雑務こなすのに慣れてきたし」
この前からセーアは実家を離れて館の一部屋を借りてルネや館の仕事を手伝っていた。
「昨日は、イリーナと何してたの?」
セーアが少しだけ整った眉を上げて笑う。
「知りたい?」
「うん」
ひとつ下なのにセーアはたまに自分よりもとっても大人びた顔をする。
そんな顔をしてしばらく自分を見ていた彼は口を開く。
「秘密だな。でも……フミが俺に今言おうと考えてる事、教えてくれたら俺も言うよ」
全てを見透かされたような冷静な言葉にフミは崩しかけた緊張がまたやってくるのを感じた。
「何も…ない…」
「俺に、言ってくれないの?」
悲しそうに微笑んだセーアに、フミは言葉を失った。
口を噤むフミにセーアはさらに近づいて両肩を掴む。
ゆっくり力が込められてフミはセーアの手のひらを掴む。
唐突に重い空気は破られた。
「あれ? フミとセーアじゃん」
頭上から聞こえた声に目を向けると階段の踊り場にシオンが立っていた。
セーアはさっと手を離して何気ない素振りでシオンに声を掛ける。
「お前、アップルといなくてもいいの?」
「平気。今起きたところだからね、つわりも治まってきたみたいで果物食べれそうだから買ってきてやろうと思って」
「もう大分いいんだな」
「そうなんだよ」
嬉しそうに言ったシオンはフミに目を向けると微笑んだ。
「今度、アップルと遊んでやって。フミの事、アップルは好きだから話相手して欲しいな」
階段を降りながら告げるとそのまま、じゃあねっと言い残しそのまま一階に消えていった。
「本当に仲良しだなぁシオンとアップル」
ちょっと呆れたようにセーアが呟く。
「うん…」
ぎこちなく頷くフミにセーアが口を開こうとするが、遮るように声をだした。
「あの、わたし、帰るね!」
そっとセーアの元を離れる早足でフミは階段を駆け下りた。追いかけて引きとめようとするセーアの手をすり抜ける。
「ちょっ、フミ! まだ話し終わってないだろ!」
後ろからセーアの声が聞こえたがフミは振り切って館の出口を目指した。
セーアを戸惑わせてしまうのは分かるけれど、この時は一刻も早くそこから逃げ出したかったのだ。
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