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君の声  作者: swan
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隠したいもの 1


 清々しい朝。


 村人たちは皆それぞれの工房で仕事を始めていた。工房の上に住んでいる家族もいるので子供の声も聞こえる。

 その中でフミは浮かない顔でアトリエの前に立っていた。

 昨夜の光景を思い出してしまい扉を開けるのを躊躇っていた。


「おはよ、どうしたの? ぼーっとしちゃって」


 後ろから声を掛けられて振り返るとイリーナがいつもと変わらない顔で立っていた。


「ほら入って」


 背中を押されてアトリエに踏み入れる。

 さっさと自身の荷物を置くとイリーナはにこにこしながらテーブルの上に沢山のものを置き始めた。


 フミもそれを手伝う。

 体が覚えている事をただこなすならばフミは何も考えずに出来るのだから。


 しかし、イリーナは等間隔に色んなものを綺麗に並べながら言った。


「フミ、言いたい事があるならちゃんと口に出したほうがいいよ」


 特に怒っているわけでもない口ぶりだったがフミは弾かれたよう顔をあげた。


「気になる事があるんでしょう? あんた私と何年いると思ってるの?」

「……」


 言葉に詰まったフミは頬が熱くなるのを感じた。


 きっと昨日の狼狽を彼女は見抜いたに違いない。

 イリーナと自分は生まれた時から一緒の幼馴染だ。


 沢山の事を素直に伝えてきた。

 そして、セーアもその中に入る。3人がいつも一緒に居たのだ。いろんなことを彼女らと共有してきた。

 けれど、この思いだけはずっと隠してきた。


 隠さなければいけないことが多すぎる想いだから。


「フミ、最近セーアと仲よくないの?」


 鋭い言葉にフミは無言で首を振った。


「そういうわけじゃないけど…まさかいきなりこのアトリエに姿を現すとは思ってなかったから」


 素直に告げる。


 居心地の悪さに手にした布を見つめてしまう。

 くすっと、イリーナの笑いが聞こえて顔を上げる。そこにあるのはイリーナの悪戯を成功させたような笑顔。


「私がセーアと付き合ってるとでも思ったの?」


 顔に出てしまったのだろう、イリーナが顔を近づけてくる。


「付き合ってないからね。私、いくらあの綺麗な顔立ちで格好よくても“あの”セーアと恋人になるなんてごめんだわ」

「本当? でも、イリーナとならとってもお似合いだよ」


 思わず重ねて聞いた。


 そう、とってもふたりは合っているのだ。

 明るく快活なイリーナならきっとセーアと一緒にいるところを見ても皆、恋人と認めるだろう。


 自分にそのことを止める権利なんてこれっぽっちもない。


「疑い深いなぁ。本当だから」


 にっこりと屈託無く言い切った。


「ほら、そんな浮かない顔しないで今日の仕事頑張っちゃおう! 気分を変えなさい。仕事なんだからね!」


 イリーナに叱咤されてフミは頷いた。


 他の工房にないものを作りたかった二人は色んな事を試していた。


 銀細工の食器やランプ装飾はとっくに他のものが行なっている。

 今、二人が試しているのが、普段みんなが履く革張りの靴に金細工を施してみる事だった。この企画に靴屋を最近ついだばかりの友人などが協力してくれているのだ。


 イリーナが並べているのは旅靴だった。

 まずはこの靴を売ることになる行商の彼らに履いてもらう事にしたのだ。人が実際に使っているものを見るほうが商品は良く売れる。

 行商人のオーランから既に希望のデザインは聞いている。後は彼女好みのものを作り上げるだけ。


 フミは銀細工の装飾を行なう事に長けているので今回も細かい部分を担当する。イリーナは一緒にアトリエを使っているが、革の加工職人なのだ。靴になる前の革に対して彼女が既にいくつか加工を施している。

 私情は抜きにしてフミはテーブルに並べられたブーツを図案帳片手に真剣に眺め始めた。






 こんな事ではいけない。


 そう思うのにフミの思考はついついセーアとイリーナが一緒に居た事を考えてしまう。

 集中して仕事をした後のぼんやりとした頭なら尚更だ。


 アトリエから広場の方へゆっくりと歩く。

 あんまりにもぼんやりしていて自分が声を掛けられている事に気付かなかった。


「なぁ、フミ? 聞いてる?」


 急に怪訝そうな表情が目に飛び込んできてフミはびくりと一歩下がる。

 目の前に立っていたのは金物屋の息子ジュニだった。


 彼はフミの1つ年上、性格は温厚でイリーナが超カッコイイと絶賛する村の女の子の注目の的だった。

 因みにイリーナとしては顔だけならセーアと同格らしい。

 フミも能力者としての集まりや通っていた学校では彼とはかなり親しい仲だった。


「ごめんっ! …聞いてなかった。何?」


 切れ長の目を細めて、ちょっと呆れた顔でジュニはもう一度言ってくれた。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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