見たくないもの
日が暮れた村の通りは薄暗かった。
暗くなり始めると広場と主要な通りには銀細工で作られた街灯に火を入れる。
ほんのり頭上を照らす炎にフミは目を細めた。
この村の産業のひとつでもある銀細工、昔から手先が器用な職人肌の能力者が多かった事から代々受け継がれてきた技術、それはこの国のなかでもトップクラスのものだった。
しかし、それは国内に出回ることはない。
ほとんどが村の行商担当の者が森を越えて国を渡り輸出をしているのだ。
村の存在は表に出さず銀細工を売り村に必要な物資を持ち帰る。
いくら食料などほとんどを自給自足に頼っても限界と言うものはあるのだ。
彼らには感謝してもしたりない。そうやって村はお互いに支えあいながら生きていた。
フミは村の職人の工房が軒を連ねる通りを歩いていた。
彼女もこの中にアトリエを持ってる。
ほんの1年前まで師匠について技術を学びやっと一人前と認められたことで友人のイリーナとアトリエをかまえる事ができたのである。
通りの端にあった古い家を改装してアトリエに変えて使っている。
今日はアトリエに明日から使う図案帳を忘れてきていた。今夜は最終的なものを決める作業を自宅でするつもりなのだ。
アトリエに近づいて初めて窓から漏れる灯りに気付いた。
今日イリーナは残業しないと聞いていたが、気が変わったのだろうか?
引き戸になっている扉を開けながら考えていたフミは目の前に飛び込んできた光景に動きを止めた。
凍りついたフミに物音で振り返った男は驚愕の表情を浮かべる。
見慣れた金の髪に深緋の瞳。
気まずそうにフミに手を上げた。
「よう」
フミはすぐに動揺を隠して微笑んだ。
どうして彼がここにいるか理解できずに彼の隣りに居たイリーナに目を向ける。二人アトリエの中央にあるテーブルで何かしていたようだった。
「今日は館に行ってそのまま帰るんじゃなかったの?」
イリーナはいつも通りの顔でそう言った。
「そのつもりだったけど、忘れ物しちゃって」
「そうなんだ」
フミは自身の机にある棚から図案帳を引き出してバッグに入れた。
酷く自分がぎこちない心の動きをしているのがわかる。それでもきっと端から見たら動作はきっといつも通りだ。
「どうして、セーアがいるの?」
聞かないほうが絶対いいと分かっているのにフミは聞かずにはいられなかった。
「どうしてって、イリーナに用事があったんだよ」
イリーナもまあね、と肩をすくめる。
「そうなんだ。……ごゆっくり」
短く応えるとフミはアトリエを飛び出すようにして出た。
訳もなく早足で家に向かう。
思ってもみなかった所に彼が居て、フミは心を乱されるのを感じた。
いや、違うだろう。
こんなに自分が動揺しているのはセーアが誰か自分以外の女性と居るところを見てしまったからだ。
隣に居るのが自分ではない、それは恋人でもないのだから当たり前のことだ。
彼の周りには今までも何人もの恋人がいるのを見てきた。
そのたびに感じる心の重たさ、これから彼がフミのアトリエに『イリーナ』に会いに来るならば自分は耐えられるだろうか。そこまで考えてフミは足を止めた。
「嫌だ。なんで…こんな思い…」
フミは呟いて立っていられずにしゃがみこんだ。
知らずフミは右手の甲を強く強く握り締めていた。
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