温かいもの2
二人と階段を上りルネの家族が住んでいる部屋を訪れた。
キフィの言葉通りにルネは何かの資料を手にソファに腰掛けていた。
「フミ、悪かったねわざわざ来てもらって」
フミに気付いたルネが自分の隣りを子供達に譲りながら言った。
ルネは特にフミに気を使った様子は無く身内だけに見せる気の緩んだ様子だ。
幼い頃から一緒にいる従妹には村人たちに向ける管理者としての信用は必要ないのだ。
「ううん、二人に会うついでだったし」
フミの言葉にオリビアは嬉しそうに笑った。
キフィも彼女の笑顔につられて笑みを広げる。
彼は本当に妹が可愛いのだ。微笑ましい。
「仕事の話?」
後ろから声をかけられて振り返るとルネの妻のメリッサがキッチンから顔を出していた。
「ううん、違うよ。ルネに仕事を依頼されてたの」
それまで肩に掛けていたバッグにフミは手を入れた。
「ほら、これ」
にっこりしながら布に包まれたものを差し出す。
差し出した先は依頼者のルネではなくメリッサ。きょとんとした後メリッサは布包みを受け取った。
「何が入ってるの?」
オリビアがメリッサの手元を覗き込んだ。
開けようと布に手を掛けたメリッサが手を止めてルネをうかがった。少し戸惑っているようだった。
「どうぞ開けてみて」
ルネが嬉しそうに微笑んだ。
彼に促されてそっと布を開いていくと、鮮やかなカナリア色の革紐が出てきた。
その端には銀細工で出来た鳥が見える。
鳥は丸い円の蔦の飾りの中に小さな花を嘴にくわえて止まっていた。
「これ…」
「可愛い!」
オリビアがその全体像をみて声をあげる。
「どう?」
驚いているメリッサにルネはそっと近づきネックレスを彼女の手から受け取る。そのまま後ろに回ると首元に掛ける。
自分の首元に降りてきた鳥の飾りを手にとってメリッサは頬を緩める。
「ありがとう。覚えてくれていたのね」
「君との約束だから」
二人にしか分からない会話。
けれど、それはとっても大切な言葉のようだった。
だからこそ、二人の子供は嬉しそうに両親を見上げているのだろう。
「これ、フミが作ったのよね?」
メリッサが子供達にも見せながら訊ねた。
「そうよ。紐の部分は加工をアトリエでイリーナに手伝ってもらったけど、銀細工は私。気に入ってくれる?」
「もちろん。こんなに綺麗で可愛い細工が出来るのはやっぱりフミの才能よね、大切にするわ」
メリッサの言葉にフミは心から感謝した。自身の仕事を認められるのは心強い。
「あ、夜ご飯はうちで食べちゃわない?」
メリッサが二人の子供に遺伝した褐色の瞳をキラキラさせて言った。
目元の泣きホクロなどキフィと全く同じ位置にある。
キフィの押しの強さは彼女によるものだとフミは信じて疑わない。
「いいでしょ? 遠慮は要らないからね、4人も5人も同じなんだから」
急な事に答えに窮しているが妻の行いにルネは苦笑いで見ているだけだ。
「えっと、きょ、今日はアトリエに戻らないといけないから…ごめんなさい」
この家族と食事をするのはとっても楽しいのだが、快活なメリッサとの会話は長居のもとになってしまうのだ。
今日は本当にアトリエに寄らなくてはいけない用事があるためここで話を受けてしまったらいけない。
「そうなの? いっつもルネとばかりお話でずるいわね」
「メリッサ、もっと時間があるときに来てもらおう。そのほうが今日より沢山話せるはずだよ」
子供のように頬を膨らませるメリッサにルネは優しく諭した。
「分かったわよ。じゃあ、今度は夜の予定を空けて遊びに来てね?」
「うん、そうさせてもらう」
メリッサは納得したように微笑むと、オリビアとキフィを呼んでキッチンに消えていった。
「フミ、ありがとう。メリッサのあんなに喜んでくれた顔をみれて本当によかったよ」
ルネがメリッサの消えたほうを見ながら言った。
「希望通りに応えられてたらいいんだけど。ちゃんとカナリアに見えたかなぁ」
「うん。見えたよ、それにメリッサはきっとそう信じてくれる」
「よかった」
彼ら夫婦のここまで紡いできた時間に憧れを持つ。
他人の入り込めないような濃密な時間を彼らはいままで過ごしてきたのだろう。言葉を多く語らなくても二人にはフミの作ったネックレスの持つ本当の意味というものが分かるのだ。
ルネとすこし話をした後、フミは館を後にした。
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