ウェン・ディゴーと受難の始まり
その朝、鋭く日光を弾く鎧の輝きに目を射ぬかれながら、ウェン・ディゴーは後悔していた。
今までに幾度もの戦に赴き、幾度も敵の刃に掛ってきた彼の鎧はこれではない。
もっとずっとオンボロで、祖父の代から伝わるというサイズの合っていない古鎧だ。
華やかにして華美でなく、洗練されていて実用的な、こんないかにも値の貼りそうな白銀の鎧は、断じて彼の部屋にあるべきものではないはずだった。少なくとも、彼の認識では。
光の都とも呼ばれる、王都エンディア。
その誉れ高き「白き輝き」「栄光の星」「勝利の軍勢」とも讃えられる王立騎士団の鎧が、彼のものとしてここにあるのは絶対的におかしいはずだった。
加えて言うなら場所もおかしい。
彼はこわごわと部屋を見渡して、その広大さに目眩を覚えたらしい。
ばったり大の字に倒れこむベッドすら大きくて、次の瞬間には隅の方に縮こまってしまう。
「どうしてこんなことになったんだろう……!」
心細げな呟きは涙声だった。
彼はその昔、将軍職も多く輩出したというウェン家の当主にして、今日付けで精鋭揃いの騎士団入りを果たした新「団長候補」である。
それは異例の抜擢だったが、数々の戦場で艱難辛苦を「逃げ続け」、不幸にも出くわしたその戦場の要ばかりを「うっかり」討ち取ってしまうという稀代のうつけ者であったディゴーの功績は
ついに同僚ばかりか不屈の兵どもを唸らせるまでになっていた。
待遇のほどはといえばこうして今日の入団に際しても特別に前夜から来賓用の一室を用意されている。異例も異例の特別扱いだった。
「誤解だ……!」
嘆く声はこれまでにさんざん彼が主張してきたことだったが、
本陣裏から忍び寄る大将首を一太刀のもとに切り飛ばし、敗走途中の軍師の息の根を止め、ついには対戦国の王弟の首級をも挙げた人間がそんなことを言ったところで一体誰が間に受けるだろうか。
周囲が英雄と祀り上げる椅子の上で、本人のみが自分の奪った命の重さなんていうものに対して日々懊悩し、恐怖し、後悔し、自責し続けているなどと思いようもない。
そんな離れ業が為されるためには彼が幼い日から日夜重ね続けてきた研鑽と、いつも味方の注意が薄い所薄い所へとこっそり逃げていた彼の性質。そして神がかり的な天運の全てが必要だったが、彼にとって不幸なことは、現状に分かる通りそれらの条件が全て満たされてしまったということだ。
うっかり日光の元へ彷徨い出てしまったコウモリのような気分で、彼は先程から息を殺しているのである。
ノックの音に次いで人声。彼はぶるぶると震えながら、断固として返事をするまいと固く布団を体に巻き付けていた。
しかしいつまでもそうしてはいられない。しん、と部屋が静まり返り、なんの音も聞こえなくなると今度は小心からくる不安を覚えたのだろう。恐る恐る布団を這い出る彼の眼前、固く巻かれた布団の出口に、ほっそりとした女性の顔が覗いていた。
「…………ッ……!」
「ディゴーさま?」
降る声は甘く優しく、息を呑む彼の耳をくすぐった。
嫁き遅れの王女殿下と、いずれ彼女の親衛隊長となる新任騎士との馴れ初めは、
こうしてごく慎ましく、ささやかに、彼ら二人だけの知る所となったのだった。
mixiの三題話コミュでお題に沿って書いたものです。
連載にできたらいいなーどうかなー。と思いながらふわふわしています。