ダムマンション
2098年、日本政府は土地がないことについて困り果てていた。
必要である森林を残し、他の土地は全て建物が立ってしまったのだ。
少子高齢化と叫ばれていた時代ははるか過去となり、今や、多子低齢化が深刻であると騒いでいる。
子供が多いことはいいことだといいスローガンのもとに、政府が主導して就業機会を増やし、大規模な造成工事を繰り返した結果、開発できる土地は全て開発し尽くしたという状況になった。
しかし、人口増加は指数関数のように進んで行く一方だった。
そこで政府は、画期的な方法を思いついた。
その方法は、作られているダムを利用するということだった。
ダムの堤体をマンションにするという方法は、建築学者や建築会社などから猛抗議を受けたが、実行に移されることになった。
建築方法は単純だ。
中空非越流重力式コンクリートダムというタイプを作るということである。
後ろに湖があるマンションと言った感じになるだろう。
さっそく設計技師が呼ばれて、設計を開始する。
同時に、作業員を募集、招集して、場所も決まる前から、人だけは確保する。
人だけは、どこまでも集めることができるが、このダムマンションの建築方法が、なかなか決まらなかった。
一番の問題は、構造だ。
ダムというのは、もっとも重要な目的は水が漏れないことにある。
漏水は、ダム自身の決壊を意味しており、極めて危険な状況になるのは間違いない。
そのためには、生活環境が悪くても問題がない。
一方のマンションというのは、人が安全に生活をすることを前提にして作ることになっている。
このことは、生活環境が良好でなければならない。
これら逆の目的や環境をどう両立させるか、そこに一番集中することになった。
また、ダムの堤体をどうやって回収し、マンションにするのかというのも問題だった。
コンクリート打ちっぱなしのダム本体を一時撤去したうえで、新たに作り直すのか、それとも、もっと別な方法を使って作るのか。
議論は尽きなかった。
半年後、それらを解消する方法が生み出された。
マンションは戸売り分譲することも同時に決定された。
また、共用施設として、管理棟が、ダムの堤の上に設置されることも決定。
工事はやっと動き出した。
作り方は、ダムの堤をまず斜めにする。
傾斜角は45度から80度とし、階が上がるにつれて角度を鋭くするという方法がとられた。
それらの壁を作り上げてから一つ一つの部屋をプレハブ工法で積み上げるという方式になった。
ダムの堤自体は一切触れることなく、マンションを建設できるという方法だ。
こうして、ダムマンションと銘打って、分譲が開始された。
売り切れるのは、分譲開始からわずか1時間ほどだった。
価格は、単身向け2LDKが3000万~3500万、夫婦向け3LDKが3500万~4000万、想定4人の家族向け5LDKが3800万~5000万となっていた。
これらの価格帯の違いは、それぞれ部屋の内装や立地条件によって変動する当然の価格差である。
建設開始から3年経たず、ダムマンションは完成した。
完成してから半年後に、最初の入居者が入り、ここで、工事は終了した。
それから数十年経ち、古くなってからも、今なおダムマンションは作られ続けている。
初代には、今でも人が住んでいるという。