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『十年間』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/13

父の通院に付き添い、身の回りの世話をし、買い物をし、家のことをやっていた。


兄は、遠くからそれを見ていた。


いや、正確には、見てすらいなかった。


兄が実家へ顔を出すのは、年に一度か二度。


正月にやって来て、


「父さんに、これ、お年玉」


そう言って、弟に一万円を渡す。


父親に渡しているような顔をしていたが、実際には、その一万円を使って親の世話をするのは弟だった。


「兄貴も忙しいからな」


弟はそう言って笑った。


十年間。


兄は、その言葉に甘え続けた。


やがて父の介護度が上がった。


弟は、親を心配するあまり、仕事も生活も親中心になっていった。


「もう、俺だけじゃ無理だ」


そう思っていても、長年一人で抱えてきた弟には、親を手放すことができなかった。


そんなとき、兄が動いた。


行政に相談し、ケアマネジャーと話し、施設を探した。


そして父は施設へ入った。


弟は、親から離れた。


ところが、それからだった。


兄は、まるで自分が十年間親を守ってきたかのように振る舞い始めた。


「俺が動かなかったら、どうなってたと思う?」


弟には、何も言い返せなかった。


確かに兄が動かなければ、施設入所はもっと遅れていたかもしれない。


だから弟は、感謝していた。


ただ、一つだけ理解できなかった。


「父さんに会いに行きたい」


そう言うと、兄は首を横に振った。


「今は会わせないほうがいい」


「どうして?」


「施設の生活に慣れるのが先だろ」


それからも、弟が会いたいと言うたびに、兄は理由をつけた。


「体調が安定してない」


「今は面会が難しい」


「俺が様子を見ておくから」


いつの間にか、兄は親の人生の決定権を握ったつもりになっていた。


十年間、親を支え続けた弟には会わせず、自分だけが親を守っている。


そんな構図を作り上げていた。


ある日、弟は兄に言った。


「兄貴が施設に入れてくれたことは感謝してる。でも……俺は十年間、父さんのそばにいたんだ。俺から親まで取り上げないでくれよ」


兄は不機嫌そうに言った。


「俺が何もしなかったら、親は今も家にいたんだぞ」


弟は黙った。


その言葉を聞いて、ようやく分かった。


兄にとって、この十年間は存在しないのだ。


自分が一万円を渡した正月だけが、親孝行の記憶になっている。


弟が背負ってきた十年間も。


仕事を犠牲にした日々も。


夜中に親を病院へ連れて行ったことも。


何度も行政に相談しようと思いながら、親を置いていけず、耐えた時間も。


全部、兄の中では「俺が親を救った」という一つの出来事に塗り替えられていた。


弟は、それ以上何も言わなかった。


ただ、施設の父に会いたかった。


父の息子として、会いたかった。


そして兄が「親を守っていた」のではなく、


十年間、親を守り続けてきたのは誰だったのか。


その答えは、誰にも奪えない。

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