転生屋さん 終
朝。
母親が帰ってくる前に小僧を家に帰し、俺はタバコを煙らせながら、『次のターゲット』のことを考える。
本来、転生は希望者の中から、神が選んで対象が指定される。
だから、最初は何かの間違いだと思った。
けれど何度確認しても、神の選択は変わらなかった。俺は初めて、迷った。
だから少しだけ。現世に戻ってきてから初めて、少しだけ、自分にわがままを許した。
その案件を遅らせて、他の依頼から取り掛かることにした。
一月後。
メキメキと上達し、小僧は罠の仕掛け方も、片手間で教えた暗殺術もメキメキ覚えていった。
これほど、この仕事への適性を発揮する奴は、今までいなかった。
だから、こんなことになっちまったんだろうな。
「ねえ、おじさん。今日もおじさんちに行っていい?」
「ん?ああ、構わないが、どうしてだ?」
「ちょっと」
生きるのに必死だった俺とは違い、小僧、というかこの時代の子供たちは変に賢かった。道に生えてて食える草や毒の見分け方は知らないのに、金だか人の心とか、可愛げのないことばかり知ってて、時に恐ろしくなる。
俺たちは、もう何十人目かの依頼をこなすと、家に向かう。
今日のこの時間なら、まだあいつはいるだろうな。太陽の明るい、穏やかな午後だ。
「はぁ〜い♡おかえりなさーい!あら、今日は坊やも一緒なのね」
「ねぇ、役者のおじさん」
「あらダメよボク。お兄さんて呼びなさい」
「役者のおじさんって、ボクの本当のお父さんだよね」
「あらー…?」
「おい、お前何言って」
「おじさんの匂いと雰囲気。この前お母さんをつけて、出会ってた男の人と同じだった」
「なっ」
「最初会った時に、見た気がしたんだ。それがこの前、やっとわかった。
ねえ、教えて。役者のおじさん。おじさんは僕の本当のお父さんでしょ?」
竿役者が小僧の父親?そんなわけはないはずだ。コイツはあくまで女子の心を癒す存在、夜明けと共に痕跡は全て消えて…
「ええ、そうよ。アナタの本当の父親はアタシよ」
「!?」
「やっぱり」
「あの少ないヒントから見つけるなんて流石ね」
「どうして」
「うん?」
「どうしてお母さんと寝たの?どうしてお父さんからお母さんを奪ったの?」
「それはね」
「それは?」
「ヒロインになれなかった女に価値はないからよ」
「お前何言ってんだ!」
「ヒロインになれず、ただただ快楽を望むだけなら、せいぜい、子供でも産んでもらって、世の中の少子高齢化に貢献してもらおうって思ったわけ。お分かり?」
「…」
「まあ。アタシに親権なんてないし。ボクちゃんの人生だから好きに生きなさい。種馬としてのアドバイスよ」
「好きにしていいの?」
「もちろん。アタシも好きなことしてるからこうなんだし」
「じゃあボクは…こうする!」
「!」
言うが早いか、小僧は竿役者に銃弾を撃ち込む。しかし流石に軌道が外れ、役者の足に当たる。
崩れ落ちる竿役者。
ミスも意に介さず、そのまま心臓を狙おうとする小僧。
「待て!」
俺の声に振り返った時には、遅かった。
竿役者は腕で小僧を抱き上げ、首を絞める。
「はは、やってくれるなぁ、ガキィ?」
「はなせ!はなせ!」
竿役者の口調が、出会った時のそれに戻っている。
連続殺人鬼として地獄に来て、現世に蘇ったばかりのあいつに。
「俺は自分のために何人も殺してきたが、まさか自分が誰かのために殺されそうになるなんてなぁ。こんな気持ちなんだなァ!腹が立ってしかたねえ。下等動物如きが俺様に傷をつけやがって」
「おじさん!殺して!コイツを殺して!」
ああ、俺のせいだ。
ただの気まぐれで、やはり現世の人間を仕事に巻き込むべきじゃなかった。
普通の5歳児は『殺す』なんて発想しない。俺のせいだ…。
「それがなお俺の子種から生まれたガキってのが余計に腹立つぜぇ?テメェは簡単には殺さねえ、痛ぶって殺してくださいと泣き喚くままゆっくり皮を剥いでいってやるよ、小僧!」
「黙れ!お前のせいで、お前のせいで!お父さんは、あんな顔をしたんだ。この世界が嫌になったんだ。僕の前からいなくなっちゃったんだ!お父さんを返せ!!」
泣き叫ぶガキ。
それを見て、俺は自分のやることがわかる。
いや、本当はもうわかってたんだ。
だから、少しだけ、遅らせたのは、俺のわがままなんだ。
俺は、ガキごと、竿役者を撃った。
「がっ!!」
「うっ」
血まみれになる玄関。
「ちくしょうちくしょうちくしょう!あと一歩!あと一歩で成り上がれたって言うのに!こんなガキにはめられて…ちくしょォォォォォォ!」
叫び、事切れる竿役者。
俺は駆け寄り、小僧の安否を確認する。
「おい大丈夫か。しっかりしろ!」
「へへ…おじさん。僕、お父さんの仇を…取ったよ…」
「おい、死ぬな!死なないでくれ!やっと、やっと。相棒ができたっていうのに…」
「ごめんね、おじさん。バイバイ」
体から力が抜けたそれは。重い、小僧だったものになった。
「イった?」
「別れ際の女みたいな聞き方すんじゃねえよ」
むくりと。
血溜まりの池から起き上がる竿役者。
「この子も可哀想にね。私たち運命装置は、輪廻転生の輪から外れているから、殺しても死なないのに」
「そうでもねえさ。コイツはコイツなりにやりたいことをやったんだ」
「それでも逆恨みで実の父親を殺すなんて、やめて欲しいわ」
「ああ、見事な悪役っぷりだったぜ。ありがとうな」
「はあ。後腐れなく転生をさせるって美学はステキだけど、ここまでする?」
そう、次のターゲットは、あの小僧だったんだ。
いかに気持ちよく違う世界に行けるか…復讐を果たしてからと思い立ち、竿役者に協力を頼んだ。まさか本当にアイツの父親だとは思わなかったが。
「あいつは、お前と相打ち覚悟だった。相打ち覚悟で、お前を暗殺しようとした。俺は筋が通ってていいと思うぜ」
「はいはい。
ああそうそう。良い子はマネしちゃダメよ。憎い人がいたら、真っ先に忘れて、人生を楽しむことよ」
「誰に言ってんだ?」
「ナイショ。それより、見なさいよ」
「あん?」
竿役者の示したところを見ると。俺のスマホが光を放っていた。
「おめでとう。ついに1000人の魂を転生させたわね。これでアンタは輪廻転生の輪に戻れるわ。
しかも異世界間を能力と記憶を引き継いで自由に転移転生できる特典付き。
はーあ。羨ましいわ。アタシも早く絶世の美女になっていい男と激しい恋愛したいわ」
「ああ、これか」
「それで。アンタは、どんなことをするの?」
この仕事を引き受けた時に、説明は受けていた。
正直何かがしたいとか毛頭なかったが、そのうち見つかるだろうと鷹を括っていた。そしたらもうこれだ。
「さあな。また徐々に探していくさ」
「そ。じゃ、アタシはシャワー浴びて仕事行くから。あとよろしく」
「ああ」
それから一月。
竿役者も無事1000人の魂を救済し、晴れて異世界へ旅立っていった。
俺はまだこの世界に留まっていた。
溜まっていた本たちを読むためだ。
一つ一つ。
その存在を確かめるように。
そいつらが何を望み、どう生きていったのか、その痕跡を。
そして今日は最後の一冊だ。
ああ。そうか。
その本は、小僧の父親を転生させた時の本、『望まない子供を育てさせられていた俺は、養育スキルで無双する』の続編だった。
タイトルにこうある。
『暗殺スキルを身につけた僕は、宮廷を暗躍する
〜養育無双スピンオフ〜』
あいつは、大好きだった父親のいる世界に行ったんだ。しかもどうやら、今回は、本当の親子になれたらしい。
本当の親子…。
俺は気づくと車に飛び乗って走らせていた。
確か今日は…。
俺が竿役者を選ばなかった理由。それは。
人ばかり殺してきた俺が、誰かの父親になるなんて想像できないからだ。
四年前。小僧を置き去りにしたヤツがいるように、妹を置き去りにしたヤツがいた。
その妹を世話してるうちに情が芽生えてきて…関係をもった。深い関係を。
それでも俺は、家族を持つことから逃げてきた。
仕事があるからと言い訳をして。
それから四年。
今や仕事が終わってみて、なんでもできる、なんでもしていいと言われて。
本当はやりたいことなんてないって気づいちまった。
ただ、やれることはある。
それと向き合うのが、きっと今の俺のやることなんだろうな。
※※※
高速を飛ばし、とある地方都市に降りる。
行きなれてないマンションの一室に、合鍵で入る。
小さい女児が、とてとてと寄ってくる。
「おとうさん」
「おう。雑草なんて髪に飾って、ご機嫌だな」
「ざっそうという草はないっててんのーへーかが言ってた」
「はいはい」
変にマセた戯言を軽くあしらう。奥から、扉を開けて女がやってくる。
「あなた…」
「ああ」
今まで散々ターゲットを葬ってきたのに。今ほど居心地の悪い空気感もなかった。
頬をかきながら、血の繋がった女児に言う。
「誕生日おめでとう」
それから、妻と言うべき人に向かって、俺はこう言った。
「ただいま」




