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私の過ごした日々

作者: ダノン
掲載日:2026/04/24

死んで欲しい。


喉から音に発せず心の中で誰かの死を願うようになったのは最近だ。

それは誰に対して?

SNSでトラブった人?

昔は友達の関係であった人?

思考を巡らせるが、その誰もがピースにハマらなかった。

誰にだろう?


もしかして私自身に対して?


そう。気づいたら、足りなかったピースがバッチリハマったのだ。


なぜ「死にたい」ではなく「死んで欲しい」のか、思考を巡らせる。

私は学生の頃から自殺願望があった。

当時住んでいた児童養護施設、支援学校。そのどちらでも他人といい関係を築けなかった。

支援学校の先生には

「じゃあ、富士の樹海にいけ」

と本気で捉えてないのか、それとも死ぬ気があるのを試していたのか、今となっては知る機会はない。

当時、学生の頃はまだ死ぬのが怖かった。

なので、死にたいということで誰かに助けを求めていたのかもしれない。


誰かに頼る。


その発想が当時はなかったのだ。

時は私が小学生6年生に遡る。

その日はクラスの学級委員長を決める時間があり、私はやりたくなかった。

しかし、クラスメイトの女の子が「ダノンにやらせましょう」とニヤニヤしながら押し付けられたのだ。

私は「やりたくない」「嫌だ」という言葉を発することができなかった。

この頃から既に自分の気持ちを主張するのが苦手だったのだ。

帰宅後、母に「学級委員長やりたくないのに押し付けられた」と告げた。

母は学校に凸り、担任に直談判したが

「あんた自分でやるって言ったんじゃない!」

とミイラ取りがミイラになって帰ってきたのだった。

追撃で


「あんたの事は信じない」


そう口にされて、人を頼るという手段は思考から外れてしまったのだった。


その数ヶ月後、母は脳卒中で亡くなった。

当時は大粒の涙を流したが現在になって当時のことを思い出すと、子どもとしてという依然に人として巡らせてはいけない思考


「死んでくれて良かった」


そう思ってしまってしまうほど、私の中で母は癌のような存在だったと悟った。


以下、母について記す。

まず母は私が物心ついた頃から父のことが嫌いだった。

どのくらいかと言うと。

「玄関の靴並べてちょうだい」

「( ˙˙)ゞ オカノシタっ」

と当時靴の向きがわからずに並べてしまって、そのほとんどが、左右バラバラだった。

ただ父のだけピンポイントで左右揃えていて


「なんであいつのだけ綺麗に並べるの!?」


と本気で怒るほどだった。


DVは流石にうつになるだろうけど、母も私達に暴力ふるってたのよね。


さらに極めつけは兄の存在。

当時小学生低学年の頃、今年で30周年を迎えた超大型人気コンテンツ。当時それの最新作であったソフトとモノクロではなく、カラーで映るものを買ってくれると約束してくれた。

しかし、その数日後。

「やっぱりモノクロの方でいい?」

「なんで?」

「兄が怒るから」

とその当時から何かとつけて「兄が」と兄のことを優先で考えられていた。


時代は流れ、ケータイゲーム機もカラーで映されるものが主流となり、家庭版ゲーム機も当時は、よりリアルになったころ。

そこから兄贔屓は加速して行った。


ゲーム機も最新のものは買い与えられて、さらにはお小遣いももらい、祖父から金を盗み、ゲームソフトを買ってもお咎めなし。


私の中で一番許せないのは、学校をサボってポケットの中のモンスターの最新作(当時)を買ってもらっていたことだ。

それ以外にも私が知らなかいうちに数々のゲームソフトを買ってもらっていた。


私?

私は、カラー版でしか遊べない超大型人気コンテンツ(伝われ)を買ってもらったのがラスト。

それ以降ゲームはカラーでも遊べるモノクロ版ソフトしか買ってもらった記憶がない。


兄にはゲーム。

妹には何とかちゃん人形。

弟には何とかレンジャーの合体おもちゃ。


なぜそんなに差別するのか聞いたことがあった。

「私とおばあちゃんとおじいちゃんは、兄を恐れているから」


はい?


祖母は1度兄貴が寝坊して朝ごはん食べられない時があった。

車の中でも食べられるおにぎりを兄に作ってくれた。

帰宅後、兄が祖母に放った一言は

「あのおにぎり、洗剤の味がした」

その一言で分かりやすくビクッと肩を震わせていたので祖母は白。


祖父は前述の通り、お金盗まれても何も言えない。白。


ただし、母。てめーはダメだ。

当時、母は30代。当時私達は弟を覗いて小学生。

何かとつけて暴力ふるっておいて兄が怖い?

んなことあるかい。


私がリコーダー上手く吹けないと

「ちゃんと吹きなさい!」

バチーン!

ビンタ。

泣きながら練習してまともな音も出せず、理不尽に暴力の嵐。


兄には。

「この最新のゲーム機、クリスマスセールで安くなってるので買ってあげるね!」

あかん、ここ書いてたら腹たってきた。


と、まぁ兄と私の間に大きな差別があったのです。

極めつけは、どこにでもある大型ショッピングセンターに私だけ留守番させられたこと。


「私と兄と妹と弟と再従兄弟連れていくから、お留守番ねー」


実の子供より親戚優先!?


なぜそこまで兄ばかり優遇なのか整理してみよう。

兄は私から見ると天才だった。

勉学の方は分からないが、スポーツはどれも万能にこなしていた記憶がある。

野球、サッカーも即なくこなし、特に卓球が得意だった。

そんな兄貴が中学生になり、卓球部に入りその才能は開花していった。

そんな天才が誇らしく可愛かったのだろう。


一方私はと言うと、勉強ダメ、スポーツダメ。

特に取り柄なし。

感情表現が苦手で、嫌なことがあると周りの相手に暴力振るったり、飛び出したり。とにかく問題児だった。

小4小5時点で何かあるとすぐに。

「昔は一番可愛かったのに今は一番憎たらしい」

本気で侮蔑な言葉を浴びされていた。


そんなこんなで母が死んだ後49日、私はあのババァの墓に行くのを拒否して、アニメを見ていた。

「同じ墓に入れないよ」

と、児童相談所の職員の人に言われたが、構わなかった。

自分でも気付かぬうちに母が嫌いだったのだろう。


はいここから児童養護施設編に入りまーす。

施設に入り、支援学校(当時はまだ養護学校)にも癇癪を起こすのは変わらず、職員の人に迷惑をかけてました。

今思うと手のかかる相手だったのに高校卒業まで見捨てず面倒見てくださったことは感謝です。


ここで、数々の多くの事件がありましたが、今回は3つに絞ります。


弁償事件


卓球事件


友達事件


まずは弁償事件から。

あの施設は8人部屋で、それぞれの固有スペースはベットと棚。

そして申し訳程度の机のみ。

同じ部屋でプラモを作ってる人がいて、完成品を飾ってました。

私ともう1人の同部屋のヤローで、その人の近くでじゃれ合ってました。

ヤローに突き飛ばされてさぁ大変。プラモの部品が無くなりました。

はい全て私のせいです。

突き飛ばされてプラモ倒したのは私です。ただ突き飛ばしたヤローは責任を全て私に擦り付けます。

パニックで言葉が出ない私。

一方的に責められて弁償しろと私が完全に悪役。

ここで主張出来れば事態は回避できたかも?

罠カードオープン!

「母の呪縛!」

「お前のことは信じない」

この言葉がトラウマで、私は反論不能!

もうやめて!ダノン氏のライフはとっくに0よ!

なんて言ってくれる味方はいませんでした。


はい次、卓球事件行きまーす。

これは単純。

年2回で岩手県内の施設対抗スポーツ大会があったのですが、私は卓球をやってました。

理由?

天才に追いつきたかったから。

まぁ、下手くそなりに頑張って練習してたわけですよ。

ラリー相手は弁償事件で全ての罪を擦り付けたあいつ。

あいつの機嫌が悪く

「こんなやつと練習しても無駄だ」

と言って体育館から出ていきました。

ここで装備カード発動!

「癇癪を起こす!」

怒った私は、部屋に戻りラケットをベットでガンガンと叩き、マイラケットを破壊し、卓球人生終了。

ちなみに当時あの施設、中学は養護学校と一般の中学と、その人に合わせたレベルで2箇所の学校に通っていた訳ですが、一般の中学の修学旅行は2年だったんですよね。

件のヤローは、一般の中学で修学旅行行きました。

私にお土産なし。

中三で私は修学旅行行きます。

ヤロー「お土産よろしく」

私「買ってくるかバーカ!」

見事に戦利品を奪われました。

しかも私以外にも頼んでたらしく、そいつにはビンタしてました。

まぁ、私以上にヤバいやつがいたわけですよ。



はい次、ええと友達事件。

これは私の人生の分岐点であり、自殺願望が生まれた原因でもあります。

当時、私は同じ部屋の後輩たちと仲良くなりたかったんです。

ただ、友達になる方法がわからず、子どもがよくとる「好きな相手にいたずらする」

一緒に風呂入る時に、熱湯浴びせる。

あと何やったっけ?当時パニックすぎて記憶が曖昧なんですよね。

いたずらというかもういじめですね。

そこで同じ部屋で立場の強い相手にやられた訳ですよ。

悲しみに暮れて、どうすれば自分の身を守れるか考えました。


ピコーン!


優しくなれば良いんだ!


はいここで偽善者爆誕です。


自分の感情を押し殺して相手のことを思いやる振りをする。

私はネットでもリアルでも、優しいとよく言われますが、優しくありません。

じぶんの身を守るための仮面なんです。

臆病なんです。

逃げてるんです。


まぁ言い訳はここまででいいでしょう。

しかし、この時点でもう私は周囲から嫌われたわけです。

日課を守らず、悪口言われても知らないフリ。

今は別に気にならなくなりましたが、当時の私は自分の真似をされるのが嫌だったんですよ。


今?

今は私の専売特許じゃないんで、ご自由に真似てください。


私の言動を真似る。

腹立つけど我慢。

モンスターを狩るゲームで

「臆病だから回復アイテムカンストしてないと怖いんだよねー」

数日後、同じ言葉を私に浴びせる。


職員の前ではみんな仲直り、良かったね。

裏ではいじめの対象。


いやぁ嫌われた嫌われた。

そのお陰で、誰にも相談できず、心にゴミが溜まっていって吐きところもなく、自殺願望が生まれたわけです。


そして高校卒業。


通っていた障害者の就職支援施設で陰口を叩かれる日々。

ハウスの外にいるから聞こえないと思ったか!?

バーカ!!!!!

薄皮1枚で、外にダダ漏れなんだよ!

陰口叩いて表では

「ダノン氏のこと心配してたんだよ?」

吐き気を催す邪悪とはこのことか。

陰口叩いてた主犯格のセリフです。


こう長々と駄文を書き綴って、感情を吐露しましたが、要は人間関係のトラブルがどこ行っても起こってしまうので、人生に疲れました。

いつかガチで自殺するかもです。


ちなみに今精神科にぶち込まれてる理由は、リスカと称して動脈狙って髭剃りで手首切ったからです。


いつか死ぬその日の前に、この記録をここに記します。


byダノン氏

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