第9話 オフィスラブは禁止のはずですが、夏祭りの浴衣と熱い視線
猛暑のロケと花火大会が終わった週末、プロジェクトチームで「夏祭り慰労会」が急遽決まった。
場所は、会社近くの大きな神社で開催される伝統的な夏祭り。
浴衣で参加する人が多く、みおも前回より少し気合を入れて準備した。
藤原みおは淡い黄色の浴衣に、白色とオレンジの花柄を合わせ、髪を緩く結い上げて小さな花の髪飾りを付けていた。
浴衣姿が可愛らしく、歩くたびにふわっと揺れる袖が夏の風に映える。
「みお、今日の浴衣も可愛い! 藍田さん、絶対意識するよ」
加藤遥が隣でニヤニヤしながら言ってきた。
「もう、遥ったら……ただの夏祭りだよ。仕事の息抜きなんだから!」
みおは照れくさそうに笑ったが、心の中では少し期待していた。
藍田朔の冷たい視線と、突然の優しさ。
あのギャップをまた見たい、という気持ちが少しずつ大きくなっていた。
夏祭りの会場は提灯の明かりで賑やかで、金魚すくいや射的、屋台の匂いが漂っていた。
チームのみんなが浴衣姿で集まり、笑い声が響いている。
みおが金魚すくいをやっていると、藍田朔が現れた。
朔はシンプルな紺色の浴衣を着ており、長身とクールな顔立ちが浴衣に驚くほど似合っていた。
「藍田さん! こんばんは! 浴衣、すごくかっこいいです!」
みおが明るく声をかけると、朔は冷たい視線をみおに向けたまま、短く答えた。
「……ああ」
その視線が、みおの浴衣姿をじっくりと上から下まで見つめる。
冷たく、しかし熱を帯びた視線に、みおの頰が熱くなった。
「藍田さんも金魚すくい、やりますか?」
みおが無邪気に誘うと、朔は無言で隣に立った。
二人が並んで金魚すくいを始めると、みおのポイがすぐに破れてしまった。
「ああっ! またやっちゃった……」
みおがしょんぼりしていると、朔が自分のポイをみおに差し出した。
「使え」
「え……いいんですか?」
「早くしろ。時間がない」
ぶっきらぼうな言葉だったが、朔はみおの後ろに立ち、軽く体を寄せてポイの持ち方を教えてくれた。
朔の胸がみおの背中に軽く触れ、浴衣越しに体温が伝わってくる。
みおの心臓が激しく鳴った。
「藍田さん……近いです……」
「……動くな。集中しろ」
朔の声は低く冷たいが、耳元で響く響きに甘さがあった。
みおは頰を赤くしながら、朔の大きな手に導かれるまま金魚をすくった。
「取れた! 藍田さん、ありがとうございます!」
みおが嬉しそうに笑うと、朔の視線が一瞬、柔らかくなった。
すぐにいつものクールな表情に戻るが、みおにはその変化がはっきりとわかった。
少し離れた屋台で、葉山圭介が爽やかに声をかけてきた。
「藤原さん、浴衣可愛いね! 金魚すくい、上手くなった? 僕も一緒にやろうか?」
葉山が笑顔で近づくと、朔の視線がわずかに鋭くなった。
朔はみおの腕を軽く引き、自分の側に寄せた。
「……藤原は俺と一緒にいる」
低い、独占めいた声。
みおは驚いて朔を見上げた。
「藍田さん……?」
葉山は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って引き下がった。
「了解。藍田、珍しく積極的だな。じゃあ、また後で」
葉山が去った後、朔はみおの腕を離さずに、低く言った。
「お前は、誰にでも甘い顔をするな」
「甘い顔、してないです……ただ、葉山さんが親切で……」
みおの天然な返事に、朔の視線がさらに熱くなった。
冷たい仮面のまま、しかし瞳の奥に強い感情がちらりと見える。
夏祭りの夜は更け、浴衣姿のみんなが提灯の明かりの中で楽しげに歩いていた。
みおと朔は少し離れた場所で、並んで歩いていた。
「藍田さん……今日、すごく楽しいです。藍田さんと一緒にいると、夏が特別に感じます」
みおが素直に言うと、朔は前を向いたまま、低い声で答えた。
「……お前がいるからだ」
その言葉はとても小さく、ほとんど聞き取れないくらいだった。
しかし、みおの胸に甘く響いた。
冷たい視線と、熱い言葉。
浴衣の袖が触れ合う距離で、夏祭りの夜は、二人の距離を静かに、でも確実に縮めていた。
オフィスラブは禁止のはずなのに、
夏の夜風は、甘い予感を運んでくるようだった。
(第9話 終わり)




