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オフィスラブは禁止のはずですが ~天然部下に落ちた敏腕ディレクター~  作者: 蒼狐


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4/11

第4話 オフィスラブは禁止のはずですが、言葉の力とアートディレクターの視線

プロジェクトが始まって2週間が経ったある午後。


藤原みおは会議室の端の席で、少し緊張した面持ちで座っていた。

今日のミーティングは、春キャンペーンの方向性に関する中間報告。藍田朔がアートディレクターとして全体をまとめ、みおはコピーライターとして自分の提案を発表する番だ。


「みお、頑張れよ。藍田さんの視線、絶対熱いからね」


隣の加藤遥が小声でからかうように囁いた。

みおは頰を少し赤らめながら首を横に振った。


「からかわないでよ、遥……今日はちゃんと資料チェックしたもん! 花びらも入ってないよ!」


遥がくすくす笑う横で、西村玲奈先輩が優しく微笑んでいる。


大塚部長がにこやかに会議を始めた。


「では、藍田チームから中間報告を。藍田、頼む」


藍田朔は静かに立ち上がった。

黒いスーツを完璧に着こなし、長身のシルエットが会議室を圧倒する。表情は冷たく、視線は鋭い。口数はいつも通り少ない。


「方向性は固まってきた。ビジュアルは春の軽やかさを重視し、桜のモチーフを基調に進める。コピーについては、藤原がメインを担当している」


朔の視線が、みおの方へ向けられた。

その目は冷たいまま、しかしどこか期待を込めているようにみおには感じられた。


「藤原、発表を」


「は、はい!」


みおは慌てて立ち上がり、資料を配った。

今回はしっかりとチェック済みで、花びらは一枚も入っていない。

みおは深呼吸をして、明るい声で話し始めた。


「メインコピーはこちらです。

『春の息吹を、一口で。

新感覚の軽やかさ、桜のように舞い上がる瞬間。』


サブコピーとして、

『甘く溶けるような春を、唇に。

あなただけの、桜の味。』


どうでしょうか……?」


発表を終えて席に座ると、会議室が少し静かになった。

みんなの視線が朔に向けられる。


朔は無言で資料を手に取り、じっくりと読み始めた。

長い指でページをめくり、時折目を細める。

沈黙が長く続く。みおは自分の膝の上で手をぎゅっと握りしめ、心臓の音がうるさく感じた。


(……藍田さん、黙ってる……ダメだったかな……?)


やがて、朔がゆっくりと口を開いた。


「……藤原」


低い声。

みおはびくっと肩を震わせた。


「はい……」


「このコピー、悪くない」


え?


みおは目をぱちくりさせた。

朔は資料をテーブルに置き、冷たい視線をまっすぐみおに向けた。


「特にサブコピーの『甘く溶けるような春を、唇に』という部分。

言葉が柔らかく、官能的で、飲料の味わいをうまく表現している。桜のイメージとも重なる。

『舞い上がる瞬間』も、軽やかさを視覚的に想像させやすい。良い仕事だ」


朔の言葉は淡々としていたが、内容は具体的で褒め言葉に満ちていた。

会議室がざわつく。

葉山圭介が明るく笑った。


「藍田、珍しく褒めてるな。藤原さん、すごいじゃないか」


みおの顔が一気に赤くなった。


「え……あ、ありがとうございます! 藍田さんにそう言っていただけるなんて……本当に嬉しいです!」


みおは勢いよく頭を下げた。

その無邪気な反応に、周囲がくすくすと笑う。


しかし、朔の視線はまだみおから離れなかった。

冷たい瞳の中に、ほんの少しだけ熱が混じっているように感じる。


「ただ……」


朔が続ける。

みおは再び緊張した。


「メインコピーの『一口で』という部分は、もう少し強く。

『一口で、春を味わう』くらいにすると、飲みたいという欲求が強くなる。

お前は言葉の力を信じているなら、もっと大胆に使え」


その指摘は厳しかったが、みおの成長を期待しているような響きがあった。

みおは真剣に頷いた。


「はい! 大胆に……頑張ります!」


会議が終わった後、みおは自分のデスクに戻りながら、まだ胸が熱くなっていた。


(藍田さん……冷たい顔して、あんなに詳しく褒めてくれるなんて……あの視線、なんだろう……怖いのに、嬉しい……)


遥がすぐに寄ってきて、肩を叩いた。


「みお、藍田さんに褒められて完全にデレデレじゃん。『良い仕事だ』って言われたときの顔、最高だったよ」


「で、でれでれじゃないもん! ただ……藍田さん、いつもクールなのに、言葉が優しいからびっくりしただけで……」


みおが照れながら否定していると、葉山圭介が爽やかに近づいてきた。


「藤原さん、お疲れ! 藍田に褒められるなんて珍しいよ。僕もいいコピーだと思った。もしよかったら、後で一緒にランチでもどう? アドバイスできるかも」


「え、ありがとうございます! でも今日はちょっと……」


みおが返事をしていると、藍田朔がデスクの近くを通りかかった。

朔の冷たい視線が、葉山とみおの間に落ちる。


「……藤原」


「は、はい!」


「修正案は今日中にメールで出せ」


「わかりました!」


朔はそれだけ言うと、冷たい背中を見せて去っていった。

しかし、みおにはその短い言葉の裏に、微かな独占めいた響きを感じてしまった。


遥が小声で囁く。


「ほら、藍田さん、葉山さんが誘ってるのを見てちょっと機嫌悪くなったでしょ? クールなのに、意外と……」


「遥、声大きいよ!」


みおは慌てて遥の口を押さえたが、心の中では朔の冷たい視線と、会議で褒めてくれた温かい言葉のギャップが、繰り返し蘇っていた。


その夜、みおは自宅のベッドで朔の言葉を思い返していた。


『良い仕事だ』

『もっと大胆に使え』


冷たい声で言われたのに、なぜか胸が温かくなる。

オフィスラブは禁止のはずなのに、

藍田朔という人の言葉の力は、みおの心に静かに、深く響き始めていた。


(第4話 終わり)

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