第2話 オフィスラブは禁止のはずですが、夜桜の下で距離が縮まる
花見の打ち上げ会場は、夜桜がライトアップされて幻想的に輝いていた。
藤原みおはピンクのニットにデニムのスカートという春らしい服装で、公園のブルーシートに座っていた。
周囲はすでに賑やかで、缶ビールやつまみが回り始めている。
「藍田さん、どこかな……」
みおがそっと周りを見回すと、少し離れた桜の木の下に藍田朔の姿を見つけた。
黒いコートを羽織った長身のシルエットが、夜桜の淡いピンクに映えてとても印象的だ。朔は一人で缶ビールを手に、静かに枝を見上げている。表情は相変わらず冷ややかで、近寄りがたい雰囲気をまとっている。
(……やっぱり怖い人だよね。でも、会議のとき少し優しかったような……)
みおが迷っていると、加藤遥に背中を押された。
「行け行け。挨拶くらいしなきゃ、チームなんだから」
「う、うん……」
みおは意を決して朔の近くへ歩み寄った。
「藍田さん、こんばんは! 今日もよろしくお願いします!」
明るく頭を下げると、朔がゆっくりと視線を下ろしてきた。
その目は冷たく、まるで氷のように澄んでいる。
「……藤原」
短い返事だけ。
みおは少し緊張しながら続けた。
「夜桜、すごく綺麗ですね。ライトが当たってると、夢みたいで……」
朔は桜の枝を眺めたまま、抑揚の少ない声で答える。
「そうだな」
会話がぴたりと止まる。
みおは紙コップを両手でぎゅっと握りしめ、勇気を出して言った。
「あの……会議のとき、私のコピー褒めてくれてありがとうございました。藍田さん、意外と優しいんですね」
朔の視線が、ぴしゃりとみおに突き刺さった。
冷たい瞳がわずかに細くなる。
「優しい?」
低い声が、夜の空気に響く。
みおは慌てて手を振った。
「え、えっと……冷たい人かと思ってたんですけど、ちゃんと私の言葉を読んでくれて……あ、でも怖いところもあります! 視線が鋭くて、なんかドキッとして……」
言葉がどんどん脱線していく。
朔は無言でみおを見下ろしていた。
その視線は冷たく、まるでみおのすべてを見透かしているようだ。
すると、朔が突然コートを脱ぎ始めた。
「寒いだろ」
え?
みおが目を丸くする間もなく、朔は自分の黒いコートをみおの肩にかけていた。
コートはまだ朔の体温が残っていて、ほのかに落ち着いた香りがする。
重みと温もりが、みおの肩を優しく包み込んだ。
「え……あ、ありがとうございます……!」
みおの頰が一瞬で熱くなった。
朔はコートをかけ終わると、すぐに手を離し、いつもの冷たい表情に戻る。
「風邪を引くな。チームに迷惑がかかる」
その言葉はぶっきらぼうで、まるで義務のように聞こえた。
しかし、さっきまで冷たかった視線が、ほんの少しだけ柔らかく見えた気がした。
みおの心臓が、どくんと大きく鳴る。
(……藍田さん、冷たいのに……急に優しい……このギャップ、なんだろう……)
そこへ、爽やかな声が割り込んできた。
「藤原さん、こんばんは! 元気そうだね」
葉山圭介が笑顔で近づいてくる。手にビールとつまみを持っている。
「葉山さん、こんばんは!」
みおが明るく返すと、葉山は夜桜を指差しながら言った。
「この桜、綺麗だよね。藤原さんのコピーみたいに軽やかでいい感じだ。藍田のチームに入ってよかったね。何か困ったことがあったら、いつでも言ってよ。僕、フォロー好きだから」
葉山の言葉は優しくて人当たりがいい。
みおは自然と笑顔になった。
「ありがとうございます! 葉山さんもよろしくお願いします!」
その瞬間、朔の視線がわずかに鋭くなった。
コートを着たままのみおを見て、朔は低く短く言った。
「……藤原」
「はい?」
「コートは、ちゃんと着ておけ」
冷たい声。
しかし、その言葉の裏に、なぜか独占めいた響きを感じて、みおは胸がざわついた。
遥と松本翔が少し離れた場所からその様子を見ていた。
遥が小声で呟く。
「藍田さん、めっちゃギャップすごい……冷たい顔して、コートかけちゃうんだもん。みお、無自覚に落ちてるよ」
翔がニヤニヤしながら頷いた。
「葉山さんがフォロー入れてるのに、藍田さんちょっと機嫌悪そうじゃない? 面白いことになってきたな」
みおは朔のコートの襟をそっと握りしめながら、夜桜を見上げた。
温かいコートと、冷たい視線。
その落差が、みおの心を静かに揺らしていた。
桜の花びらが、風に舞って二人の間に落ちてくる。
オフィスラブは禁止のはずなのに、
今夜だけは、少しだけ特別な予感がした。
(第2話 終わり)




