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オフィスラブは禁止のはずですが ~天然部下に落ちた敏腕ディレクター~  作者: 蒼狐


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第1話 オフィスラブは禁止のはずですが、桜の花びらが舞う会議室で

四月上旬の午後、広告代理店「クリエイト・リンク」のクリエイティブフロアは、いつものように活気に満ちていた。


藤原みおは自分のデスクで大慌てだった。28歳、入社3年目のコピーライター。ふわっとしたロングヘアを後ろで一つにまとめ、今日は白いブラウスに淡いピンクのカーディガンを羽織っている。笑顔が太陽みたいに明るくて、人懐っこい性格だ。ただ、致命的に天然で抜けている。


「うわーん、時間がないよぉ……」


今朝、通勤途中の桜並木で花びらが舞う様子に感動してスマホで写真を撮りまくっていたら、大切なUSBに何枚も桜の花びらがくっついてしまった。家を出る直前に「これ入れなきゃ!」と慌ててカバンに詰め込んだ結果がこれだ。


「みお、またやらかしたでしょ? 顔見てればわかる」


同期で親友の加藤遥が、隣のデスクから呆れた声をかけてきた。遥はショートカットがキリッと似合う28歳。毒舌で容赦ないツッコミがトレードマークだが、みおの面倒は誰よりよく見る。


「遥〜、今年は桜なんだよ! 風にふわふわ舞ってるの見たら、コピーのイメージがぱーんって浮かんで……」


「去年はイチョウ、今年は桜か。来年は紅葉で提出する気? あなたって本当に天災レベルだね」


遥がため息をつきながらも、口元は緩んでいる。みおは悪びれもせずににこにこ笑うだけだ。


「みお、遥! ミーティング始まるよー」


二人が会議室に入ると、すでに十数人が揃っていた。

部長の大塚健一(48歳)は、いつも通り温厚な笑顔でみんなを迎える。おっとりした性格で、部下の失敗も「まあ、愛嬌だな」と笑って許すタイプだ。


大塚部長の横に、二人のアートディレクターが立っていた。


左側は藍田朔、34歳。

黒髪を短く整え、シャープなダークスーツを完璧に着こなした長身。表情は氷のように涼やかで、ほとんど笑わない。言葉も必要最低限。クリエイティブ部で一番仕事ができる敏腕ディレクターとして恐れられつつ、信頼も厚い。視線一つで部下をビシッと引き締める。


右側は葉山圭介、33歳。

朔の同期で、少し長めの髪を自然に流した爽やかなイケメン。人当たりが抜群で、いつも笑顔を絶やさない。クライアントからも「話しやすい」と評判がいい。


「今日は大手飲料メーカーの春キャンペーンだ。藍田チームと葉山チームに分けて進める。藍田チームのメンバー……」


大塚部長が名前を読み上げていく。

みおと遥の名前が出た瞬間、みおは小さく「やったー!」とガッツポーズをした。


(藍田さんチーム! 超敏腕の人だって聞いたよ……絶対頑張らなきゃ!)


ミーティングが始まり、自己紹介のあとプロジェクトの方向性が話し合われた。

みおは自分の担当であるメインキャッチコピーの初案を説明するため、資料をみんなに配った。


すると、会議室に微かな笑いとざわめきが起きた。


「あ……桜の花びら?」


誰かが小声で言った。

みおの資料の端に、薄ピンクの桜の花びらが3枚も綺麗に挟まったまま印刷されていた。


みおの顔が一瞬で真っ赤になる。


「わわわっ! ご、ごめんなさい! 今朝、桜並木で花びらがすっごく綺麗に舞ってて、つい写真撮りながら歩いてたらUSBにくっついちゃって……本当にうっかりです!」


彼女は勢いよく立ち上がり、90度近く頭を下げた。

その動きがあまりに素直で大げさで、会議室の空気が一気に和む。


遥が隣で「ほらね、天災」と小さく呟き、西村玲奈先輩(32歳)は「みおちゃんらしいわね」と優しくくすくす笑っている。

営業の松本翔は腕を組んでニヤニヤしながら「藤原さん、毎年恒例の春の演出だな」と楽しげだ。


藍田朔は無表情のまま、資料を手に取った。

長い指で桜の花びらを一枚そっと摘まみ、みおの方へ冷たい視線を向ける。その目はまるで氷の刃のようだ。


「……藤原さん」


低い、抑揚の少ない声。

みおはびくっと全身を硬直させた。


「は、はいっ! 藤原みおです! コピーライターで入社3年目です……」


「資料に花びらを挟むのは、初めて見た。意図的なパフォーマンスか?」


会議室が一瞬、静まり返る。

みおは慌てて両手をぶんぶん振った。


「ち、違います! 本当にただのうっかりで……でも春の新商品だから、桜のイメージが頭に浮かんでしまって……あ、でもコピーはちゃんと書きました! 見てください!」


彼女は必死に自分の提案を指差した。


『春の息吹を、一口で。

新感覚の軽やかさ、桜のように舞う瞬間。』


朔は無言でそのコピーをじっと見つめていた。

10秒……15秒……沈黙が長く感じられる。


やがて、朔が小さく息を吐いた。


「……悪くない」


みおは目をぱちくりさせた。


「花びらは完全に不要だが、コピーのセンスは悪くない。春の軽やかさを上手く言語化している。次からは資料の最終チェックを徹底しろ」


朔の声は相変わらず冷たく短い。しかし、最後の部分だけはわずかに柔らかかったようにみおには感じられた。


葉山圭介が爽やかに笑ってすぐにフォローに入る。


「藍田、相変わらず厳しいなあ。藤原さん、初めての大型案件で緊張してるよね? 大丈夫、僕も手伝うから。花びら、実はかわいいアクセントだったと思うよ」


「葉山さんは甘すぎる」


朔が即座に、淡々と切り返す。

その対比が面白くて、会議室が一気に笑いに包まれた。


みおは胸を押さえながら席に戻った。

心臓がまだどきどきしている。


(藍田さん、めっちゃ怖い……けど、ちゃんと私のコピー読んでくれた。意外と……優しいところ、あるのかな?)


ミーティング終了後、資料を片付けながらみおはまだぼんやりしていた。


遥が肩をポンと叩いてくる。


「みお、藍田さんの視線、かなり熱かったよ? あなた、完全に狙われてるんじゃないの」


「ええっ!? そんなわけないよ! ただの天然失敗だもん……オフィスラブなんて、絶対禁止のはずだし!」


みおは全力で首を横に振ったが、なぜか朔の冷たい視線と、低くて落ち着いた声が頭から離れなかった。


窓の外では、桜の花びらが風に軽やかに舞い続けていた。

今年の春は、いつもより少しだけ特別な予感がした。


(第1話 終わり)

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