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:決別と覚悟の支度】


 九条の地下室が沈黙して数時間。焦げ付いたマザーボードを弄っていた九条が、死人のような顔で顔を上げた。

「……特定した。あいつらが最後に干渉してきた経路、その逆探知の結果だ。あの大学生が最後に消えた路地裏……あそこは単なる現場じゃない。特定の気圧、磁場、そして特定の『周波数』が重なった時だけ開く、この世界に空いた**『ワームホール』**だ」

 九条は震える指でキーボードを叩き、一枚の座標データを佐久間に送信した。

「三日後の午前三時四分。その一瞬だけ、入り口は再び活性化する。そこを逃せば、あんたの妹にも、あの大学生にも、二度と辿り着けない」

 佐久間は頷き、その足で横浜の鴉のもとへ向かった。

 鴉は無言で、机の上に一本の、禍々しい紫色の液体が満たされたシリンジを置いた。

「『魂の固定剤』だ。……聞こえはいいが、中身は致死量ギリギリの猛毒と、神経を強制的に麻痺させる未知の麻薬のブレンドだ」

 鴉は冷徹な眼差しで、シリンジを佐久間の方へ押し出した。

「奴らの『抽出』は、精神と肉体の結びつきを緩め、情報を吸い出すことで行われる。これを打てば、三時間は心身が完全に固着され、脳を吸い出すことは不可能になる。……ただし、効果が切れれば反動で内臓がボロボロになる。あんた自身が『空っぽ』になるリスクを負うということだ」

「構わない」

 佐久間は躊躇なくシリンジを掴んだ。

 鴉は小さくため息をつき、もう一つの銀色のブレスレットを差し出した。

「それは九条と作った。精神の周波数を一定に保つデバイスだ。向こう側(異界)は、こちらの物理法則が通用しない。正気を失えば、その瞬間に君の『情報』は向こうの海に溶ける。……いいか、佐久間。向こうで見聞きするものを信じるな。君が君であるという意志だけを抱いていろ」

 九条の解析した「座標」と、鴉の「禁忌の薬」。

 二人の協力者が授けたのは、生き残るための術ではなく、**「死なずに真相に辿り着くためのチケット」**だった。

「行ってくる」

 佐久間は、十年前に止まった時計の針を動かすように、カメラのレンズカバーを外した。

 

 三日後。

 ルポライターはペンを捨て、一人の「復讐者」として、影のない者たちが待つ異界の入り口へと足を踏み入れる。


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