暗がりの邂逅
佐久間は、横浜の埠頭に佇む廃倉庫の鉄扉を叩いた。
潮風に混じって、消毒液と古い血の匂いが鼻を突く。
「……また死体を持ってきたのか、佐久間」
低い声と共に現れたのは、鴉だった。影を纏ったような黒い手術着に、不釣り合いなほど白く細い指。
佐久間は無言で、復元された「空白の5秒」のプリントアウトと、被害者の解剖記録を突きつけた。
鴉は一瞥しただけで、その細い眉をぴくりと動かした。
「……ほう。この脳の吸い出し方、切断面の分子レベルでの滑らかさ。現行の医療技術では不可能だ。何より、血液を抜いた後に充填されているこの防腐液……これは『保存』のためじゃない。細胞を『生かしたまま固定』するための溶液だ」
「生かしたまま……?」
「そうだ。彼は崖下に捨てられた時、医学的には死んでいたが、細胞の一つ一つはまだ『自分が生きている』と誤認させられていたはずだ。魂だけを抜き取られ、肉体は鮮度を保ったまま放置された。まるで、食べ残された果実のようにな」
鴉の冷徹な言葉が、佐久間の背筋を凍らせる。
そこへ、スピーカーからノイズ混じりの声が割り込んだ。秋葉原の地下に潜む九条から、暗号化通信が入ったのだ。
『……佐久間、鴉。聞こえるか? 例の動画のノイズ、可聴域を超えた部分を解析した。……これ、音じゃないぞ』
モニターに映し出された波形は、まるで生き物のように蠢いていた。
『これは「座標」だ。動画が撮影された瞬間、カメラの周辺数メートルの空間そのものが、別の場所へ転送されていた可能性がある。……つまり、健二君はあの5秒間、地球にはいなかった。……そして、この波形のパターン、十年前のあんたの妹さんの未公開データと完全に一致した。……来るぞ、佐久間。奴らが、また「収穫期」を始めたんだ』
九条の怯えたような声が途切れる。
佐久間は拳を握りしめた。協力者たちが示す答えは、一つだった。
これは、人間による犯罪ではない。
この世界のすぐ隣に潜む、「影のない者たち」による一方的な略奪だ。




