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無口令嬢、今日も色で嘘を看破します。  作者: ちょこだいふく


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8/20

反撃の準備と香りの残滓

翌朝、私はゆっくりと目を覚ました。


(…頭が重い)


昨日の甘い香りが、喉と胸の奥に薄く残っている感覚。

頭の中がうっすら霧がかかったようで、色の輪郭がぼんやり滲む。


それでも、朝食の席には向かった。


「クララ、おはよう」


母セリーヌの桃色はやさしい光のように見える。

でも、今日はその輪郭が少しだけ、ぼけていた。


(…色がにじんでいる)


席についた瞬間、


「クララ様」


背後からイーサンの声がした。

灰色…これは、はっきり見える。


(…イーサンは普通に見えるわ)


他の色が滲む中で、イーサンだけは冬の空みたいに澄んだ灰色のままだ。


イーサンは、その“わずかの揺れ”を見逃さなかった。


「……本調子ではないご様子ですね」


「……ん。ちょっと、ぼんやりする」


「昨日の香りの影響でしょう」


瞬間、母が話しかけてきた。


「クララ、今日もエリオット様が来るかもしれないの。あの方本当に礼儀正しくてね…」


(…また!?)


胸の奥がざわりと揺れた。


「…クララ様と少しお話を」


イーサンが母へ礼をしながら、

自然に私を庇うように立つ。


母はにこやかに頷いた。


 


——————


 


私室に戻ると、イーサンは扉を静かに閉め、机に数枚の紙を広げた。


「クララ様。本日よりエリオット様への“対策”を始めましょう」


(…対策)


私はそっと椅子に座った。


イーサンの揺らぎは安定した灰色。

色のにじむ視界でも、イーサンだけははっきり見える。


(なんでだろう…?)


イーサンは淡々と説明を始めた。


「昨夜の紙…申し上げました通り“甘い香り”に、微弱な魔術式が仕込まれていました」


紙には、香気成分の分解、術式の比較図などが整然と並べられている。


「そして、“判断力を鈍らせる”効果が、微量ですが残るようです」


「…色の境界…にじんいでる」


言うと、イーサンは小さく息を整えた。


「クララ様の“揺らぎの見え方”に影響する事は予想外でした」


「……私が…鈍くなる…?」


「おそらくは。そして色そのものが誤って見える可能性があります。…エリオット様の黒紫の“濃さ”や“変化”を読み違える恐れもあります」


(……それ、一番困る)


イーサンはそこで椅子から少し身を乗り出した。


「ですので、クララ様の読み違いは、私が補います」


「…どうやって?」


イーサンの瞳が静かに細められる。


「私には、色は見えません。ですが…クララ様がお読みになる色が“揺らぐ瞬間”はおそらく分かります」


(…揺らぐ、瞬間?)


「クララ様は色を見ると、わずかに呼吸が変わります。肩の力が入ったり、指先が止まったり…目線が横へ揺れたり」


私は目を瞬かせた。


「…そんなの、自分じゃ分からなかった…」


イーサンは淡々と答えた。


「ですので私がおります。長年お傍で見ておりますので」


その言葉が、胸の奥をじんわりあたためる。


イーサンは続けた。


「クララ様の読む“色”と、私が読む“揺れ”。」



「二つが揃えば……対処可能です。」


(…私たち…二人で…補い合える)


胸がきゅっとなった。


「そして…エリオット様の“赤”についてですが」


息が止まりそうになる。


「クララ様にだけ“赤”が混ざった理由は…やはりクララ様が“他の人と違う”ことに、気づき始めたからでしょう」


「…視線…普通の…笑顔じゃなかった…」


「ええ。それはおそらく“恐れ”と“警戒でしょう」


私は指を握りしめた。


(やっぱり…気づかれてる…)


「これからは、クララ様に接近してくる可能性があります。クララ様の反応を探るために」


(…怖い)


ぞくりとした瞬間——


イーサンは私の前に膝をついた。

静かで、確実で、落ち着いた動き。


「ですが…恐れる必要はございません」


私は思わず目を見開く。


「クララ様の色がにじんでも。揺らいでも。例え読み違えても」


イーサンの灰色が、すっと澄んだ。


「……私が必ず補完します」


胸が一気に熱くなる。


(……ああ…イーサンの灰色だけは、にじまない…安心する色……)


「…私…この家を…守りたい」


「はい」


「色がにじんで、読みづらくなっても…負けたくない……!」


イーサンは目を細め、深く頷いた。


「クララ様のその想い…今、青が差した気がしました。」


「…青?」


「はい。迷いがなく…澄んで強い色です」


胸の奥で何かが光った。


(青…私が青い色…)


ふっと息をすると——

彼の灰色の中に、わずかに青が混じった。


二人だけの静かな反撃が、始まった。

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