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無口令嬢、今日も色で嘘を看破します。  作者: ちょこだいふく


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7/20

沈んだ家と色の意味

夜のローレンス家は静かだった。


家族はもう寝室に引き上げ、

廊下は白い月光だけが細く差し込んでいる。


私は窓の外を眺めながらさっきのことを思い出していた。

(あれ…本当に危なかったんだ)


あの甘い香りを思い出すだけで、胸がざわざわする。


ノックもなく、静かに扉が開いた。

音を立てないと言うより、“もともと足音を持たない人”のような入り方。


「クララ様」


イーサンだ。


「…調べてまいりました」


彼は布包みをそっと机に置き直す。


私は椅子を引いて姿勢を正した。

イーサンの揺らぎはいつも通りの灰色。

だけど何か、いつもより深い色をしている気がした。


「……わかった?」


「はい。術式の“癖”で、家が絞れました」


私は息をのむ。


イーサンは静かに続けた。


「この術……“心を緩める”効果を持つようです。主に医療用として使われるようです。」


「……医療用?」


「はい。患者の不安を軽減したり、痛みや恐怖を少しだけ鈍らせるためのものです。本来であれば、こう言った悪巧みに使われるものではありません。」


私は思わず布包みに視線を向けた。


(…そんな魔術…なんてこと)


「ですが、これは”粗悪品”です」


イーサンの声が硬くなる。


「術式の組み方が適当で、香りも本来なら出るはずのない“甘すぎる匂い”。素人が…“真似て作った”痕跡があります」


真似て作った——?


イーサンは小さく頷いた。


「術そのものを組んだのは、おそらく別の家ですが…“この紙”は、その術式を盗んだ者が、見よう見まねで再現したものだと考えています」


私は指をぎゅっと握りしめた。


「……盗んだ?」


「はい。この術式を使う家を探しました」


イーサンの灰色が少し沈む。


「——見つかりました」


私は息を止める。


イーサンは淡々と、しかし慎重に言葉を紡いだ。


「“アルテン家”という小貴族家です。医療系の魔術研究で知られた家でしたが…数ヶ月前に“内部崩壊”し、領地を手放しています」


「…内部…崩壊?」


「家の者が急に判断を誤り、財産を不自然に処分し出したという噂があります」


私は喉がつまる。


(なにそれ…洗脳みたいなもの…?)


イーサンは続けた。


「そしてアルテン家が没落する直前、“身元不確かな青年”が頻繁に出入りしていた、という記録も残っていました」


私は顔をあげた。


イーサンの瞳は静かで、揺らがない。


「名前は……“エリオット”」


部屋が、すっと冷えた気がした。


(…前の家…で術式を盗んだ……そして次のターゲットはローレンス家)


イーサンはクララの様子を確認しながら言葉を続ける。


「おそらく、アルテン家で術式の一部を盗み、粗悪な形で再現し……ローレンス家を次の標的にしたのでしょう」


胸の奥がズキッと痛む。


(だから……あんな濁った紫の色……)


エリオットが私を見るたびに混ざる赤。クララだけを見るとき、濁りが強くなる理由。


イーサンが低い声で言った。


「……クララ様。エリオット様は、あなたに“効かない”ことに気づき始めています」


心臓がドクンと跳ねる。


「“あなたは他の人と違う”。おそらくそう感じているのでしょう。それが…クララ様の言う赤い揺らぎなのだと思います。」


(……やっぱり)


「…だからなのね…。昨日…濁った黒紫に…赤い色が毒々しかった…」


私の声は震えていた。


「ええ。おそらくは…“興味”と“警戒”の混じったものなのでしょう」


興味。

警戒。


私は唇をかんだ。


「…イーサン…私…どうしたら…」


イーサンはゆっくり私の前に膝をついた。

いつもと同じ、静かで確実な動き。


「クララ様が思い悩む必要はございません」


(え…)


「私が、クララ様をお守りいたします」


その言葉は、揺らぎのない灰色だった。


嘘がない。

穏やかで、硬くて、まっすぐ。


胸の奥にあたたかいものが灯る。


(……ああ…昨日のイーサンの赤は…怖い赤じゃなかった…)


エリオットの赤は冷たく、ざらついていた。

でも、イーサンの赤は——


私は小さく、息を吐く。


「…イーサン。ありがとう」


「…いえ」


彼の灰色に、ほんの一瞬だけ青が混じった気がした。

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