祖母の思い出とイーサン
イーサンと短く会話を交わしたあと、私はダイニングの奥にある窓際へ歩いた。
外の光は優しくて、家の中に残る“色疲れ”が少し薄らぐ。
揺らぎが多い日は、決まって思い出す記憶がある。
——祖母マルグリット。
あの人の揺らぎだけは、どんな日も穏やかで、澄んでいた。
———
まだ今より幼かった頃。
私は母のスカートを掴んで部屋に入るたび、胸の奥がざわざわしていた。
青、桃色、黄色、赤、灰色。
いろんな色がぶわっと押し寄せてくるのが怖かった。
「どうしたの、クララ。泣いているの?」
祖母は膝を折り、私の顔をじっと覗き込んだ。
「ねえ、クララ。……どんな“色”が見えているの?」
その言葉で、私ははじめて気づいた。
(おばあちゃんは…色…見えるの?)
祖母は微笑んだ。
その揺らぎは、深い湖みたいな水色だった。
「お前は“揺らぎ”が見える子だよ。昔の私も少しだけ見えていたのよ」
私は小さく震えながら、見える色を指でさした。
「……あの人、怖い色…赤い……。でも、声は優しい……」
「うん。人の心は“色”と“言葉”が違うときがあるのさ」
「なんで?」
「大人はね……時々、自分の心を隠すんだよ。でも、色のほうが本音に近い」
祖母はそう言って、私の頭にそっと手を置いた。
「だからクララ。これは他の人には言わない方がいい。“見える”というだけで、欲を出す者がいるからね」
欲。
計算。
利用される可能性。
…そんな言葉を、祖母は穏やかに、でも強く言った。
「クララは優しい子だから…色を見て疲れるなら、無理をしなくていい」
——その日だけは、色が怖くなかった。
————
…遠い記憶が温かく揺れる。
祖母の揺らぎは、水のように澄んでいて、胸がやっと静かになったのを覚えている。
(……おばあちゃんが見えていたから、私はこの世界に置いていかれずに済んだわ)
「クララ様」
振り返ると、イーサンが数歩後ろに立っていた。
いつからそこにいたのかわからない。
「少し、お顔の色が優れません」
(……顔色で判断してくれるのが、すごく安心する)
「……思い出してただけ」
私は窓の外を見たまま言った。
私は基本的にこんなこと絶対に口にしない。
でもイーサンには、不思議と話しやすい。
「祖母上の……?」
イーサンの問いは、踏み込みが浅い。
けれど“聞いてほしいかどうか”だけは正確に見抜いてくれる。
「……うん」
それ以上は聞かない。
それ以上は踏み込まない。
けれど、そばにはいてくれる。
…この距離感が、祖母マルグリットに似ていて少しだけ胸が温かくなる。
「エリオット様の件もあります。本日は特に、気を張る必要はありません。……どうか、少しお休みください」
その声音はいつもの静かな灰色。
でも、そこに微かに青みが差す。
私が疲れているときにだけ見える色。
(……イーサンって、本当にすごい)
祖母がいなくなったあと、色の世界で一人になりそうだった私を支えてくれたのは、この静かな従者の存在だった。
外の光が揺れ、黒紫の残滓がゆっくり薄れていく。
——私は少しだけ深い呼吸をした。




