色が騒がしい日
応接室での応対が終わり、私はダイニングの隅へ静かに戻った。
ローレンス家の朝はいつも落ち着いている。
けれど今日は、空気の下にざわざわしたものが渦巻いていた。
…色が多すぎる。
人の感情は揺らぎとして残る。
母の桃色、兄の青、使用人たちの黄色。
その奥に沈殿する、濁った黒紫…エリオットの色。
緊張、焦り、欲望、計算。
混じり合って重く濁っている。
(……今日の家、見てるだけで疲れる)
「クララ、疲れたでしょう? 本当に大丈夫?」
母セリーヌが心配そうに寄ってくる。
その揺らぎは優しい桃色で、嘘がないから好きだ。
(大丈夫……ではないけど、説明するともっと疲れる)
「……ん」
私は小さく頷くだけにした。
母の色がほっと明るくなる。
「お飲み物を」
イーサンが無音で近づき、カップを置いた。
それだけで空気の乱れがすっと整う気がする。
湯気の色は淡いオレンジ。甘さが混じっている。
「……甘いの、入ってる?」
小声で尋ねると、イーサンは自然に頷いた。
「はい。本日は…表情もいつもより固かったので」
(…よくわかるわね……)
イーサンはもちろん私と違って色を見ていない。
でも私が“色で疲れる”人だと、長い時間をかけて理解してくれている。
「クララ、本当に無理しないでいいのよ?あの方と話したから、緊張したんでしょう」
母の声は優しくて、桃色がふわりと揺れる。
(緊張じゃないんだよな……色が…矛盾が多すぎるのよね…)
「ねえクララ。少しお部屋で休む? お茶のおかわり持っていくわ」
ああ…母のその気遣いの色、癒される。
でも今は、頭が重くてうまく整理できない。
「……ん、大丈夫」
「そう?じゃあ…少し使用人たちと今日の予定の確認をしてくるわね。何かあったらイーサンに言うのよ?」
母は心底私を気遣う桃色を残して、部屋を出ていった。
———扉が閉まる。
その瞬間、イーサンの“距離の詰め方”は変わる。
音ひとつなく、私の横に立つ。
この静けさは、いつも“二人きりになったとき”の合図だ。
「クララ様」
低い声が空気を落ち着かせる。
「……先ほどのエリオット様ですが」
(やっぱり来た)
「クララ様は、強い違和感を覚えておられましたね」
私は瞳をそっと動かす。
言葉より、色のほうが早く頭に浮かぶから。
「……言葉と、態度が噛み合っていなかった。そういうことでしょうか?」
(……そう)
私は小さく頷いた。
イーサンは色を知らない。
けれど、私の“沈黙の深さ”で全部読んでしまう。
「自己紹介のあと…クララ様が視線をそらし、息を詰められた瞬間がありました」
(そこ……見てたんだ)
「……あれは、“重い種類”の違和感を覚えられた時の反応です」
色という表現は使わない。
でも、“黒と紫と赤の濁り”を、イーサンは別の言葉で正確に言い表す。
(そう……濁っていた。全部)
「エリオット様は、ローレンス家に深い興味をお持ちのようです。視線の動きも、観察の癖がありました」
(わかる……色が、なんというか、強欲じみていたわ…)
「しばらくは私が近くにおります」
イーサンは淡々と告げる。
優しくもしないし、焦った声でもない。
ただ揺らぎのない灰色の声。
その落ち着きが、一番安心する。
「……ありがと」
たった一言。
でも、イーサンにはこれで十分伝わる。
イーサンの瞳に、かすかに青みが差す。
…安心の色。
イーサンは私と違って揺らぎの色は見えないはずなのに、まるで見えているような…そんな気がした。
黒紫の揺らぎが家中に渦巻く日でも、イーサンの静けさは、私には“呼吸しやすい色”だ。




