灰色の誓い(イーサン視点)
数日後の午後。
ローレンス家の客間は穏やかな陽光に照らされていた。
クララ様は静かに窓辺を見つめている。
その横顔を、私は少し離れた位置から見守っていた。
(……“揺らぎの眼”の力。そういう理由だったのか)
あの日々の謎が、ようやく一本の線で繋がった気がした。
しかし、私が知っているのは結果論だ。
クララ様自身が言い出さなかったのには理由がある。
それでも――
私は、知らぬままでもずっと気づこうとしていた。
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クララ様が十歳の頃。
庭で遊んでいたはずのクララ様が、突然動かなくなった。
風に揺れる草花をじっと見つめ、焦点の合わない瞳で微かに震えている。
「クララ様……?」
呼びかけても返事はなく、ただ、何か見えないものに怯えているようだった。
やっと言葉を発した時の一言。
「……風が、変に見えたの」
当時の私は、その意味を理解できなかった。
けれど——
あの“視線の泳ぎ方”だけは、強烈に記憶に残った。
それ以来、私は“クララ様の目の動き”を誰よりも注視するようになった。
どんなに小さくても、あの時の揺れを見逃さないように。
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そして次はクララ様が十五歳になったある日。
クララ様は突然、声を失った。
家族も慌てていたが、誰も理由が分からない。
けれど……私はすぐに気づいた。
呼吸が浅い。
視線が揺れている。
手が震えている。
これは身体の不調ではなく、“何かに圧倒された時の反応”だと。
その確信があった。
私はただ、そばに立ち、呼吸のリズムを落とさないよう気遣いながら見守った。
声が戻った後、クララ様は静かに言った。
「……ごめん」
謝る必要などない。
だが、理由を言わないのは“言えない”のではなく、“説明できない”のだと感じた。
だから私は決めた。
クララ様の“呼吸の乱れ”だけは絶対に見逃さない……と。
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そして事件の前夜。
クララ様は廊下で小さく震えていた。
「……色が、にじむ……」
意味は分からなかった。
だが、あのときのクララ様の“肩の震え方”は、昔と同じだった。
言葉より先に、身体が恐怖を語っていた。
だから私は、そっと寄り添い、声よりも“距離と呼吸”で安心させようとした。
(……守れるのかと怯えたのは私の方だった)
真実を知って、ようやく理解した。
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そして現在、クララ様が窓辺に立ち、柔らかな光の中で穏やかに息をしている。
私は控えめに声をかける。
「クララ様……お茶をお持ちいたします」
「……うん。お願い」
その声音を聞いた時、胸の奥が静かに安堵で満たされた。
(……無事で、本当に良かった)
⸻
私は色の意味を知らなくても、
感情の流れを読む能力などなくても、
クララ様のわずかな変化に気づく訓練を、自分で積み重ねてきた。
彼女が理由を知らなくても、説明されなくても、
視線の揺れも、肩の震えも
呼吸の変化も————
ずっと、気づけるように努めてきた。
そして今、真実を知った私は、さらに強く思うのだ。
(……これから先は、二度と一人で震えさせない)
色の揺らぎを理解していなくてもいい。
ただ、クララ様が揺らぐ前に気づき、守る。
それが従者としての使命であり、
言葉にならないほど大切な誓いだった。




