閉ざされる温室
ローレンス邸の庭の奥。
昼の光が柔らかく差し込む温室や、そこへ向かう道は本来なら草花の香りに満ちた穏やかな場所だ。
けれど今日は、その空気に、うっすら甘い匂いが混じっていた。
(…エリオットの“残滓”……温室に向かって濃くなってる)
胸がひやりと冷える。
イーサンは半歩前に立ち、静かに言った。
「クララ様……呼吸を整えて。」
(…うん)
イーサンの灰色は今日も揺らがない。ただ強く、鋭く澄んでいる。
温室の扉へ近づいた瞬間、外の影から、アルフォンスの“存在が揺れた”。
声は聞こえない。けれど、魔力の流れが “注意しろ” と告げるように震える。
(アルフォンス様…)
そして扉が、ゆっくり開いた。
「クララ様。お待ちしておりました」
エリオットが微笑んで立っていた。
甘く優しい声とは裏腹に、
黒紫
赤
金
その揺らぎは濁り、跳ね、まとわりつく。
(……今日は…色が濃い…特に…金がはっきり出てる……)
イーサンの灰色が、刃のように鋭くなる。
⸻
そして温室の扉が閉じた瞬間
カチン
小さな金属音。
だがそれは、普通の鍵の音ではない。
イーサンは即座に見抜いた。
「クララ様……“内部閉鎖型の結界”です」
(!!)
逃げ道が閉ざされた。
外のアルフォンスにも、こちらの声は届かない。
だが、温室の魔力が変質したことでアルフォンスの“魔力の嗅覚”には届いているはずだった。
(……アルフォンス様…気づいて……!)
⸻
エリオットは優雅な笑みのまま、まるで花に触れるように近づいてくる。
(黒紫がねっとりと、赤は焦りと興奮だろうか、そして金は決断…全部……私に向けてる……)
イーサンが私の横で声を潜めた。
「クララ様……練習どおり、“焦点を緩めて”」
私は目の奥をゆるめ、“誘導にかかったふり”をはじめた。
「クララ様…あなたは、他の方とは違いますね」
金色がチリ、と震える。
(……気づいてる……!私が“見ている”って……)
誘導されたふりをしてか細い声で返す。
「……はい……少しだけ……」
その瞬間、
黒紫がすっと細くなり、赤が収まる。
(…よし…本当に誘導にかかったと思ってる)
エリオットはもう一歩近づく。
指が触れそうな距離。
「クララ様……あなたは私を……信じてくれますか?」
その言葉と同時に
金色が弾けた。
(……来た!!…“本命の誘導術”の発動……!!)
空気が震え、温室全体の魔力がひずむ。
イーサンが私を抱き寄せ、低く囁いた。
「目を閉じて、今は危険です。」
私は震える息を吐き、ぎりぎりで視線をそらして目を閉じた。
———
温室の外。
アルフォンスは、結界越しに魔力の流れを聞いていた。
その瞬間、金色の誘導が炸裂した反動で、結界に波紋が走る。
「……今のは…誘導術の“決着点”……!!クララ嬢……無事避けたか?? 頼むぞ……!!」
杖を強く握り、結界の破壊点を探す。
「……この結界…術式は粗悪だが…誘導を定着させるために“外部を遮断”しておる…おそらくはクララ嬢ひとりを閉じ込める罠……!」
怒りで老人の声が震える。
「醜悪な…!!」
⸻
クララは目を閉じたまま、
震える心を抑え、そっと言葉を絞り出す。
「……信じてます…少しだけ……」
エリオットの色が
金 → 崩れ
赤 → 混乱
黒紫 → ざわりと荒れ狂う
イーサンが私の手を強く握る。
エリオットは、信じられないという顔で呟く。
「……どうして……効かない……?どうして……落ちない……?」
黒紫が、泡立つように荒れはじめる。
その瞬間――
外側で、結界に亀裂が走った。
⸻
バリン!!
温室の扉が割れるように開き、光と風が一気に流れ込む。
アルフォンスが姿を現す。
老人の瞳は怒りに燃え、杖先には魔力の火が宿っていた。
「――そこまでだ!!ローレンス家に対する“誘導術犯罪”を確認した!観念しろ、エリオット!!」
エリオットの揺らぎが、黒紫・赤・金すべて混ざり、ぐしゃりと歪む。
(……ついに……!)
イーサンが私を守るように前に立つ。
私は震える膝で立ち上がり、その光景を見つめた。
(……これは……終わりじゃない…)
温室の空気は、
決戦の前触れのように震えていた。




