金色が示すもの
エリオットが去った応接室には、
甘い残滓だけが薄く漂っていた。
扉が閉まる音を合図に、
アルフォンスが静かに息を吐く。
「……金、か」
イーサンの灰色は深い青を揺らし、私の肩をそっと支えた。
「クララ様。ご無事で何よりです」
(……怖かった……)
私は胸を押さえながら、かすかに頷く。
「…ねぇ、あの金色って……何なんですか?」
アルフォンスは杖の先で床をコツ、と叩いた。
「“術を定着させる覚悟の色”だ」
(……覚悟……?)
老人は続ける。
「誘導術を使う側が、標的を“完全に手に入れる”と決めた時にだけ現れる。甘い誘導は前座……金色は、その後に続く“本番の術”の予兆だ」
ゾッとした。
(……つまり……私を……)
イーサンの青が鋭く震える。
「クララ様に危害を加える……あるいは、精神そのものを掌握したいという意思……?」
アルフォンスは短く頷いた。
「そのどちらでもおかしくないな。いずれにせよ、今のローレンス家では防ぎきれぬ」
応接室の空気がぱき、と緊張した。
⸻
私は震えながら聞いた。
「……じゃあ……なんで今、エリオットを捕まえられないんですか……?」
老人は、重いまなざしで私を見た。
「魔術犯罪は“直接証拠”か“現行犯”以外では拘束できん。誘導臭も贈り物も状況証拠に過ぎんのだ。…つまり、奴自身の魔力痕跡を、決定的な形で押さえねばならぬ」
(……そんな……)
アルフォンスの声は、厳しいが説明は丁寧だった。
「金色が出たということは、やつは近く“本番の術”を使うというサインだ。その時こそ、確実に魔力の残滓が残る。……捕らえるなら、その瞬間だ」
私は無意識に手を握りしめていた。
(……つまり……私を狙う瞬間……)
⸻
アルフォンスは低く宣言する。
「……“対抗術式の結界”を張る必要がある。クララ嬢を守るための盾だ」
(……結界……)
「ただし、家族には悟られぬようにな。エリオットは家族が“誘導済み”だと信じている。今やつが最も警戒しているのは……君だけだ」
(……私が…狙われてる……)
怖い。
逃げたい。
でも――
(……逃げたら、家族が危ない)
私は唇を噛んだ。
⸻
「どうすれば……?」
イーサンが迷いなく答える。
「次は、クララ様を“直接”動かそうとするはずです」
(直接……)
アルフォンスが鋭く頷く。
「家族の目の届かぬ“場所”へ誘うだろうな。それが“本番”の合図だ」
その瞬間、エリオットが帰り際に見せた笑顔が脳裏をかすめた。
(……“また近いうちに”……)
アルフォンスが静かに言う。
「クララ嬢。次の誘い……受けるのだ」
(……っ)
イーサンも声を潜める。
「危険ですが…“罠として逆に利用”できます」
胸が高鳴り、手が震える。
「で、でも……私……色がにじんで……また読み誤ったら……」
イーサンが、そっと私の震えた手を包む。
「クララ様は今日、完璧でした」
(……っ……)
「読み違えは、すべて私が補います。揺らぎの速度は、アルフォンス様が読む」
老人も即座に言った。
「そして何かあれば、私が“直接割って入る”。術者ごと叩き伏せる覚悟はある」
二人の声は違う色なのに、なぜだか同じ温度で響いた。
(……大丈夫……怖いけど……大丈夫……)
私は深呼吸し、ゆっくり言葉を絞った。
「……分かったわ。次の誘い……受ける」
アルフォンスが満足げに笑う。
「よく言った。それが——“標的”ではなく“狩る側”の構えだ」
(……狩る……側……)
老人の瞳が獣のように細まる。
「狩られるふりをして、喉元に噛みつく。それが反撃の基本だ」
(……!)
イーサンも拳を握る。
私の胸の奥で、青が静かに震えた。
(……私は逃げない)
その時――
コン……
使用人の控えめなノック。
「……クララ様。エリオット様より、お手紙が届いております」
部屋の空気が、瞬時に凍りついた。
イーサンの青が鋭く光り、アルフォンスの瞳が細くなる。
老人は封筒に漂う甘い匂いを嗅ぎ、呟く。
「……これは“誘いの術式”の匂いだ。クララ嬢……奴は、もう次へ動いておる」
イーサンが私の手を握りしめる。
「ここから先は……一歩も離れません」
胸の奥の色が震えた。
——ついに、動き出した。




