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私とチーポは、「JUSTA」にある私のマイルームにいた。先日確保したあの男の携帯端末。そこに入っていたAI人格から、色々と情報を聞き出すためだ。
「さぁて、悪いけど、ホルン、っていったっポね。今日はキミにとって、多分今までで最悪の一日になるポよ~」
そのAI人格はどうやら「ホルン」という名前らしい。目元にはなにやら黒いペイントがされており、金髪のショートヘアーにチーポと似た形状のグルグル眼鏡をかけている。
チーポと同じライムに属するAI人格のようだったが、このDEF空間において、ライムというAI人格は、みんなこのような格好をしているのだろうか。
名前についてはライム同士のネットワークを使って引き出していたが、ここから先はなかば実力行使という形になるようだった。
「さ、最悪の一日って……、な、なんだ、ソイツはヨ……」
「フッフッフッ。これはボクお手製の拷問器具だポ。これで、キミをいたぶってやるんだポ~」
チーポの両手には、なにやら小さな火花が光る電流棒のようなものが握られている。これを使って、チーポは人間でいうところの「電気ショック」を与えようとしているのだろうか。
「お、おい! ち、ちょっと待てヨ! そ、そんなもん、使うんじゃねぇヨ!」
「ダメポ~。るーたちを騙そうとした罪、その身にタップリ思い知らせてやるポ」
ホルンは身の危険を感じたのだろうけれど、全身をしっかりと拘束されている今の状態では、その場から動くこともままならない。
チーポはニヤリとした笑顔を浮かべながら、両手に持っている電流棒をホルンの左右の脇腹付近にあてがった。
「おいおいおい! だ、だから、やめろって……、アッ、アハハハハハッ!」
すると、ホルンの口から突然笑い声が溢れ出してきた。それまで反抗的だったホルンが、まるで全身をくすぐられているかのように全身をくねらせている。
「ホラホラ! どうだポ? ボクお手製の「くすぐり電流棒」の味は? さぁ、これ以上くすぐられたくなかったら、早く白状するポ!」
「い、いや! アタシはなにも知らない! なにも知らないんだヨ! ほ、本当だヨ! アッ! アハハハハハッ!」
抵抗しようとするホルンに対し、チーポはそのくすぐり電流棒でホルンの全身を撫で回していく。そのたびにホルンの口からくすぐりによる笑い声が漏れ出していくのが見て取れた。
「あのおっさんは、るーになにをしようとしていたんだポ? サイダーって偽名を使って、るーに近づいた目的はなんだポ?」
「だ、だから! アタシはなにも知らないんだヨ! ただ、あのおっさんの命令に従っていただけで……、アァッ! キャハハハハッ!」
「ぬぅぅ、なかなかしぶといポね~。それなら、こうしてやるポよ~。くぬやろ~、くぬやる~」
目的はホルンから情報を聞き出すこと。それは私も分かっているのだけど、チーポがホルンに対してしていることは、どう見ても拷問だとは思えない。
まるでチーポが、ホルンの身体を格好のおもちゃのようにして遊んでいるような、そんな光景にも見える。
「わ、分かった! 言う! 言うから、もう勘弁してくれヨ~!」
「よぉし、やっと素直になったポね。さぁ、言うポよ。あのおっさんの目的はなんだポ?」
「あのおっさんの正体は、アタシもよく知らないんだヨ。ただ、この間、おっさんが誰かと妙なことを話していたのを、聞いたんだヨ……」
これ以上くすぐられたら、さすがのライムも人格異常が発生してしまうだろう。ホルンはついに観念し、チーポに情報を話し始めた。
「妙なこと? それはなんだポ?」
「確か、「DEFが人格アップロードを計画している」とか言っていたヨ……。そ、そのことなら、アタシも少しは知っているから、だから、それで勘弁してくれヨ……」
人格アップロード。その言葉を聞いた瞬間、私は直感的に不穏な予感を覚えていた。
その後、ホルンから聞き出すことができた情報は、主にDEFの人格アップロードに関することが中心だった。
それによると、人格アップロードとは、現実世界からオンライン上の世界に移住を行うサービスの総称だという。
すでに一部のDEFヘビーユーザーの間では噂として広まっており、「格上げ」「アゲる」などのスラングが生まれるほどになっている、ということだった。
「……ホルン、その情報に嘘はないポね? もし嘘だったら、その時は……」
「う、嘘じゃねぇ! 嘘じゃねぇヨ! あ、アタシも、正直その人格アップロードのことは、ちょっと胡散臭ぇって思っているんだヨ……」
チーポが念を押すようにくすぐり電流棒を見せつけると、ホルンはもうやめてくれと言わんばかりに後ずさりしていった。
あのくすぐり拷問が、よほど堪えたのだろう。とはいえ、チーポが誰かを故意に傷付ける場面を見ずに済んだのは、私にとってもありがたい話だった。
「そうよね。それってつまり、肉体を捨てて、人格だけをオンライン上に移し替えるってことだものね。大昔に流行った、異世界転生モノの変形版って言えばいいのかしら?」
「だけど、これが実用化されたら恐ろしいことになるポ。捨てられた肉体の問題や、そもそも生命とはなにかっていう、生物の根源を揺るがす大問題になるポよ」
私が先程抱いた不穏な予感。それを、チーポが見事に言語化してくれていた。
私自身も、現実世界に忌避間を覚えて、この「DEF」空間に没頭していた。でも、今ならはっきりと言える。それは決して良くないことだと。
「そうね。もしかしたら、この人格アップロードって、前にシギって人が言っていた「カオスフィールド」のこととも関係があるのかも……」
私は、この人格アップロードとカオスフィールドに、なんらかの関連性があると考えていた。
人格データを「DEF」に移し、そのデータを今度はカオスフィールドに移し替える。それが、この計画の柱の一つであるのかも知れない。
もしかしたら、サイダーはこの計画の人柱にされたのだろうか。そして、あの男がサイダーのアカウントを乗っ取り、私に接近しようとした。
「さぁて、お前はもう用なしポよ。悪いけど、ここでおさらば……」
「ま、待ってくれ! もし、人格アップロードのことを調べようっていうなら、アタシも連れて行ってくれヨ!」
チーポが、お前にもう用はないと言わんばかりに、ホルンのデータを削除しようとした。しかし、ホルンはそこである取引を私たちに持ち掛けてきた。
「なにを言っているポ? るーを苦しめた罪、その身で後悔するといいポよ」
「いや、違うんだ! アタシも色々気になることがあるんだヨ! それに、ライドのスゴイMODのデータも、アンタたちにくれてやるから!」
どうやら、ホルンも引っかかっているところがあったらしい。私たちにライドのMODを提供してくれると言っているあたり、その思いに嘘はないのだろう。
「……るー、こいつ、どうするポ?」
「連れて行ってあげましょう。ホルンも、色々と知りたいことがあるでしょうし、私も、そのスゴイMODがなんなのか、ちょっと気になっているから」
「……るーがそう言うなら、仕方がないポね……。ホルン、命拾いしたポね。るーにちゃんと感謝するポよ」
結局、ホルンも同行する形で、私たちは人格アップロード計画の真相を調査することになった。その先に、サイダーがいるはずだと信じて。
「それにしても、またこれに乗ることになるなんてね。しかも、今回はホルンの新しいMODまでインストールできちゃったし」
私たちは再度「TRAX-Mk2」に乗り込み、DEFの深層を目指して進んでいた。
ホルンがくれた新しいMODは「メガロファズ」と呼ばれるもので、なんでもTRAX-Mk2のような戦闘機にはうってつけのMODであるらしい。
「るー、早速敵が来たポよ! 戦闘態勢ポ!」
「了解! このメガロファズの威力も、試してみなくっちゃね!」
チーポが敵機の接近を知らせると、私は早速そのメガロファズの威力を試してみることにした。
ホルンから、できる限り敵が密集しているところで使うとより効果的だと聞いていたため、私は敵を誘導しながら、自分の周りに集めていった。
「よし、今だわ!」
敵が十分に集まったタイミングを見て、私はメガロファズを発動した。すると、男性の叫び声のような奇妙な音が聞こえてきた直後、TRAX-Mk2の周辺に炎のようなエリアが形成された。
その炎は、敵の攻撃を一瞬でかき消すと同時に、敵機にもダメージを与え、次々と撃墜していった。
「こ、これは……。確かにスゴイ威力ね……」
「だヨな? だヨな? やっぱり、アタシを連れてきて正解だったろ?」
「あまり調子に乗らない方がいいポよ。また下手な真似をしたら、その時は……」
私がメガロファズの威力に驚いていると、ホルンが自慢気に返事をした。しかし、そこへチーポがあのくすぐり電流棒をホルンに向け、調子に乗るなと言い放った。
「わ、分かっているヨ。全く、アタシだって、自分の立場ぐらい、心得ているヨ……」
途端にしぼんでしまうホルンだったが、私はこのホルンのことは、それほど嫌いではなかった。
私はこのメガロファズをさらに使い続け、そしてどうやらこのメガロファズは、こちらが敵に攻撃することで、その敵機のエネルギーを吸収して利用することができるらしい、と分かった。
これなら、何度でもメガロファズを使うことができる。エネルギーを補給するタイミングが問題になるけれど、そこはチーポのサポートもあるし、あまり心配していなかった。
「るー! 前方に巨大な敵機ポ! 気を付けるポよ!」
突然、私たちの目の前に巨大な敵機が出現した。巨大な顔のモニターがついたその敵機は、他の敵機よりもはるかに巨大で、攻撃力も相当に高いと思われた。
「なに、このボッソボッソのガキw。はっ」
いきなり、その敵機から私に向けて悪口が放たれた。私はその声に聞き覚えがあった。その正体は、以前自宅に配達をしてきて自分に悪口を言ってきた小太りのピザ屋のバイトの店員の若者だった。
「あっ、あなたは……。悪いけど、今はあなたの相手をしている場合じゃないの。そこを通してもらうわよ!」
「あぁ、面倒臭いなぁ。でも、これも仕事だし、やるしかねぁかぁ」
一見気怠そうな声を放ちながら、その敵機が攻撃を仕掛けてきた。その攻撃力は、やはり今までの敵機とは全く比べ物にならなかった。大量の弾幕がTRAX-Mk2に襲い掛かる。物量にものを言わせ、私たちを圧倒するつもりなのだろうか。
「来たわね。そうはさせないわよ!」
しかし、今の私たちにはメガロファズがある。私はメガロファズを発動し、敵機の弾幕をことごとくかき消していった。
ひっきりなしに襲い掛かってくる弾幕に対し、私は敵機に攻撃をしながら、そのエネルギーを少しずつ吸収し、メガロファズ発動の態勢を整える。
そして、敵機の懐に飛び込んではメガロファズを発動し、敵の攻撃の無力化と敵機へのダメージ攻撃を同時に繰り出していった。
「今だわ! これで、とどめ!」
メガロファズの威力によって、敵機は確実に弱っていった。私はこの隙を逃すまいと、露出した敵機のコア目掛けて、一気にメガロファズを撃ち込んでいった。
「あぁっ! ……あーあ、全然ダメだわ、こりゃ……。つまんねぇの……」
メガロファズは、敵機のコアを破壊することに成功し、その衝撃によって、敵機は大爆発を起こした。最後に、あの若者の声が聞こえたような気がしたけれど、その時の私にそこまで気を回すだけの余裕はなかった。
「なんとか勝ったわね。それにしても、このメガロファズっていうMOD、想像以上の攻撃力ね」
「そうだポね。……ホルン、一つ聞きたいんだポ。このメガロファズ、どこでどうやって手に入れたんだポ……?」
巨大な敵機を撃破し、一旦周辺も落ち着いた頃合いを見計らい、私たちはホルンにメガロファズのことを尋ねてみた。
「それが、アタシにもよく分からねぇんだヨ……」
しかし、ホルンからの返事は、どうにも要領を得ないものだった。
「よく分からないって、どういうことポよ……? ひょっとして、DEFの隠しカメラが仕込んであるポか……?」
「な、ないない! 誓ってそれはないヨ! 大体、こんなMODがあったら、そもそもDEFが放っておくわけねぇしヨ……」
チーポはホルンが実はDEFのスパイなのではないかという疑惑を抱いていた。ホルンは慌ててそれを否定すると同時に、DEFの動きにも奇妙な点があると感じているようだった。
確かに、これほどの攻撃力を持つMODに、DEFが気付かないわけがない。DEFは本当にメガロファズのことを知らないのか、それとも知った上で、大した問題ではないと判断しているのだろうか。
「とりあえず、先を急ぎましょう。このメガロファズがあれば、大抵の敵は大丈夫だと思うから」
とはいえ、サイダーの居場所を突き止める希望が生まれたことは、紛れもない事実だった。私はTRAX-Mk2を操縦し、DEFのさらに深層を目指していった。




