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 ここ最近、チーポの様子がおかしい。数少ない「JUSTA」のプレイ仲間だった「サイダー」が突然行方不明になり、私は彼女の行方を突き止めるために「DEF」空間の調査を続けていた。

 「シギ」と名乗る女性から、この件からは足を洗った方が良い、と忠告されていたけれど、私はどうしてもサイダーを諦めることができなかった。

 だけど、チーポも私にとっては大切な相棒だ。たとえAI人格という、プログラミングされた存在であったとしても、私にとって頼れる仲間であるという事実に変わりはなかった。

「大丈夫、チーポ?」

「うぅ、ぎぼちわるいボ~……。なんだか、誰かのライムに干渉されたような……。最近、また変なウィルスが出回っているみたいだポ……」

 私がチーポに声を掛けると、チーポは普段の印象からはあまりにかけ離れた力ない声で返事をした。

 AI人格であるが故に、チーポは普通の人間が注意するような病原菌の影響は受けない。その代わり、コンピューターウィルスという、電子世界の破壊者の影響からは免れない。

 そして、チーポに異変が発生するのとほぼ時を同じくして、私の周りにも、奇妙な出来事が連続で発生するようになっていった。

 ある時は身に覚えのないアドレスから明らかに不審なメールが来たり、またある時は自宅の電話にワンギリが、酷い時には一日百回以上起こることもあった。

 それだけなら、まだ大した実害はなかったのだけれど、加えてやはり一切頼んだ覚えのない荷物が届けられたり、深夜に近所でけたたましい音を鳴らしながら工事が行われるようにもなった。

 一体なんだろうと私が思っていると、警察が昼夜を問わず私の自宅の周辺に出没するようになった。単なるパトロールにしては、どうにも頻度が多すぎる。

 そして、チーポの異変は相変わらず収まる気配がなかった。これは何者かが私を監視しているに違いない。確証はなかったけれど、数々の状況証拠が、私にそう警告を鳴らしていた。


 そんなある日のこと。私はなんの気なしにパソコンで調べ物をしていた。一時期は様々な異変に随分と悩まされていたけれど、今はそれもある程度収まっていた。

「……んっ? こ、このアドレスは……、さ、サイダー……?」

 その時。私はあるメールの受信を知らせるサインを受け取った。そこに表示されたアドレスは、紛れもないサイダーのものだった。

「……ど、どういうことかしら……? 急に、あの子からメールが届くなんて……?」

 周囲の異変がまだ完全に収まっていない以上、このメールも偽のサイダーが仕組んだスパムメールという可能性もある。

 私は慎重にそのメールを開いた。自動的にウィルスチェックが行われ、特に問題ないという結果が表示された。

「……どうやら、ウィルスは大丈夫みたいね。……えぇと、これは……?」

 私は改めてそのメールに目を通した。すると、そこには私の境遇を知って以来、ずっと一人で悩んでいた。そこで、久しぶりにリアルで会って話がしたい、と書かれて、そのメールは締めくくられていた。

「……サイダーが、私の境遇を知って、悩んでいた……? でも、どうして今頃になって、そんな……」

 一通りメールを読み終えた私は、本当にこのメールがサイダーから送られたものなのか、すぐには信じることができなかった。

 一人で悩んでいたというなら、何故なにも言わずに私の前から姿を消したのか。前々から口にしていた、現実世界に対する嫌悪感は、今はもうなくなっているのか。

「……色々気になるけれど、ひとまず確かめてみる必要はあるわね。私も、どうして突然姿を消したのか、サイダーの口から直接聞きたいし」

 少し考えた後、私はそのメールの返信として、リアルで会う約束を取り付けた。

 ……それが、予期せぬ事件の幕開けであることなど、この時の私は知る由もなかった。


「さて、今日はサイダーに久しぶりに会える日ね。あれから何があったのか、色々話してくれるかしら? あぁ、なんだか、もう緊張してきちゃったわ」

 そして数日後。いよいよサイダーとの約束の日を迎えた。私は近所の公園で、サイダーが来るのを待ちながら、一体なにを話そうか、あれこれ思案していた。

 果たしてサイダーは本当に来てくれるのか。あの神隠し事件の真相を、私に話してくれるのだろうか。

「る、るー! た、大変ポ!」

 そこへ、チーポが血相を変えたような表情で私の前に現れた。AI人格でありながら、高度な感情プログラムを備えたチーポは、このように本物の人間とほぼ変わらない感情表現をすることができる。

「どうしたのよ、チーポ?」

「るー! 今すぐここから逃げるポ! もしかしたら、とんでもない事件に巻き込まれるかも知れないポよ!」

 あまりにも慌てふためいているチーポを見て、私はさすがに只事ではないと思わずにはいられなかった。私は一旦チーポを落ち着かせると、なにがあったのか説明を求めた。

 しかし、それに対するチーポの返答は、私の想像をはるかに絶する衝撃をもたらすものだった。

「……な、なんですって……? さ、サイダーが、女性じゃない……?」

 私がさらに詳しい説明を求めると、チーポは一つ一つ丁寧に説明していった。サイダーは実は女性ではなく、ただの「中年男性」だったらしい。目的は不明であるが、サイダーを名乗って私によからぬことをしようとしている可能性がある。

「そ、そんな……。な、なんてことなの……」

「どうやら、その男はサイダーと名乗って、女性のフリをしていたらしいポ……。ボクは慌ててシルヴィへの接触を遮断しようとしたんだけども、あと一歩遅かったっポ……」

 サイダーが実は男性だったこと。それ自体はさほど驚くにはあたらない話だった。この時代、「ネットで会う約束をした人」と「リアルで会った人」の印象が全く違う、というのはよくある話だからだ。

 しかし、チーポのこの慌てぶりを見るに、どうやら事態はそう単純では済みそうにないらしい。その時、自宅の玄関のインターホンが鳴り響くと同時に、私の携帯端末にメッセージが届いた。

その言葉遣いは、間違いなく私が知っているサイダーのものだった。しかし、チーポからサイダーが実は中年男性だったと聞かされた今となっては、その言葉遣いに不快感しか覚えなかった。

「ま、まさか、ほ、本当に……?」

「実はシルヴィのおうちがどこか分かっちゃったんだぁ~(*´ω`*)」

「でねでね! 実はもう外で待っちゃってたりするんだぁ~!(^_-)―☆」

 いわゆる絵文字を多用するのはサイダーのメッセージの特徴だった。けれども、本来であれば楽しさを覚えるはずのそのメッセージでさえ、今の私には恐怖しか見えなかった。

「出てきてくれるよね…?私と会ってくれるよね?」

「そっか、出てきてくれないんだ」

 私はそのメッセージを無視し続けた。このメッセージに出てはいけない。私の心のサイレンが、そう激しく何度も警告音を鳴らしていた。

「私、シルヴィのこと好きで来たのになぁ…。オイ、聞いてんのかよお前」

 私が一向にメッセージに応答しないことに苛立ちを覚えたのか、途中から言葉遣いが女性らしいものから、いきなり男性のそれを匂わせるものに変わっていった。

 しかも、乱暴で暴力的で、かつ私を敵視さえしているような、そんな雰囲気さえ感じさせるものだった。

「シルヴィ、見てんだろ、コレ? お前が出てこないなら、こっちも色々用意してあるからよ。覚悟しとけよ、お前」

 もはや、私はそのメッセージに怯えるしかなかった。出ることはできない。恐らく、その男は私がまだ家にいると思い込んでいるのだ。だから、男は今も玄関前にいて、私が出発するべく家を出るのを待っているのだろう。

「……い、一体、なんなのよ……? どうして、私がこんな目に遭わなくちゃならないのよ……?」

 あの一連の異変に加え、サイダーを名乗っていた謎の中年男性。かつてサイダーを捜索していた時に出会ったシギが別れ際に言った「……悪いけど、キミたちは、今すぐこの件から手を引いた方がいいッシュ」というのは、まさにこのことを言っていたのだろうか。

 だとすれば、私も組織に捕まり、「カオスフィールド」移住計画の実験体に利用されてしまうのだろうか。怖い。ただただ怖い。全身を襲う絶対的な恐怖。私はもはや呼吸さえすることも忘れてしまい、息が苦しくなっていた。

「……えっ? 接続が、切れた……?」

 しかし、その恐怖は全く突然に終焉の時を迎えた。相手からのメッセージが急に途絶えたかと思うと、携帯端末を通じて、玄関から何者かが走り去っていく足音が聞こえてきた。

「ど、どういうこと……? あの男が、逃げ出した……?」

「どうやら、そうみたいポね。だけど、まだ安心はできないポよ」

 私はなにが起こったのかを確かめるべく、急いで自宅に戻っていった。そして、恐る恐る自宅の玄関の様子を見てみた。

 すると、そこには誰もいなかった。インターホンも壊れている気配はない。あのメッセージはなんだったのだろうかと私が思いながら視線を足元に向けると、そこには一台の携帯端末が落ちているのが見えた。

「……なにかしら、この端末……? さっきまで、ここにいた男のものかしら……?」

「そうかも知れないポね。ちょっと調べてみるポ」

 ひとまず、当面の危機は去った。しかし、チーポの言う通り、まだ安心はできない。私はその携帯端末をチーポに渡し、解析を頼んだ。

 あの携帯端末が本当にあの男のものだとしたら、なにか私たちの知らない、重要な情報が隠されている可能性もある。あるいは、そこから組織の全貌を暴き出すこともできるかも知れない。

「……あっ、な、なんだ、これポは……?」

 その時。男のものと思われる携帯端末を解析していたチーポが、なにかに驚いたような声を上げた。

「どうしたの、チーポ? ……あれっ? これって……?」

 私はチーポがあるものを見て驚いているのを目撃した。そして、その視線の先にあるものを私も確認しようとした。

 しかし、その先にいたのは、なんとも不思議、としか言いようのない光景だった。

「誰だ、オメェってのはヨ? ……あのおっさんじゃねぇってのヨ? なんなんだ、オメェらってのはヨ?」

 その携帯端末に映し出されていたのは、実に奇妙な井出立ちをした女性だった。髪の毛は短く、チーポに似たグルグル眼鏡をかけ、目のあたりには黒いペインディングをしているような様子も見える。

「……な、なに、これ……?」

「多分、ボクと同じポね。つまり、コイツもライムってことポね」

 あの男の携帯端末に映し出された、ということは、この女性もチーポと同じAI人格、ということなのだろう。

 しかし、随分と強気というか、生意気な態度を見せてくる。こんなAI人格もいたのかと思うと同時に、これは私たちにとって、逆にチャンスになるかも知れない、と私は考えていた

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