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突然姿を消したサイダーを探すため、私は「DEF」の世界の中枢を目指すことにした。
サイダーが、もし本当に現実世界に嫌気が差したのだとしたら、他のどこに居場所があるかといえば、この「DEF」の世界以外にはあり得ない。
ただ、実際にサイダーがどのような形で行方不明になったのか、ということについては、私もほとんど分かっていない。報道からもサイダーの居場所を突き止める有力な情報が出てこなかった以上、サイダーの捜索は初手から行き詰ってしまった。
「……ねぇ、るー。もうちょっと、落ち着いて探すポ。そんなに焦っても、親友はそう簡単には見つからないポよね」
その時。私の隣にいる一人の少女が、私を慰めるように声を掛けてきた。
この少女は、正確には少女ではない。私が「JUSTA」を快適にプレイすることができるように生み出された、少女人格の人工知能。今風に言えば「AI人格」というところになるのだろう。
「まぁ、そうよね、チーポ。だけど、焦っても仕方がないのは分かっていても、今もサイダーがどこかで苦しい思いをしているかも知れないって思うと、私、居ても立っても居られなくて……」
私は、このAI人格に「チーポ」という名前を付けていた。初期設定時に、私のことを「るー」と呼び、語尾に「ポ」を付けて会話をするようにプログラミングされている。
「慌てちゃだめポ。こういう時は、しっかりと腰を据えて取り組むのが一番なんだポ。えぇと、確か、こういうのって『急いては事を仕損じる』って言うんだポよね?」
「フフッ、チーポって、たまに変な具合に頭がいいところを見せるのね。分かったわ。確かにここで慌てたところで、なにか状況が良くなるなんて保証もないものね」
チーポはれっきとしたAI人格でありながら、その所作は本物の人間と寸分違わないものを見せる。私も、たまにチーポがAI人格であることを忘れてしまうぐらい、そのコミュニケーション能力は自然なものがあった。
中で渦を描いた瓶底眼鏡を輝かせ、チーポは私を先導するようにこの「DEF」の世界を進んでいく。このチーポの手助けがなければ、私はなにもできず、サイダーの捜索を諦めてしまっていたかも知れない。
「それにしても、この戦闘機、えぇと、確か……」
「『TRAX-Mk.2』だポ。この「JUSTA」空間での、現時点での最強の戦闘機なんだポ」
「あぁ、そうだったわね。このTRAX-Mk.2のおかげで、私たちはこうして、「DEF」の秘密空間にアクセスできたんだものね」
今、私たちが乗っているのは、『TRAX-Mk.2』と銘打たれた仮想空間専用の戦闘機である。
現在のバージョンでの「JUSTA」空間における最強クラスの戦闘機。私がこれに乗ることができるのも、この戦闘機で「DEF」の秘密空間にアクセスすることができたのも、全てはチーポのサポートの賜物だった。
だけど、本当の問題はこれからだった。ただの一プレイヤーに過ぎない私が、こうして「DEF」の秘密空間にアクセスしている。
それは、「DEF」にとって私が不正アクセスをしようとしている、という認識を抱かせるに十分な要素を持っていた。そして、それを放置すればこの「DEF」の世界に大変なことが起こる、ということも自明の理だった。
「来たポ! るー、戦闘態勢だポ!」
「えぇ、分かっているわ! あれが「DEF」の世界の強化兵器「ドール」ね!」
私たちの前に、数体の異形の物体が接近してきた。それは、「DEF」がこの世界の秩序を脅かすものを排除するために生み出した、「ドール」と呼ばれる守護兵器だった。
このドールには決まった形がなく、相対する者のマイナスの感情を読み取り、それを具現化した姿を取ると言われている。
今私たちの前にいるドールは、私が目を背け続けてきた、学校のクラスメイトたちや先生たち、さらには両親の姿までもが投影されたものとなっていた。
「……こんなところまできて、私を苦しめようっていうつもり? でも、今の私に、そんなまやかしは通用しないわよ!」
たとえどれほどに姿形を似せたとしても、所詮相手はまがい物。「DEF」の守護兵器である、ということが分かっていれば、さほど恐れることはない。
なにより、今の私にはサイダーを探し出し、事件の真相を突き止めるという大切な使命がある。それを放り出して、自分だけぬくぬくと暮らすことなど、できるはずもない。
「……見つけたわ。これが、「DEF」のシークレットエリアに入るためのカギね」
「そうだポ。だけど、一個だけじゃダメだポ。「DEF」のシークレットエリアは、とっても厳重なセキュリティロックが掛かっているんだポ」
チーポが指摘した通り、「DEF」の最中枢でもあるシークレットエリアに入るには、その厳重なセキュリティロックを解除するためのカギが必要になる。
しかも、そのカギは万が一の事態に備え、複数に分散されて隠されている。それらを全て探し出し、セキュリティロックを完全に解除しない限り、「DEF」のシークレットエリアに入ることはできない。
途中までは比較的順調に集めることができた。ドールの襲撃に何度も遭遇しながら、そのたびにTRAX-Mk.2を駆使し、そのドールたちを撃退していく。
「……うーん、おかしいわね……。もうかなりの数のカギを集めたはずなんだけど、どうすれば、「DEF」のセキュリティロックを解除することができるの……?」
「るー、一旦戻って作戦を立て直すポよ。このままじゃ、いつ「DEF」が本格的に動き出すか、分からないポ……」
しかし、途中でカギ集めが一向に進まなくなってしまった。私たちの動きに気付いた「DEF」が、シークレットエリアにアクセスされるのを阻止するために、カギを他のところに隠してしまったのか。
せっかくここまで辿り着いたというのに。もう少しで、サイダーの居場所が分かるかも知れないというのに。焦ってはいけないと分かっていても、私の心には焦燥感ばかりが募り上がっていく。
「……な、なに、このサイレンは……?」
その時だった。突然私たちの耳に、無数の針を何本も突き刺すようなけたたましいサイレン音が鳴り響いてきた。それは耳で聞き取ったというより、私の頭の中に直接響いてくるような、そんな感覚を抱かせた。
「こ、これは……、ま、マズいポ! 「DEF」の最終防衛システムが作動したんだポ!」
チーポが慌てふためいたように、私に状況を告げていった。それは、決して私にとって、喜ばしいことを報告するものではなかった。
「な、なんですって……? さ、最終防衛システム……? そ、それって、一体、なんなの……?」
「わ、分からないポ……。でも、「DEF」がここまでするということは、いよいよるーを敵とみなしたってことなんだと思うポよ」
チーポが言った「私を敵とみなす」。そして、その言葉に一切の嘘が存在しないということを、この後私たちは思い知らされることになった。
「き、キャアっ! な、なにっ! か、身体が……!」
「こ、これは……! ほ、本当にマズいポ! 「DEF」は、るーとボクをまとめてここから消し去ろうとしているんだポ!」
突然、私は全身の自由を奪われ、その場から身動きが取れなくなってしまった。身体が締め付けられる感覚。なにも縛られていないのに、まるで身体が勝手に収縮していくような、奇妙な感覚だった。
だが、それは奇妙な、という言葉では到底片付けられないほどに恐ろしいものだった。チーポが、「DEF」がやろうとしていることに気付き、私に警告を発してきた。
「わ、私たちを、消し去る? そ、そんな、ことが……?」
「この空間は、いわば「DEF」によって秩序が保たれているんだポ。るーたちは、その秩序を乱す敵だと判断されてしまったんだポ」
身体の締め付けが徐々に強くなる。私は、全身を襲う痛覚と同時に、自分の意識が少しずつ遠ざかっていくのを感じていた。
「……あっ、あぁ……。わ、私……、い、意識、が……」
「あぁっ! こ、これはいよいとマズいポ! 「DEF」がるーの精神を汚染しようとしているんだポ! こ、このままじゃ、るーが、るー、が……」
私の意識の彼方に、チーポの声が辛うじて聞こえてくる。私の精神が、この「DEF」によって消されようとしている。
そして、それは私だけじゃなく、チーポにも起こり始めているようだった。このまま、私とチーポも、サイダーと同じようにこの「DEF」空間で行方不明になってしまうのか。
「……そうはさせないッシュよっ!」
しかし、はるか彼方に消えようとしていた私の意識は、これまた突然聞こえてきた正体不明の声によって、一瞬のうちに私の支配下に戻っていった。
「……い、今、なにが……、えっ? ち、ちょっと……?」
「詳しい話は後でするッシュ! 今は、この最終防衛システムから逃げるのが先決ッシュ!」
私は朦朧とする意識の中、自分の身体が誰かに抱えられているのを感じていた。私が返事をしようとすると、その誰かは私とチーポを抱えて、「DEF」の最終防衛システムから離れていった。
「フゥ……。ここまで来れば、とりあえずは大丈夫っシュね」
「あ、ありがとう……。ところで、あなたは、一体……」
「DEF」の最終防衛システムの影響を受けないところまで離れた後、私はその何者かから下ろされた。静かに尻もちを付きながら、隣にいるチーポが無事だということを確認した私は、とりあえずその何者かにお礼を言うと共に、正体を尋ねてみた。
「私はシギ。キミたちと同じ、「DEF」の真相を突き止めようとしている者の一人ッシュ」
その人物は、自らを「シギ」と名乗った。チーポと似た形状の眼鏡をかけ、全体的に男性のような、しかし女性のような、中世的な印象を匂わせる人物だった。
「わ、私たちと、同じ……? じ、じゃあ、サイダーって女の子のことも、知っているの……?」
「サイダー? あぁ、この間何者かに手によって命を落としたと報道された女の子ッシュね。すると、キミたちはその子を探して、ここまで来たってことッシュね?」
どうやら、シギはサイダーの事件のことを知っているらしい。私たちがその真相を突き止めるためにここまで来た、ということも。
「えぇ、そうよ。私には、サイダーが自分から命を落としたなんて、どうしても信じられなくて……」
「……悪いけど、キミたちは、今すぐこの件から手を引いた方がいいッシュ」
私が話をしているのを遮るように、シギは先程とは違った、落ち着いた口調で返事をした。しかし、それは私にとって、到底受け入れられないことだった。
「て、手を引いた方がいいって、どういうこと……?」
「そのサイダーっていう女の子は、ただ行方不明になったんじゃないッシュ。ある実験の被検体にされた可能性が大きいッシュ」
続けてシギが話した内容は、私にとって想像を絶するほどの衝撃をもたらすものだった。ある実験の被検体にされた。それは一体どういうことなのか。
「まぁ、ここまで来た以上、キミたちにも知っておく必要があるッシュね。実は……」
そこから先の内容は、私にとって全く考えも及ばないものだった。それによると、ある組織がこの世界と別の世界とをつなげる、時空間ゲートを作る実験をしているらしい。
その組織は、こちらの世界を「オーダーフィールド」、向こうの世界を「カオスフィールド」と呼び、この二つの世界をつなげることで、人類を大規模に移住させようとしているのだという。
「……べ、別の世界に、人類を、移住させる……?」
「そうッシュ。そして、そのための実験空間として造られたのが、この「DEF」なんだッシュ」
そして、その組織は「カオスフィールド」に認められた人類を、そこに適応できる上位人類へと進化され、元の世界、すなわち「オーダーフィールド」に残された人類を滅亡させようとしている。
「……そ、それじゃ、まさか……?」
「その通りッシュ。この「DEF」と「JUSTA」は、そのための実験場なんだッシュ。ここから抜け出せなくなった若者を使い、上位人類を生み出すための人体実験に利用しているんだッシュ」
人類を進化させるための実験。まさか、サイダーが行方不明になったのも、その実験に利用するために、組織に誘拐されたというのだろうか。
あまりに不可解な情報が連続的に流し込まれたことで、私の頭はパニック寸前の状態だった。まさか、この「DEF」空間で、そんな実験が行われていたなんて。
「……これ以上、この件に足を踏み入れたら、キミも実験台にされてしまうッシュ。だから、キミたちはすぐに元の世界に帰るッシュ」
そう言うと、シギは有無を言わさず、私たちを「DEF」の中枢からはるか遠くの場所に飛ばした。
「この世界は、キミたちが思う以上に危険で、そして不安定ッシュ。そのことは、今のキミたちなら分かってくれると思うッシュよ」
「ま、待って! 私は……」
「……また会おう。では、さらばッシュ」
そう言い残し、シギは私たちの前から姿を消した。言いたいことを言い切って去っていたようにも見えるけど、私はシギもまた、本当のことを話していない、と思っていた。
「……ねぇ、るー、どうするポ……? あんなスゴすぎるシステム、ボクたちだけじゃ太刀打ちできないポ……」
チーポが落ち込んだ様子で私に問いかけてきたAI人格とはいえ、本物の人間のように落ち込んだり、時には怒りや喜びを表現することもできる。
「どうするって、決まっているでしょう……」
「えっ? き、決まっている……?」
「あのシギって人が言っていた、人体実験のことが本当なら、サイダーはまだ生きている可能性があるってことよね……」
私は、このまま引き下がるわけにはいかない、と改めて思いを募らせていった。サイダーが生きているかも知れない。たとえその可能性はわずかしかないとしても、ゼロではない限り、そこに賭ける価値はある。
「正直な話、カオスフィールドとか、上位人類とか、そんな難しいことは全然分からない。だけど、私にとってサイダーは数少ない、大切な親友だってことは分かる……」
「……そうだポね。るーなら、きっとそう言ってくれるって思っていたポ」
「チーポ。サイダーを必ず見つけ出すわよ。そして、なんとしても私たちのところに連れ戻す。こんなふざけた世界、いつまでも閉じ込めておいたら、それこそ本当にダメになっちゃうわよ」
必ずサイダーを連れ戻す。そう宣言した時、私はいつの間にか自分が握り拳を作っていたことに気付き、小さく苦笑いをした。
現実世界が嫌になり、引きこもり生活を続けていた私が、今初めて、自分以外の誰かのために動こうとしている。それがどのような結果を招くことになったとしても、私に怖いものなどなにもなかった。




