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ドラえもんの国民性は人間界に限らない

「あ、あああー!」

「ふ、ふじ、藤宮ぁーッ!」

「出たぁ!?」 


 寝室からリビングという短い短い道筋を、それはそれは速く走った。大きく腕をばたつかせ、要所要所四肢をぶつけても尚、速く。速く速く。

 冗談じゃない。その一心だった。あんなの一度の経験で適応できるわけない。相手は悪魔だ。悪夢なんかじゃない、本物の悪魔だ。ここまできたら流石に分かる。だから、怖さで言ったら人間の比にならない。怖すぎる!

 ─っあぁ!こんな狭くて短い廊下道を走れば、転ぶのはもはや必然。それはもう壮大にすっ転んだ。加えて、目の前にはリビングへと続く扉が隔たれており、結果としてリビングにいる住民を驚愕させる形で入室することになる。


「ひやぁ!?」

「え、何!?どうしたの!?」


「部屋にあ、ああ!悪魔いるんだけど!?」


「えぇ!?」

「部屋に悪魔いんの!?」


「一緒に来てくれ!」 


「え!?や、やだよ!怖い!」 


「そこを頼むよ!」 


「えぇ…?」

「っ!もう!」


 今度は、彼女と共に小走りで廊下を移動し、話題の部屋へと向かう。四肢をぶつけた際に発生したロスを加味したら、小走りの方が着くのは早かった。

 扉の前で藤宮と顔を合わせ、決心した表情で同時に頷く。なんと頼もしいことだろう。ニ矢は一矢よりもずっと強い。俺は彼女に対してかつてないを信頼を覚えたと同時に、これまで彼女と共にあった事実に感謝した。彼女となら大丈夫。傍らから覗く藤宮に勇気をもらいながら、騒ぎの元凶である寝室の扉に手をかける。そして─。


「・・・」


「・・・」 


 扉を開くと、そこには人、というか悪魔の影はなく、ただ毛布が散乱しただけの空間が広がっていた。そんないつも通りの光景が孕む異常性に、俺らは思わず固まってしまう。胃の痛い沈黙を破ってくれたのは、やはり藤宮だった。


「土橋…」

「悪魔とやらは、どこに?」 


「・・・」 


 窓から差す太陽光が、やけに眩しかった。


****


 その後、藤宮は「解散か?」と言って、リビングへ1人で戻っていった。なんだよ解散って!畜生…アイツの心底呆れたような顔が頭から離れない。いや、あれはもう憐れみか。ああ…。


「なんなんだよ、もう」


「なんなんだよはお前の方だよ」


 驚くよりも先に、声がした方向に視線を向ける。上に。なんと、そこには先ほどの悪魔が天井に張り付いていたのだ。いや、張り付くという表現には少し語弊があるかもしれない。正確にいうと、彼女は天井に二本足で直立していた。まるで、彼女だけ物理法則から外れているようだが、髪の毛だけは重力に従っているように見える。スパイダーマンみたいだなと感じると同時に、実際に人間が天井に張り付いている?光景というのは、想像よりもキモいものだなと思った。虫に限らず。・・・よし。


「うわあ!?」


「おい、ちょっと待てコラ」


 先ほどの醜態を繰り返そうとする俺を、悪魔は見過ごさなかった。一つの衝撃と共に、訪れる感覚はまさしく浮遊感。天井にいた虫、じゃなくて、悪魔に首根っこを掴まれたのだ。体をジタバタと動かして抵抗する俺を弄ぶように、悪魔は軽々と俺を向き合わせた。正面に捉えた悪魔の表情は、なんだか呆れているように見える。ちょ、痛いって!ていうか怖いって!


「ぎゃああー!」


「あまりデカい声をあげるんじゃない」

「そもそも昨日言っただろ、暫くは棲みつくって」


「いや聞いたけどさ!」

「嫌に決まってるだろそんなの!」

「物理法則から外れて、手品ができる怪力の悪魔だぁ?」

「怖すぎるわ!」

「そんなの認められてたまるか!」

「こんな現実、俺は認めないぞ…」  


「現実にお前の承認なんていらないんだよ」

「いい加減認めろ」

「ついでに、扉の向こうで本気でお前を哀れんでいる者がいるという事実も、ついでに認めておけ」


「・・・」


それは…。あまり知りたくなかったなぁ…。 


「わかったよ…」

「認めるよ」

「だから下ろしてくれ、痛い」 


「ふん」 


「うわっ!」


 ゆっくりと降そうなどという気遣いは一切なく、俺は無遠慮気味に放りだされた。おかげで着地時によろけてしまい、ベットに倒れ込んでしまう。


「もっと優しく降ろせよ」


「女々しい奴だなぁ」

「男の子だろ?」 


 嘲笑めいた表情でそう呟いた次の瞬間、悪魔は天井から降りてきた。おお…。天井で半回転ジャンプしつつ、途中で重力のベクトルを戻してふわりと着地。口で説明するのは難しいが、とにかくすごい光景だった。悪魔は作業机に添えられた椅子に腰掛け、床に向けて目配りする。まぁ座れよ、と。その傲慢な態度に多少の苛つきと畏怖を覚えながら、せめてもの抵抗を以てベットに座った。悪魔は特段気にする様子はなく、一度コクリと頷く。それでだ。


「・・・不幸を頂きに来たってなんなんだよ」

「それに、悪魔って…」


「まぁまぁ、順を追って説明するからとりあえず聞こうぜ」

「って言っても、こういうのって説明パート感が出るのは否めないよな」

「説明語りが多い作品っていうのは、単に作者の技術不足だと思うんだよ、うん」

「そんなのテンポ悪くて疲れるし、こっちもまだそんな興味持ってねぇわって話だよな」

「でも本質はそんなところじゃなくて、難しいを忌避する最近の風潮の方にあるんだろう」

「読者の技術不足から、作者もそれを考慮しちまう」

「そこが良くない、甘やかしちゃダメだ」

「本来設定ってのは、物語の中で自然に滲ませるものであって」

「読者側もそれを感じたり考察しながら─」


「おい」


 やめろそんなセンシティブな話題は。いいだろわかりやすくて。


「あーわかったわかった、さっさと話すよ」

「ったく、前置きってのをわかってねぇんだから…」


 悪魔はそう悪態づきながらも、ひと咳払いしてから視線をこちらに向ける。やっと始まった本題に、俺は真剣に耳を傾けた。


「あ〜そうだな、何から話したもんか」

「えぇと、まず大前提として神様はいる」

「あぁそうだ、そして神様がいるなら当然天使もいる、悪魔だっている」

「その他にもそんな存在ごろごろいる」

「少なくとも、ここで説明する気が起きないくらい」

「そして、そういう存在をお前らが認識することはない」

「できない」

「お前らが架空の存在だと思っているからだ」

「だから見えないし信じないし、知らない─で済ませてる」

「・・・そのはずなんだが」

「いるんだよ、お前のように認識できる奴がごく稀に」

「昨日話したようにな」

「あぁ、それについてはオレもよくわからない」

「話、続けるぞ」

「そもそもの話、どうして俺らみたいな存在が生まれたか」

「それはな、お前たち人間が望み、そして恐れたからだ」

「一つの想いはちっぽけでも、数千数万数億という想いが連なることで、それは大きな意志へと形作られる」

「だからこの世が誕生した起源というのも、何か大いなる意志がそう願ったからだという説が有力だ」

「まぁこれは俺の管轄にはないんだがな」


「次に、不幸を頂きにきた、について説明する」

「テンポの関係上、お前のセリフと地の文は次もカットだ」

「これ以上は自虐が過ぎる…」

「少しでもダメージ減らさなきゃ、こっちの身が持たねぇよ」

「いやなんでもねぇ、こっちの話だ」

「えぇとだな…まず、悪魔っていうのは人の不幸を糧とするんだが」

「お前、夜寝る前に鬱というか、気分が落ち込んだ経験、あるだろ?」

「あれ、大体はオレら悪魔の仕業だ」

「マジだ、悪魔が人間たちから負の感情を引き出し、それを糧とする」

「人の不幸は蜜の味、悪魔を表す名言としてこれ以上相応しい名言もない」

「ハハ、そう怪訝そうなツラすんなよ」

「あくまでも考えたのは人間だし、オレから言わせたら人間の方がよっぽど悪魔的だ」

「んでだ」

「オレは最近此処らに派遣されてな、今宵どいつの不幸を頂こうかと家々を吟味してたら」

「お前だった」

「ダントツだったよ」

「群を抜いて、ずば抜けた一等賞の不幸」

「もはや、負の感情を引き出す必要もないくらいに」

「そんなわけで、ここに悪魔が棲みつくには絶好の環境ってわけだ」

「不幸は絶品かつ大容量、いちいち複数の人間を訪ねる必要もないってことよ!」

「だからここに棲みつくことにした!」

「ヨロシクーッ!」


「いや帰れーッ!!」


 やっと解放された反動か、俺は全身全霊を以てそう告げた。今世紀で一番大きな声だった気がする。


「嫌だ嫌だ!嫌に決まってるだろ!

「事情を教えてくれたのはありがたいけど、それでも帰れ!」


 こんな得体の知れない存在と同居しなくちゃいけないなんて、なんの冗談だ。俺が此処らで一番の不幸者というのなら、それはお前のせいだ。帰れ!


「なんだお前、話聞いてなかったのか?」

「技術不足だな」

「今の文脈を見れば、お前に拒否権がないのは瞭然だろ?」

「義務教育修了してないのか?お前」

「はははーっ!」


 「幸の字を逆にしても幸とか、上手くねぇしつまらねぇんだよ」とか呟きながら、悪魔は膝を叩いて笑みを飛ばす。

 すげぇイラっとした。悔しかった。不意に訪れた初めての笑顔が、無駄に可愛らしいと思ってしまったなんて。


「っ!そもそも!棲みつくったって俺の家にはそんな居住スペースはないんだよ」

「無理だって」


「本当に?」

「一部屋ぐらいは余ってる気がするんだけどなぁ」


「・・・」


 悪魔に隠し事はできないようで、その表情には仄かな笑みが浮かんでいる。その表情は、嘲笑のそれとは違うようにも見えた。


「まぁ安心しろ、別に人間みたいな部屋が必要ってわけじゃない」

「お前がほとんど使うことのない、そこのクローゼットでもいいんだ」

「最悪何にもなくても、そこそこ快適に過ごせるよ」

「お前の生活を脅かす真似はしない」


 ・・・そばのクローゼットに悪魔が潜んでいるという状況下は、十分生活を脅かされているのでは?クローゼットってお前…。


「どこのドラえもんだよ」


「好物はどら焼きだ」


「ドラえもんじゃねぇか」


「僕ドラえもんですっ!」


「すげぇ!めっちゃ似てる!」

「ドラえもんじゃねぇか!」

「しかもわさびの方!」


 世代は違えど一発でわかるそのクオリティーに、思わず称賛の声を上げる。声優の存在を知らなかった幼少期、ドラえもんの突然の声変わりに嫌悪感を抱いだことをふと思い出した。


「ボク、ドラえもんです」


「・・・?」

「わさびより前の人…?」


「あれ、のぶ代知らないのか」

「時代だなぁ」


 一度は聞いたことはあるかも知れないが、何分半世紀以上も前である。俺も世界もドラちゃんも、時代と共に変化を続けるのだ。


「そういえばドラえもんの名前の由来って、やっぱりどら焼きから来てるのかね」

「どら焼き食べる前からドラえもんではあるが…いや、その考えは野暮か」


「あ?知らないのか?」

「作家の藤子・F・不二雄が直接明言してるぞ」

「起き上がりこぼしとドラ猫を見て、起き上がりこぼしのような丸いフォルムに、猫のイメージ」

「名前に関しては、ドラ猫のドラ、えもんについては昔によくある右衛門を思いつきで付けた」


「いや何で知ってんだよ」


 人間よりも人間界の漫画に詳しいじゃん。ファンじゃん。いや悪魔界に漫画があるかは知らないけど。


「あと、お前がちゃっかり気になっているドラえもんの”ドラ”だけがカタカナになっている理由も、ドラえもん百科で描かれてる」


「え」


「戸籍調査員がやってきた際にサインを求められたんだが、ドラえもんは”えもん”のカタカナ表記がわからなかった」

「なくなくドラ”えもん”と記入するも、調査員に笑われて苦い思い出と化すというエピソードがある」

「藤子・F…もう藤子ちゃんでいいか」

「藤子ちゃんの幼少期はまだまだカタカナ文化が残っていた事から、ドラエモンと記入しようとしたのもその名残りだと思っている」

「そうしたらドラえもんの本当の表記ってなんだって問題に発展するよな」

「銅鑼を鳴らすの銅鑼で銅鑼右衛門、みたいなめっちゃ厳つい名前だったりしてな!」


「・・・」


「でもこの手の話に欠かせないのは、やっぱり映画ドラえもんでどれが覇権か、だよな〜」

「正直一番を決めるのはどこか憚られるところがあるが、オレはやはり鉄人兵団に票を投じちまうのかな」

「もちろんリメイク版も良いぞ?」

「ミクロスの出番が激減したのは悲しいが、その分新入りのピッポがこれまたいい味を出してくれている」

「リリルの感情描写も非常にきめ細やかだし、沢城みゆきの演技も良い」

「機械による心の芽生えっていうのは、いつ見ても感動的なテーマだよ本当に」

「機械にとって本来は必要ない、いや、あってはならないバグである心」

「それでも彼らにとって、それは本物で尊くて失いたくなくて」

「それなのに最後ときたらさぁ、もうああああーッ!!って感じで、これってもう人間と何が違うの?っていう話でさ─」


 その後も話を二転三転させながら、彼女は自身の”好き”について弁舌を振るう。俺は途方に暮れて曖昧な返事を重ねていたが、それでもボディーランゲージを兼ねながら話す彼女の姿は、なんだか楽しそうに見えた。


・・・


 なんだか、全てが急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。まるで、昨夜からの出来事が全て茶番だったと明かされたように。

 不幸の収集なんてできないぐらい幸せになるしかない。数分前、藤宮から聞いた言葉を思い出す。公園に行って綺麗だなぁというだけでもいいし、ラーメン屋に行ってごちそうさまと言うだけでもいい。人間、やっぱり外に出なくてはならない、か。

 ・・・別にアイツの言ったことを真に受けたわけじゃない。ただ、全てが馬鹿馬鹿しく思えただけだ。ただ、それだけ。


「他作品っていうか、これはほとんどシュタイン─」

「んぁ?」

「どこか行くのか?」 


「あぁ」

「ちょっと公園の景色を見に行って綺麗だなぁって言いに行くのと、美味しいラーメンを食べてごちそうさまって言いに行くんだよ」


「えらく具体的だ」

「でもそうだなぁ…」


 先ほどまでの表情とは違うベクトルの笑みを浮かべながら、彼女はやや前屈みの姿勢になった。その時に見た彼女の表情は、きっと俺の勘違いだろう。


「まぁ、せいぜい頑張れよ」


「・・・あぁ」


 窓から差す太陽光は、部屋一体を過剰に照らす。うんざりするような毎日における、朝の象徴。再び始まりゆく今日のゴング。相、変わらずだ。

 しかし、今日は一つ違う。悪魔がいた。これが良いことなのかはわからない。全然悪い可能性の方が高いだろうが、それでもどこか救われたような気がした。あたかも、乾ききった土壌に水分を届けてくれたような心持ち。無論、それはジュースなのかも知れないが。なるようになればいい。そう思った。少なくとも、何かになれるだけでも好転なのだから。

 身支度を終え、もう一度だけ悪魔を横目で見る。彼女は儚げに窓の外を見つめていた。その表情がやけに印象深く残った。まるで、それこそが彼女の本心であるかのように。


「はっ」

「くしゅんっ!!」


 くしゃみ出そうなだけだった。うーん。なんというか、なぁ。


「・・・」

「そういえば、さっき言ってた原稿用紙とか地の文がどうとかって、あれはどういう意味なんだ?」 


「ん?あぁ、それな」

「悪魔は人間よりも、知ってる事が多いってことだよ」


「・・・」 


 なるほど…。それは、凄いなぁ…。 

二章はこれで終わりです。ちょっと説明というかセリフが多すぎますね。後半、悪魔しか話してないです。彼女のお話好きには困ったもんですね。・・・すみません。でも、テンポとかあるし...。それでも見てくれたあなた。ありがとうございます。

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