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昨晩の夢

 それは、昨晩のこと。部屋で寝ていると、扉からノック音が聞こえてきた。何者かの急な来訪に動揺する暇もなく、「悪魔ですー」という文言が飛んでくる。俺に“あくま”なんて苗字の人間は知り合いにいなかった。そもそも深夜にアポ無しで来るほど、親しい友人はいない。玄関からは音がしなかった。なら元々家に潜伏してた泥棒…?考えれば考えるほど、考えは的外れになっていく気がした。真実はもっとシンプルであると、何者かから告げられるように。誰?怖ぇー…。


「悪魔ですー」


 分かってるって!いやわからねぇよ!誰だよお前!次第に強まっていくノックの衝撃に、この異常な状況もだんだんと現実感を帯び始める。

 どうしようと考えるまでもなく、ドアを塞ごうと思った。扉から近い本棚を運ん─うお重っ!ん“ーッ!ぬー!─はぁ!本棚を横倒しにして設置して、次はテレビの前に置かれているサイドテーブルをその上に置く。

 ノックの衝撃は増していき、ドアの取手も壊れんばかりにガチャガチャと音を立てている。やばいやばい…!椅子とか衣装ボックスとか、とにかく質量があるものを。後は…あぁクッションとか!懸命に質量を積み重ねていき、即席ではあるがバリケードが完成した。

 未だ衝撃は収まらない。それどころか勢いが増すばかりで、即席バリケードが軋む音がした。

流石に命の危機だろうと感じて、警察に通報しようと決意した。カーペットに置かれている携帯機器を取り出し、緊急電話を開こうと思った。しかし、いくら起動しようとしても、画面が映し出すのは黒一色だった。どうして─。さっきいじってた時、充電のゲージは青かったはずだ。そもそも充電が切れたとしても、ずっと黒いスクリーンというのはおかしい。何かしらは出るはず…。一体全体、どうなってるんだ─。


 しかし、そんな動揺とは相反するように、ドアからの衝撃が収まった。


「ッ!?」


 唐突な静寂に困惑していた俺を皮切りに、刹那の静寂は轟音へと変わる。木製のドアが、バリケードごと粉砕された。それもひと蹴りで。バリケードもドアもめちゃくちゃで、衝撃で破片と粉塵が舞う。

 その中から、1人の”何か”が姿を現した。体型はやや小柄で、小麦のような褐色肌。吊り上がった大きな瞳はどこか鋭い。艶のある漆黒の長髪は、一本のポニーテールに纏められていた。同じく漆黒の衣装を身に纏っていて、上は層の薄いダウンジャケット、下は短パンって感じ。そして、その短パンからは綺麗な御御足が発露していた。それに左の太ももにベルトつけてる…。初めて見た。

 でも、どこか違和感を感じた。まるで、人智に及ばない存在と対峙しているような。初めての感覚─。


「よぉ」

「やっと会えたな」

「焦らされたぜ全く」


 そう言いながら”何か”は首を掻いて笑っている。理解が追いつかない。


「だ、誰だお前は!」


「いやだから、最初から悪魔だって言ってんだろ」

「わからねぇ奴だな」


「いや、言葉だけならわかるけどさ!」

「急にそんなこと言われて信じられるかよ!」


「はぁ…?」

「賢そうなツラしといて、案外そうでもねぇんだな」

「お前はさぁ、ドアをひと蹴りで粉砕できる女の子を見たことがあるのか?」


「それは…」


 ない。そんな女の子は見たことがない。それどころか、人類でこんな芸当が可能なのは者は存在しないだろう。

 もはや、コイツは本物の悪魔で、俺は悪魔という存在を認めなきゃいけないのか。だけど、やっぱりそんなこと…。狼狽える俺を嘲笑するように”何か”は続ける。


「まぁ蹴破らずとも、こんな薄っぺらい障害ごときデコピンで粉砕できるけどな」

「けど、演出は大切だ」

「映えるからな」


 「通り抜けるのが一番スマートではあるけどな」とか呟きながら、デコピンの素振りをする。空気が、揺れる音…?ソニックブーム…?怖い…。

 しかし、俺をより驚かせたのはその次だった。デコピンのついでに指パッチンを放つと、瞬く間にドアが復元されていた。ドアに限らず、バリケードに利用した家具や、飛び散った破片に粉塵まで。逆再生の気配すら感じさせない、まるで元々この部屋には何も異常がなかったように。


「・・・」


「どうだ?これで信じる気になっただろ?」


 現実感が薄い。生物としての危険信号も作動しすぎて、もうなんだか分からない。信じる気とか言われても分からない。悪夢はいつ醒めるんだ。


「まぁいいよ、”今は”受け入れられなくても」

「ここに来た用件だけ伝えたら、今日はもう帰る」


「・・・なんだよ」


「オレがここに来たのは他でもねぇ」


 悪魔は、ニッと口角を上げる。


「オレは、お前の不幸を頂きに来たんだよ」

「お前は此処らで一番の不幸者だ」


****


 その後、悪魔の言うことを理解できずに困惑していると、本当にあっさり帰ってくれた。曰く、あまりにも唐突で、全てを飲み込むのは流石に難しい。続きはまた話すから、とりあえず一晩かけてじっくり受け入れろ、とのこと。悪魔のくせに、こういうところは謎に律儀だった。受け入れられるかは別として。

 そして、「あちょっと待て」といくつかの確認事項を付け足していった。曰く、悪魔の存在を社会に公表してはいけない、しばらくこの家に棲みつく、とのこと。多少端折ったことは否めないが、概ねそんな感じ。


 そんなわけだ。俺はコイツとの邂逅を、一度経験している。今更恐怖を覚える必要もない。一度乗った観覧車を怖がる奴がどこにいようか。人間は適応する生き物である。それどころか、一晩も想いに耽る時間があったのだ。ここは逆に、穏やかに彼女?をテーブルへと招き、共に茶を囲むべきなのである。悪魔はコーヒーを嗜むのだろうか。

 だから俺は穏やかに瞼を閉じて、開かれていた扉を閉じてこう叫んだ。


「うわぁーッ!?」


 そういえば、俺は未だに観覧車が苦手だった。

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