第6話 「”助力”の相談」
美月の泥棒疑惑も晴れ。新たな波乱(?)の幕開けです。
「そういえばさ、美月」
放課後、帰り道で久しぶりに真梨ちゃんと会い、私たちは二人並んで帰路についていた。
今日も図書倉庫で桐野先輩と話していたのだが、先輩は今日は用事があるとかですぐに帰ってしまったのである。私もそのまま帰ろうとしたら帰り道で偶然真梨ちゃんと会ったのだった。
「ん? なに?」
話かけてきた真梨ちゃんの方を向く。
「最近会わなかったけど、何かあったの?」
「え…」
その問いに私は黙り込んでしまう。今までは図書倉庫で桐野先輩といたからすっかり帰りが遅くなっていた。だから真梨ちゃんと時間が合わなくなったのだが、それをどう説明したものか…。
「…美月?」
急に黙り込んでしまった私を不思議に思った真梨ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
「…どうしたの?」
「えっ!? あっ…その…最近、放課後に図書室でいつも本読んでたから…」
慌てて咄嗟に思いついた嘘をついてみる。…あながち間違ってもないが。
だが、真梨ちゃんはそんな私を不審に思ったのか
「怪しい…」
そんなことを言ってじりじりと詰め寄ってくる。
「…うぅ」
「…美月、嘘ついてるでしょ」
「つっ…ついてないよっ!」
手を左右に振って必死に否定する。だがそんな仕草も真梨ちゃんには怪しく感じたらしい。
「…本当に?」
「うっ…うん」
「私の目を見て言える?」
そう言って、こちらにじぃ~っと顔を寄せてくる真梨ちゃん。
「…(じぃ~)」
「…ぁぅ」
だめだ、とても耐えられなくなった私は、とうとう桐野先輩のことを白状してしまったのだった…。
…桐野先輩は『他言無用』って言ってたけど…真梨ちゃんは違う学校だから…いい、よね…?
「…へぇ~」
話を聞き終えると、真梨ちゃんはニヤニヤしていた。
「な…何?」
思わず後ろに引いてしまう。真梨ちゃんはその表情を崩すことなく
「なぁ~んだ。何かと思えば、逢引きしてたのかぁ~」
「!!??」
いきなりとんでもないことを言い出す真梨ちゃんに、私の顔は一気に赤くなる。
「そんな、逢引きなんて…そんなんじゃないってばっ!」
「でも、人気の無い場所で二人っきりでいたんでしょ?」
「それはっ…そう、だけど…」
そういえば、私たちは図書倉庫でいつも二人っきりで過ごしていた。今まではそれを深く意識したことはなかったが。よく考えれば逢引きしてるようにも見える。
そんなことを今更ながらに思って、私の顔はさらに赤くなった。
「いや~。美月って内気だから少し心配だったんだけど…ちゃっかりいい人見つけてたんだ」
真梨ちゃんは嬉しそうに笑い、私の肩をポンポンと叩く。
「いやっ…本当にそんなんじゃないんだって!」
私が必死に否定するも。真梨ちゃんは聞いてはくれない。
「でもさ、美月の話じゃその先輩って頭もいいし、かっこいいんでしょ?」
「えっ…それは…」
言われて、改めて桐野先輩のことを思い浮かべる。確かに整った顔立ちをしているし、頭もいい。性格はちょっと変わってるけど、頼りがいがあるし…。
「うん…3年生じゃ有名だし…狙ってる女子生徒もたくさんいるって聞いた…」
そんな私の答えに、真梨ちゃんは満足そうに頷く。
「ほらね。美月もそう思ってるんでしょ?」
「それは…確かに頼りになるし…素敵な人だとは思うけど…」
なんというか…今考えると、私と桐野先輩はまったく住む世界が違う人間のような気さえする。
なんだか、根本的に違うというか…。
「でも、いいな~私も一度会ってみたいな」
真梨ちゃんは目をキラキラさせてそんなことを呟いている。
私はそんな真梨ちゃんに
「桐野先輩ってあんまり人前に出るの好きじゃないみたいだから…多分無理じゃないかな…」
と言っておいた。
「そうなんだ~。紹介してもらおうと思ったのに…。」
私の話を聞いた真梨ちゃんは残念そうにしていたのだった…。
「…」
「…」
翌日の放課後。私も先輩も無言だった。
先輩は生徒手帳に。私はノートにシャーペンを走らせる。
何だかんだでもうテストは1週間前にまで迫ってきていた。私もそれほどのんびりするわけにもいかず、先輩と一緒に話しつつ勉強しようと思って図書倉庫を訪れ、こうして勉強している、のだが…。
「…」
ふと、桐野先輩の方を見る。先輩は黙々と手帳に向かっていたが、やがてこちらの視線に気付いたのか
「…?」
目が合った。
「っ!」
慌てて視線をノートに戻す。
「…ぅぅ」
「…?」
先輩は不思議そうにこちらを見ていたが、しばらくして再び手帳に視線を戻したのだった。
さっきからこれの繰り返しである。私としては明るい雰囲気で勉強したかったのだが、昨日の真梨ちゃんとのやりとりで妙に先輩を意識してしまい、結局私たちは無言だった。
「…」
「…」
うう…すごく気まずい…。いや、先輩はそんなこと微塵も感じてないか…。ここなら楽しく勉強できるかもと思ったのになぁ…。
「…?」
「…っ!?」
また目が合い、慌てて視線を逸らす。…もう何度目だろう。
「……ハァ」
先輩はついに呆れたようにため息をついて
「なぁ…さっきからキミ、様子がおかしいようだが…どうかしたのか?」
と、こちらの顔を覗き込みながら聞いてきた。
「ふぇっ!? いっ…いえ! なんでもないです!」
「いや、どう見てもおかしいだろう…」
先輩は額に手をあてながら言った。そしてまたため息を一つついて
「…具合が悪いなら無理せずに帰ったらどうだ? …無理してまでここにいる必要もないと思うんだがな…」
そう言った。それは私の心配を少なからずしてくれたものなのかもしれないが。正直今先輩の顔を直視するだけで気がどうかなってしまいそうだった。
「いえ! 本当に大丈夫ですからっ!」
でもやっぱりできればここでもうしばらく勉強していたい。そう思って勇気を出したのだが…。
「…少し顔が赤いな…熱でもあるんじゃないか? 無理して倒れでもしたらこっちも迷惑なんだが…」
じっと先輩がこちらに顔を寄せてきた!
「!!!???」
慌てて後ろに下がる私。先輩はそんな私を不思議そうに見ていたが…やがて口を開いた
「…? キミ、やっぱりなにか変じゃ───
「あのっ!! やっぱり具合悪いんで私今日はこれで帰りますっ!!」
が、先輩の言葉は私の言葉で遮られる。さすがにもう限界だった。
私は急いで支度すると、そのまま図書倉庫を飛び出したのだった…。
「……?」
後には、不思議そうな表情の先輩が残されていた…───
「ハァ…」
「あの…ゴメン! まさかこんなことになるなんて…」
「ううん…真梨ちゃんは悪くないよ…」
あれから帰り道を走っていたところで真梨ちゃんと会った。真梨ちゃんは事情を聞くとすごい勢いで謝ってきた。…まあ真梨ちゃんに悪気はなかったと思うんだけど…。
「でもっ…! …本当にゴメン!」
そう言って。また頭を下げる。
「本当にいいってば!」
慌てて手を左右に振る。真梨ちゃんはしばらく納得いかなさそうな表情だったが。私の説得もあって、しばらくしたらまたいつものように明るい表情に戻っていた。
そして真梨ちゃんと二人、話しながら帰路につく。そのまましばらく歩いていたら…。
「あっ、あの人かっこよくないっ?」
不意に真梨ちゃんが前を指差して言った。
私もその方向を見る。すると、真梨ちゃんが指差していた先には私のよく知る人物だった。
「きっ…桐野先輩!?」
そこには、桐野先輩がいた。
「フゥ…どうやら間に合ったようだな…」
桐野先輩は私の声に気付くと、こちらに歩いてきた。
「なな何でここにっ!? いや…どうやって先に…!?」
混乱する私を隣の真梨ちゃんはニヤニヤしながら見ている。いや、そんなことより先に学校を出た私よりどうやって先輩は先にここに着けたのだろう?
「…このあたりの地理は記憶している。キミと前帰ったときに通った道───つまり今日キミが通った道より近い道を通ってきただけだ」
先輩はあくまで冷静に説明した。そんな先輩の様子を見て私も少しずつ落ち着いていく。
「はあ…それで、どうして待っていたんですか?」
「…忘れ物だ。今日必要なんじゃないかと思ってな」
そう言って先輩が取り出したのは…さっき図書倉庫で使っていた私のノートだった。
「あっ…」
慌てて飛び出したからだろう、すっかり忘れていた。
「…ホラ」
先輩は私にノートを差し出してくる。
「あっ…ありがとうございます…」
私はそれを受け取ると、頭を下げて礼を言った。
先輩はそんな私を一瞥して
「…ではな」
とだけ言うと、背を向けて去って行った…。
「へぇ~…あれが美月の言ってた”頼りがいがあって素敵な先輩”かぁ…」
一部始終を見ていた真梨ちゃんが、また昨日のようにニヤニヤしてこっちを見ていた。
「どんな人かと思ったけど…やっぱりすっごくかっこいいじゃん!」
真梨ちゃんは先輩が去っていった方を見つめて目をキラキラさせている。
「うん…それは、そう思うけど…」
私は、さっき桐野先輩が届けてくれたノートに視線を落とす。
「わざわざノート届けてくれたしさ! 優しいところもあるんだぁ~…」
「うん…」
「…あっ!」
不意に真梨ちゃんが声を上げる。
「どうしたの?」
私がその声に反応すると。真梨ちゃんは
「勉強はかどらないんならさ。いっそのことあの先輩に教えてもらったら?」
なんてとんでもないことを提案した。
「え…ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
私が…桐野先輩に…!?
私は軽いパニックを起こしながらも真梨ちゃんに返答する。
「そっ…そんなの無理だって! 桐野先輩だって忙しいんだし…申し訳ないって!!」
そもそも桐野先輩が引き受けてくれるとは思えない。それに今までだって散々助けてもらったのにこれ以上迷惑をかけたくもなかった。
「でもさ。それなら気まずさもなくなるし、一緒に勉強できていいんじゃない?」
「…それは…そう、だけど…」
「先輩って頭いいんでしょ? せっかくそんな人と知り合いなんだから教えてもらった方が得だと思わない?」
「う…」
俯く私に、真梨ちゃんは続ける
「まぁまぁ、そんなに深く考えずにさ。”駄目もと”でいいから頼んでみたら?」
「…」
駄目もと…そうだよね。とりあえず頼んでみるだけなら…。
「…うん、わかった。”駄目もと”で頼んでみるね」
「…勉強を教えてほしい?」
「はい…」
翌日の放課後。私は先輩に勉強を教えてほしいと頼んでみた。
先輩はそんな私を見てしばらく考え込む、やがて
「…キミは確か学年で上位に入ってなかったか?」
と言った。
「それはそうなんですけど…」
それを言われるとなんとも言えなくなる。そんな私を見て先輩はため息をつく。
「…キミ、俺を”いい相談相手”と思ってないか?」
「ふぇっ!?」
そう言われて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。実際少なからずそう思っていた節はあったからだ。
「…ハァ…今までキミに助力したのはあくまで”気まぐれ”に過ぎないんだぞ? 俺としてはそう何度も相談されたりするのは困るんだが…」
「ぅぅ…すいません…」
やっぱりだめだった…。わかっていたこととはいえ、やっぱり落ち込んでしまう。
「…」
先輩はそんな私をじっと見ていた。…しばらくして、また先輩のため息が聞こえる。その直後に
「…俺も暇ではないんだがな……。…今日は無理だ。」
そんな小さな呟きが聞こえた。
「え…?」
その声に私は頭を上げて先輩のほうを見る。先輩は本当に仕方なさそうに
「明日…2年生の授業内容をまとめたノートを持ってくる…今日は我慢しろ。…いいな?」
そんな先輩の言葉が一瞬信じられなかったが。すぐに私は頭を下げて
「あっ…ありがとうございますっ!」
そう言っていた。…先輩はまたため息をついていた。
「でも…本当にいいんですか…?」
恐る恐る聞いてみる。
「…できればやりたくないがな…ただしテスト当日までだ。わかったな?」
「あっ…は、はい!」
私は2、3日でもよかったが。せっかくなので先輩の厚意に甘えることにした。
先輩は仕方なさそうな表情だったが。私はそんな先輩にもう一度頭を下げてお礼を言ったのだった…。
久しぶりに真梨登場。
しばらく「テスト編」が続きます。