第14話「”救い”と想い」
桐野のおかげで”変われる”ことができた美月。次は桐野を救います。
〈Another Side〉
「…どういうことだ…」
楽しげな声、その中に彼女はいた。その笑顔には”嘘”は感じられない。
数日前、彼女は確かに”独り”だったはず…なにがあってもそれが揺らぐことはないはずなのに…。
彼女は多くの生徒に囲まれていた。それだけでも十分驚く原因にはなりえる。だがそれ以上におれを驚かせたのは…。
(心からの…笑顔…!?)
彼女も、それを囲んで楽しそうに会話する生徒たちも…。全員の笑顔からは”嘘”を読み取ることができなかったのだ。
(あれは…”嘘”ではないというのか…? そんな筈はない…! 人間は笑顔で、平気で人を騙す生き物だ…!)
それでも、そこから”嘘”を見抜くことはできなかった。”嘘”がないのならそれは”真実”なのだろう…だが、それは認めない。認めるわけにはいけない。
それは今の俺を否定することでもある…。
(俺ですら…読み取れないのか…?)
だから俺はこの結論に至った。そうだ、俺が読み取れないだけで───
(だが…どうやって…?)
俺は人が”嘘”をつく時の仕草を知っている。それは遺伝子レベルで人間にインプットされた一種の”クセ”のようなものでもある。それが全て適用されない…。そんなことがありえるのだろうか?
「わからない…理解できない…!」
俺が混乱していたときだった。
彼女と目が合ってしまい、彼女はそのままこちらへとやって来る。
「やめろ…」
こっちへ来るな…! キミは…俺を混乱させる…!
「先輩っ!」
だが彼女は目の前まで来てしまった。
「先輩…私…変われました。先輩に勇気をもらったから…1人でも…できました!」
「…来るな」
もう彼女の言葉を聞く余裕はなかった。思えば彼女は最初からそうだった。いつも彼女の行動には”嘘”が感じられなかった。…彼女の存在そのものが俺にとって異常そのものだったのだ。
そう思うと。彼女が怖くなった。
「え…? あの、先輩───」
「…これ以上…俺を混乱させるなぁっ!!」
そう叫んで、俺は駆け出した。行き先なんて決めてはいない。ただ、これ以上彼女と関わるとまずい。そんな予感がしたのだった…。
〈Another Side Out〉
「…これ以上…俺を混乱させるなぁっ!!」
教室で話していると視線を感じ、振り向くと先輩がいた。私は周りの視線も気にせず先輩へと駆けよる。だが先輩は突然そう叫んだ。
あの冷静な先輩が始めて叫んだ。それだけでも異様だが、先輩はそのまま駆けていってしまった…。
私は何がなんだかわからず唖然とする。周りもこの事態に混乱していた。
「先輩…どうしたんだろう…」
今の私なら、先輩に見せてあげたい”人間の良いところ”を見せてあげられるはずだ。
あの日、先輩は何をやっても無駄だと言った。だが私はそんな先輩の言葉を覆し、最初は1人で頑張って今の結果を手に入れた。
「あ…」
そこまで考えて気付いた。…先輩も恐れてたんだ、私がこうして変わることを。それは先輩が今までやってきたことを、積み重ねてきた”人間”というイメージを否定してしまうことだから…。
そしてそれは、それを糧として今まで生きてきた先輩の人生も全て否定してしまうことだから…。
「私…残酷なのかもね…」
結局、自分のワガママで始めたことだ、先輩はそれに”偶然”関わり、その”偶然”でこれまでの人生全てを否定されようとしている。
「でも…私…」
それでも、私は先輩を救ってあげたかった。最初こそ辛いのかもしれない、でもそれでもその先にはきっと”幸せ”があるはずで、どうしても辛いなら私が支えてあげたかった。
…今までは先輩が私を支えてくれていた。だから今度は私が先輩を支えてあげる番。
次、先輩に会ったら必ず伝えよう…ありのままを全て…。たとえそれが残酷な物だったとしても…。
そう決心して、私は教室へと戻ったのだった…。
「すっかり遅くなっちゃった…」
今日のことを考え込んでいたらすっかり辺りは暗くなってしまっていた。私は走って帰路についていた。春とはいえまだ少し夜の空気は冷える。
「あれ…?」
帰り道を1人、走っていると、視界の端に見慣れた後姿が見えた気がした。
「気のせいかな…?」
そう思いつつもその方向を見る。その方向にたしかに、いた。
「桐野先輩…?」
あの後姿は間違いないだろう。だがこんな時間にまだ制服姿でどこに行くんだろう…。
少し気になった私は、先輩の後をこっそりとついていくことにした…。
後を追うと、先輩は公園に入っていった。
私もそれに続いて公園に足を踏み入れる。その瞬間───
ガバッ!
「キャァッ!?」
急に右手首を掴まれた。
「…誰だ」
聞きなれた声。これは…
「桐野…先輩…?」
「…!? キミは…」
そこには、確かに桐野先輩がいた。
「まったく…誰かに尾行されていると思って待ち伏せてみれば…」
先輩は呆れたように言った。私は近くのベンチに座り、先輩はそんな私の前にいた。
「すいません…。でも、どうしてこんな時間に制服で…?」
私が聞くと、先輩は黙り込んでしまった。そんな様子を見て、私はある可能性に思い至った。
「もしかして…まだ家に帰ってないんですか…?」
「っ…」
先輩が少し動揺した。どうやらその通りらしい。先輩も悟られたことを察したのか、観念したようにため息をついた。
「どうして…」
そんな私の疑問に、先輩はさも当然のように
「…両親とはできる限り顔をあわせたくないんだ。俺には両親の本心が見えてしまったから…」
「あ…」
そうか…。でもそれじゃあ先輩は毎日のようにこんな時間まで…!?
「先輩っ! こんな時間まで出歩くなんて危ないですよ!」
そんな私の言葉に、先輩は首を横に振った。
「なら、キミは相手の本心を悟ったままその相手と普通に接することができるのか? …俺はそこまで強くない」
だが私も負けずに言い返す。
「先輩はそうやって本心だけで相手を判断しようとしてますっ! それ以外にも人には良いところがあって…だから私は変われたんですっ!」
そんな私の言葉に、先輩は
「そうだ…キミもどうせ俺には読み取られないような”嘘”で相手を騙し。同じように”嘘”で取り繕った連中を集めたんだろう…!」
そんなことを言った。
「”嘘”なんかじゃないです! 私は本当に先輩に教えてあげたくて…先輩を救ってあげたくて───」
「ああ…! まただ! また読み取れなかった…! キミが”嘘”をついているとわかるのに…それを読み取れない…! …何をした!? どうやって隠したっ!?」
先輩は私の肩を両手で掴む。その力は強かったが、同時に…震えていた。
見ると、先輩も苦しそうな表情をしている。
…今、先輩は恐れている。自分の信じてきたものを否定されることが。
だからこそ、私は先輩に優しく微笑んで
「…隠してなんかないですよ。これがありのままの私です」
そう言った。
「…”嘘”だ…! 人間は…───」
先輩は俯き、それでも必死に否定する。だが私は言葉を続ける。
「先輩、もうやめましょう…。先輩だってちゃんと伝わったはずです。”人には良いところもある”ということ…」
「…」
先輩は黙り込み、それでもその体は震えていた。
「これが残酷なことなんだってことはわかってます。…これまでの先輩を否定してしまうことも…でも、もう先輩も1人じゃないんですよ…? …辛いときは、私が支えます。…いいえ。私にも支えさせてください…」
あの日。先輩に拒絶された日からずっと後悔していた。あの時私は確かな”想い”があった。もしそれをあの時ちゃんと口にしていれば、きっと結果は変わっていたはずだった。
先輩はあの時私を”見込み違い”だと言った。そしてあの失望したような表情。あれはつまり”私のことを少なからず信じてくれていた”ということ。なら私はその信頼を失うようなことだけは絶対にしてはいけなかった。
…もう迷わない。私は一呼吸おいて、そしてはっきりと
「…好きです。桐野先輩のことが、大好きです」
嘘偽りのない、確かな”想い”を口にした…。
”変化”を恐れ、否定する桐野。
そんな桐野を”支える”と決めた美月。
次回、いよいよ最終話です。