第12話「”不屈”の努力」
1人でも戦うことを決意した美月。
彼女を待ち受ける困難とは…?
『先輩はもういないけど…1人で、頑張ってみるよ…!』
それは、私にとっての決意。自分のせいで傷つけ、遠く離れてしまった先輩へのせめてもの罪滅ぼしでもあったのかもしれない…。
でも、それでも今、私はあの頃の逃げてた自分とは違うから。
今の私には、確かな”決意”と”勇気”があったのだった…。
「秋村」
昼休み。最近はテストがあってすっかり無くなっていた嫌がらせもここ数日でまた復活していた。
いつものように席に座る私を数人の女子生徒が取り囲む。
「じゃあまたお願いしてもいいかな?」
言い方こそ”お願い”だけど、これが”命令”なのは私が一番よく知っている。
私はその気迫にまた押しつぶされ、頷いてしまいそうになった。それでも必死にこらえる。
そして私ははっきりと首を横に振って
「嫌です」
そう言った。
「…え?」
私が拒否するとは思ってなかったのだろう。女子生徒は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して。
「ちょっと秋村。自分がなに言ってるのかわかってんの?」
と、脅したように言う。
でも私ももう引く気はなかった。
「わかってます。…もうあなたたちの言いなりにはなりたくない、と言っているんです」
と、はっきり口にした。それを聞いた女子生徒達は動揺していた。周りで雑談をしていた生徒達もそんな私たちの様子を遠巻きに見ている。
「…ふうん。そう、わかったわ」
女子生徒達は思ったよりあっさりと引いてくれた。でも、最後までこっちを睨んでいたことを考えるとこれで終わりとは思えなかった。
でも、私ははっきりと拒絶できた。もう昔の逃げていた自分には戻れない。でも、私は…。
(変わりたいって…そう思ったんだから…)
私が今まで踏み出すことのなかった”一歩”を踏み出した瞬間だった…。
「そっか。じゃあもうお昼買いに行かされることは無いね」
放課後に図書倉庫に寄ったけど、やっぱり無人だった。
仕方なく帰ることにして、いつもの合流場所には真梨ちゃんが待っていた。どうやら今日のことが気になって待っていてくれたらしい。
私は今日、お昼休みのことと、これから少しずつ他の生徒と話して打ち解けていこうとしていることを話した。
それを聞いた真梨ちゃんは嬉しそうに笑って喜んでくれたのだった。
「私はこうして話を聞いてあげることしかできないけど…頑張ってね。応援してるよ!」
「うん、ありがとう」
真梨ちゃんに励まされて、私はまた少し元気が出たのだった…。
異変に気付いたのは、教室に入ってすぐだった。
みんなが私が教室に入ってくると私を見て、また視線を戻す。…それは同じ、だけど…。
(なんだか、違和感が…)
その時の視線が今までとは違って、どこか冷たいというか…。
(とにかく…今日から頑張ろう…)
私はこの異様な雰囲気に飲まれないように、気を引き締めたのだった…。
すべてを理解したのは、昼休みになってからだ。
休み時間に勇気を出して何人かの生徒のグループに話しかけたのだが、その全てが私を避けるように去ってしまう。最初は今までの噂が原因かと思ったが、昼休みに視線を感じて振り向くと、そこにはクスクスと笑いながらこっちを見るあの女子生徒達がいた。
そこで私はようやく、今の状況は彼女たちが作ったものだと理解した。
「…そんな…」
私は小さく呟く。話しかけても無視されるならどうしようもない。
やっと変われる、そう思ったのに…。やっぱり私には何の力もないのだろうか…。
すっかり力の抜けてしまった私はトボトボと弁当箱を持って教室を後にした。
辿り着いたのは中庭。ここにも何人か生徒がいたが、みんなが私のほうを見ては、あの冷たい視線を向けてきた。どうやら私のクラス以外でももう手遅れらしい。
すっかり落ち込んでしまった私は、なるべく人気の無い場所に座るとお弁当を食べ始めた。
やっぱりもう、無理なのかな…。
そんな事を考えた時だった
「…なぜ足掻く。無駄なのはわかっているはずなのに」
懐かしい声が聞こえた。私は慌てて顔を上げる
「桐野…先輩…?」
そこには、桐野先輩がいた。
「…どうして…」
私は一瞬、また先輩が助けに来てくれたんじゃないかと思った。けれどそれはないとすぐにわかった。
先輩の表情は、あの日最後に見たときと同じように冷たいままだったから…。
「…キミのクラスを通りかかったとき、キミが同じクラスの生徒に無視されているところを偶然見た。にも関わらずキミはまだ諦めようとしない。何をしてももう無駄なのに」
先輩はその表情のまま淡々と言った。
「そうかもしれません…でも…」
先輩に言われて諦めようと言う気持ちは消えた。先輩は”人間は自身のためなら平気で嘘をつき、他人を騙す醜い生き物”だと言った。
たしかにそうかもしれない。誰だって嘘はつく、でも全ての人間がそうじゃない。
先輩は人の”悪いところ”しか見ていない。いや、それしか知らない。
だから私が先輩に教えてあげたかった。私も自分のために先輩を傷つけてしまったけど、でもだからこそ先輩のことを救ってあげたかった、知ってほしかった。…だから私は
「まだ諦めません。先輩に教えてあげたいんです。人にはちゃんと”良いところ”もあるんだって」
はっきりと、そう答えた。先輩はそんな私を見て
「…今まで俺の助けなしでは何もできなかったキミに何ができる? …キミは結局1人では何もできない。それをなぜ認めようとしない?」
そう言った。でも私も引かない。
「今まではそうでした。でももう先輩が助けてくれるわけじゃありません。でも先輩が勇気をくれたから…だから私はもう1人でも戦いますっ…」
そう力強く言った。先輩は意思の変わらない私を見て呆れたようにため息をつくと
「…なら勝手にすればいい、キミにもいずれわかる。…もう何をしても無駄だということが、な…」
そう言って、去って行ったのだった…。
「そっか…桐野先輩が…」
放課後、結局今日は無視され続けた。だが不思議と落ち込んでいるわけではない。皮肉にも先輩の言葉のおかげで元気が出ていた。
今日も真梨ちゃんが待っていて、私は真梨ちゃんに今日のことを話した。
「でもさ、実際なにか考えはあるの?」
「…それは…」
まだ、なんともいえなかった。そんな私を見て真梨ちゃんは呆れたように
「ハァ…勢いだけじゃどうにもならないでしょ~に…」
「ぁぅ…」
そんなやりとりをしていると、見覚えのある人影が見えた。
あれは…。
「小山さん…?」
「…!?」
「あっ…」
私の声に振り向いた人影───小山さんは私の姿を見ると、慌てて逃げていってしまった…。
「行っちゃった…」
「知り合い?」
不思議そうに真梨ちゃんも小山さんが逃げたほうを見ていた。
「うん…同じクラスの人」
結局、私たちはそのまま帰路についたのだった…。
〈Another Side〉
それを知ったのは数日前だった。
彼女のクラスの前を通るときに偶然彼女の姿を見かけ、何となく目を向けると、俺にもその”異変”が感じ取れた。
彼女は周りの生徒に積極的に話しかけていた。彼女は内気で周囲に溶け込めないと言っていたが…どうしたと言うのだろうか…。
だが問題はそこではなく、彼女が話しかけようと近づくと、皆が避けるように去っていった。
そんな様子を見ていると、廊下で同じくその様子を見ていた女子生徒達の会話が聞こえてきた。
「あ~あ。また避けられてる。ホントにバカだよね」
「そうそう。大人しく私たちの言うこと聞いてればよかったのにさ」
…なるほど。原因は彼女たちか。
どういう心境の変化があったか知らんが、せいぜい足掻けばいい。
そう思ってその時は立ち去ったのだが。次も、その次の休み時間にも彼女は他のクラスの生徒にまで話しかけては無視されていた。
「…何故だ…」
俺には彼女が何故ああまでするのかわからず、結局その日の昼休みに彼女に直接聞きに行ったのだった。だが、彼女は
『まだ諦めません。先輩に教えてあげたいんです。人にはちゃんと”良いところ”もあるんだって』
そう言った。それが俺をさらに混乱させた。
そして、彼女はその言葉通り今もまわりの生徒に声をかけている。
だが結果はやはり無視。それでも彼女からは”諦め”が感じられなかった。
「馬鹿馬鹿しい…」
彼女1人に何ができるというのか…。俺はもう一度彼女の方を見て、その場を後にした…。
〈Another Side Out〉
あれから数日、私はずっと積極的に他の生徒に話しかけた。
だが、そのすべてが避けるように立ち去ってしまう。そんなことがずっと繰り返されていた…。
「やっぱりだめか…」
諦めたわけではない。私はもう諦める気は無い。第一もう後には引けないのだ。
「どうしようかな…」
今は昼休み。先輩と会う前は1人でお昼を食べていたこともあって、すっかり1人にも慣れてしまった。
…だからといって1人がいいなんてもう思いはしないが。
しかし、このままでは本当にどうしようもない。私がどうしようかと悩んでいると…
「あの…秋村さん」
「え…?」
不意に私を呼ぶ声がして顔を上げる、するとそこには…。
「小山さん?」
小山さんがいた。…そういえば小山さんとは財布の一件で少し話したきりでまだ一度も話しかけてなかったな…。
話しかけようとしてもなぜかいつも休み時間はいなくなるし…。
「…どうしたの?」
てっきり私は小山さんにも無視されてると思ったからこれは意外だ。
私が聞くと、小山さんは急に頭を下げた。
「えっ!?」
「ごめんなさいっ! 秋村さん!」
私が戸惑っていると、小山さんからいきなり謝られた。
「え…え?」
「私…いつもいじめられてる秋村さんのこと気になってて…可哀相って思ってたけど…みんな助けないし…自分が次に狙われるかもしれないと思うと怖くなって…」
「小山さん…」
「勇気がなかったこと謝りたくて…でもそれも言えなくて…私っ…!」
小山さんの目には、涙。それでも小山さんは話し続ける。
「私…こんな性格だから…秋村さんの気持ちわかる…でも秋村さんは勇気をだして、みんなに無視されても諦めなくて…。…だから、私も逃げたくなくて…」
「…」
不器用に、泣きながらも必死に伝えようとしてくれる小山さんを見て、私はとても嬉しくなった。
だから、私は心からの笑顔で
「別に謝らなくてもいいよ…ありがとう、小山さん」
そう言った。
「…うんっ…ありがとう…秋村さん…」
小山さんも、それに確かに答えてくれた。
「ほら、座って。お昼一緒に食べよう」”
”独り”だった私に、高校初めての”友達”ができた瞬間だった…。
小山さんと仲良くなることで美月の日常に変化が訪れます。
次回もお楽しみに。