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8、五月五日②テーマパークと博物館(中国・深圳編)

 次にバスが辿り着いたのは、〈錦繍中華〉(スプレンディッド・チャイナ)という人気のテーマパークだった。


今回のツアーの目玉である、このテーマパーク。はっきり言って広いのなんの。更に暑いのなんの。

まさにツアーという名の修行である。


「乗りまスカー?」


と、冷さんが言った。

園内を一周してくれる、三両編成の可愛らしい小さなトレインがあるらしい。しおりに記された園内がバカ広いため、ツアー客のほとんどがトレインを待つことになった。


 待つ間、どうにも喉が渇いたため、売店で椰子やしの実のジュースを買うことにした。

椰子の実を一つ注文すると、おばさんが刀で椰子の実の頂点を削り、直径五㎝ほどの穴を開けてくれる。その穴にストローを差し込んで吸うのだ。

さて、五人で回し飲みをした。


「薄い……」


満場一致だった。

どうにも、なにかが物足りない。だったら喉元はスッキリなのかと思いきや、味は薄いくせに飲めば飲むほど喉元は渇いてくる。これは、喉が渇いている時には飲まない方が良いジュースだ。


 ようやくトレインがやってきた。我々ツアー客以外のよその客たちも一斉に乗り込む。私,福本,木田は、なんとか先頭部分の座席に座ることに成功し、振り返ると二列後ろの座席には石場と藤井が座っていた。


運転席の隣に冷さんが座り、さて出発と思いきや、ツアーで一緒の日本人のおじさんが叫んだ。相当あせっている様子だ。

どうやらキャッシュカードか何かを、ホテルに忘れたか、どっかに落としたか、とにかく遂にやってはいけないことをやってしまったらしい。

冷さんがケータイで連絡を取り、なんとかこの場は収まり、さて出発。


 と思いきや、今度は私たちの後ろの席に座っていた中国人の老夫婦が、ギャーギャー騒ぎ始めた。思いっきり運転手に文句を言っており、運転手もギャーギャー怒鳴り返している。


ちょうど挟まれるカタチになった我々は、「あわわわわわわ……」と手すりにつかまって打ち震えていた。解読不可能なため、余計に怖い。

しかし、なんとか、ぶつくさ文句をたれる程度に老夫婦は落ち着き、やっと出発。


 と思いきや、今度は、藤井の後ろの席である中国人の若いカップルがギャーギャー騒ぎ始めた。無視する運転手に、お茶の入ったペットボトルで、ガンガンッ!と車窓の上部を激しく叩き始め、更に椅子を蹴ってくるため、ちょうど前に座っていた藤井は前へつんのめりそうになった。藤井危うし。


この状況をどうするんやろ……と思っていたら、運転手は二人を無視して運転を始めた。更に、マイクを手に、淡々とした口調でガイドをしている。凄い肝っ玉の座った奴だ。


怒鳴られっぱなしでは収まりがつかないのか、時折思い出したかのようにマイクから口を離し、運転しながら振り返って中国人のカップルに怒鳴り返している。そんな運転手に中国人カップルも怒鳴って応戦。運転手の隣では、冷さんが日本語で淡々とガイドをしていた。


とんだトレインに乗り込んでしまったものだ。きっと、中国ではこれくらいの度胸がなければ生きてゆけないのだろう。当然ながら、ガイドの内容がまったく頭に入ってこなかった。


〈錦繍中華〉(スプレンディッド・チャイナ)は中国各地の建築物、自然景観を凝縮したミニチュアワールドだった。

万里の長城や秦の兵馬桶へいばよう、最古の石造りのアーチ橋である趙州橋ジャオジョウチァオ、最大の宮殿である故宮、最大の大仏である楽山大仏ローシャンターフオ、最大の滝の一つである黄果樹フアングオシュー瀑布バオブーなど、中国全土の名所旧跡の約八十ヶ所が、実物の十五分の一のスケールで精巧に再現されているらしい。

しかも、ミニチュアは実際の中国地図上の位置関係に配置されており、一日で中国全土を旅した気分を味わえるのである。


たくさんのミニチュアの中をトレインがゆっくりと横切っていく。ツアー客がシャッターをきらない時はないほど、見所満載のテーマパークであった。






 さて、テーマパークを出ると、次に腹ごしらえとなった。バスに揺られ、冷さんに連れられて、とあるレストランに到着した。


まあまあ普通の味のレストランであった。これと言ってうまくもなく、これと言ってまずくもなく、本当に普通の味であった。なんせ出てきた料理が皆目思い出せない。

唯一憶えているのが、デザートのすいかだ。もちろん普通の味だった。大皿に乗ってやってきたのだが、各々のフォークで取るのではなく、すいかにつまようじが刺さっており、これを使うらしい。本数は四,五本だった。一見、普通の本数だが、テーブルは九人掛けだった。

そこだけが、ちょっと普通ではなかった。






 腹も満足し、バスに乗って次の目的地へと向かう。

 次に止まったのは博物館だった。

ロビーに置かれた金色の置物の前で有難みが分からないまま写真を撮り、落ち着くからという理由で木の椅子に座らされる。


しばらくして案内されるがまま、我々はエレベーターに乗った。ちなみにエレベーターは〈電梯〉と記されていた。納得である。


 まず最上階の三階へ上がった。

中国の縮小模型などを見終わり、矢印のルートに従って二階へ降りる。


中国の歴史が綴られた部屋を早足で通り過ぎると、廊下には四枚繋ぎの屏風が飾られていた。

屏風と言っても襖ではなく木で作られており、模様は豪華にも翡翠でデザインされていて、これが決して嫌味ではない。ある屏風は馬やら果物やらがたくさんデザインされており、またあるものは人物のデザインが映画のワンシーンのように施されていた。


私が特に気に入ったのは、かぐや姫が天上界へ帰っていく屏風だ。皆も同じようなことを考えているらしく、すでに注文で完売していた。ちなみに二十万円である。

なかなか手頃だと考えたのか、パイプの煙草をくわえてそうな上品な面持ちのおじさんが、すっと前へ歩み出た。いかにもブルジョア紳士だ。すでに残りの者は階下へ降りていたが、そのおじさんだけはなにやら交渉を始めている。一人お買い上げになるようだ。


 さて、一階で知らない奴の絵画を見た後、我々ツアー客は出口へと向かった。その出口は、掛け軸で壁一面がびっしりと埋め尽くされた、長い廊下の先にあった。

その長い廊下を歩く我々に、出口近くに立っている中国女性が叫ぶ。


「ココの掛け軸、どれでも好きなもの一万円で売ってマス。今なら一つ買ったら、更にもう一つ付けマス。とてもお買い得ヨ」


その言葉に、我々ツアー客は笑った。

概して、日本人には美術品は高いものほど有難いという感覚が備わっているのだが、中国人には全く以て考えも及ばない感覚らしい。通販じゃないんだからとツッコミたくなる。


「もう一つを付ける」という言葉で一気に有難みをなくし、さっさと廊下を通り過ぎて博物館を出ていく我々に、背中から、


「ナンデ買わないのーっ!?」


と、中国女性の不思議そうな叫び声が飛んできた。

買い物の国に住む香港女性に比べ、中国女性はまだまだ修行が足りないようだ。もしくは、彼女がただ単に、高倉健の如く不器用なだけか。

高倉健は自分は不器用だと気付いていたが、彼女はそれすら気付いていない。根っからの不器用な奴のようだ。


 ちなみに、掛け軸で安い物は、流れ作業で大量生産しているものがほとんどだとか。

どのような流れ作業かというと、山を書くのが得意な奴、川を書くのが得意な奴、草木を書くのが得意な奴……という数人構成で一つの掛け軸が作られていくのだ。そんな掛け軸、飾るのちょっと嫌だな。






 もう一度バスに乗り込み、香港へ帰るため、朝に通った出入境審査所へもう一度やってきた。

行きと全く同じ順番通りに並ばされ、出番が来たら、パスポートと二枚綴りの入国カードを差し出す。この入国カードは、昼食後に冷さんがツアー客みんなに配ったものだ。複写の二枚綴りのうちの一片を返される。これを、日本に帰るときの出国カードとして使うのである。


 予定としては四時にホテル日航香港に到着のはずだったのだが、ツアー客が三十人以上いたという難関も手伝ってか、さすがの冷さんも時間通りにまとめあげるのは至難の技だったようだ。四十分ほどロスをしており、我々五人は一日が過ぎていることに少なからずがっかりしたのである。

読んでくださって、ありがとうございました。

次回に続きます。

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