7、五月五日①市場(中国・深圳編)
五月五日。
今日もツアーだ。旅行前のプランでは、この日は終日自由行動のはずだったのだが、章さんの勧めで、中国の深圳へと繰り出すことになったのだ。まんまと章さんの罠にかかっている我々がいる。
ホテルのロビーに七時半集合。バスがやってきたので、いそいそと乗り込む。
国境を陸路で通過し、中国の経済特区である深圳へと赴くため、車のナンバープレートは、香港と中国の二種類ついている。面白い。
ガイドさんは、阿部寛と、映画『ゴーストバスターズ』の主人公、ピーター・ベンクマン博士を演じるビル・マーレーを足して、阿部寛を引いた感じだ。ビル・マーレーしか残ってないやん。そう、ただ単にビル・マーレーに似ていた。
「冷さんと呼んで下サイ。冷たいと書きますが、心は暖かいデス」
と、基本的なユーモアギャグを口にする冷さん。なかなかユーモアがあっていい人そうだが、毎回ツアー客にこのギャグを口にしているであろう台詞回しだったため、少しユーモアに欠ける人だ。悲しいことに疑うことも板についてきた。
バスがようやく止まった。香港と深圳の境に立つ出入境審査所へやってきた。
正直、汚かった。一歩間違えれば監獄所の玄関だ。どこからともなく動物園臭さも漂い、あまり長時間いるべき場所ではない。
早速、手続きを済ませる。手続きと言っても、ツアーの我々は冷さんに呼ばれた順番に並ばされ、順番が来たら、パスポートと香港国際空港で二枚綴りのうちの一片を返された出国カードを渡すだけだ。
ガイドブックには、前もって香港でビザを取得しておかなければならないと記されていたが、香港の旅行会社でもビザ申請手続きの代行を行っているらしく、どうやらツアー企画の彼らが先に手を打っておいてくれたらしい。こういうとき、ツアーは楽で助かる。(昔の旅なので、現在は変更しているかもしれません。)
また、パスポートチェックは警察が行っていた。なんとも不思議な光景であった。
さて、手続きも済み、国境を越えて無事に中国へやってきた。
香港のような、高層ビルの合間を縫うように走るせせこましい道路とは打って変わって、深圳の道路は五車線以上あり、ゆったりとしていた。
一九八〇年に経済特区に指定されて以来、海外資本が流れ込み、目覚ましい発展を遂げているらしいが、街の中心部以外はオフィスビルもなく、目立った高層ビルもあまり見当たらず、あるとしても小汚いマンション程度だ。
しかも、ベランダがないため、小さな窓から紐やら棒やらを垂らし、たくさんの洗濯物を乾かそうと悪戦苦闘している。まだまだ田舎である観が拭いきれなかった。(昔の旅なので、現在は変貌しているかもしれません。)
さて、観光の一発目は市場見学だった。
年期の入ったショッピングセンターの吹き抜け一階部分から始まり、建物の二階部分にあたる天井ありの駐車場の方まで、簡易的な露店が屋外にいくつも並んでいる。
到着した途端、「くさっ!」と叫んだ。なんと、食材すべてが丸裸で売り出されていた。
魚は水槽で泳ぎ回り、果物のライチやらパイナップルは原形のまま並べられており、可哀そうに、ダックは吊された状態でお買い上げになってくれる客を待っている。
なんとも不衛生な状況に、スーパーが当たり前の我々は、しばし閉口するのであった。
二階へ登り、一階のマーケットの様子を見下ろすと、十二歳ほどの少年の働いている様子がよく見えた。ゴボウのようなものを細かく刀で切るという作業をしていたが、プロ並の慣れた手付であった。一朝一夕で身に付くものではない。
フラッシュをたいて写真を撮ると、それに気付いたのか、照れ臭そうにお兄ちゃんと笑いながら作業を続けていた。微笑ましい兄弟である。
一階へ降りると、階段のそばで、六歳ほどの少女と十一歳ほどの少女が、母と思しき女性の隣でやはりゴボウを切っていた。
偉いな~。私なんぞ、もうかれこれ一ヶ月も働いとらん。「ハローワークに行きやっ!」と母に催促された日なんか、「今日は風がきついからやめとくわ」と言った。「そんなんいつまでもゆーてたらええわ」と言われたが、それにしてもここの子供達はえらいもんだ。(安心してください、今は働いてますよ)。
さて、買ったところでどうすることもできないので、何も買わずに待ち合わせ場所で座って待っていた。
すると、ある客がニワトリを注文した。店の男性は、なんと生きたニワトリを掴み、隣の露店へと持っていく。すると、受け取った露店の男性は、無表情で生きたニワトリを目の前でさばき始めたのだっ!
ヒィ━━ッッ!!
残念ながら私はこのシーンを見逃してしまったのだが、石場がその状況を語ってくれた。
なんともワイルドなお買物だ。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。