6、五月四日③漢方薬とシルク店とディナークルーズ
更に漢方薬の専門店へ連れていかれた。ほとんどたらいまわしだ。
通された部屋は何のインテリアも施されていない簡素な作りで、部屋の半分は丸椅子で埋め尽くされていた。我々ツアー客が丸椅子に腰をかけると、目の前にある壇上に、いかにも怪しげな白衣の女性が登場した。ねこそぎ胡散臭い。
蛇鞭粉,蛇胆丸,肝油丸,糖尿丸,風湿丸,参茸粉,白鳳丸,靈芝丸,長寿液の、よう分からん九つの漢方薬を説明し終わると、途端に大勢の女中たちがわらわらと部屋へ押し寄せた。誰もがみんな漢方薬の乗ったトレイを手に、
「ドウですか? ドウですか?」
と、しきりに詰め寄ってくる。
「高いから安くしてくれ」
と言うと、
「OH……それはできまセン。でも、ここだけの話、白鳳丸の小さい瓶をおまけしマス。これ、内緒ネ。こっそりリーダーと交渉してきマス」
と言い、部屋から出ていったが、小さい瓶ではなく試供品を持ってやってきた。
「え? 試供品? ちゃんとした小さい瓶の商品をくれるんちゃうの?」
と私が言うと、
「しっ! 気付かれるっ! 小さい声でお願いネッ!」
と嗜められた。あまりにも熱が入ったその演技に、
「なあ、この試供品しかあかんの? それやったらもっとまけてーやー」
と、こそこそ喋る。粘ってみるが、なかなか女中はひかない。
仕方なく、父のお土産にすることにし、ボケ防止とダイエット効果のある参茸粉を買うことにした。
小銭が見当たらず「ないな~~」という顔をすると、
「百円ぐらい、なくてもイイっ。早く商品をっ」
と、急いで袋に詰めて漢方薬を差し出してくる。マジで怪しい。
まあ、本場だと思うので、経験と諦め買ってみる。
しかし、買った後、周りを見渡したら、
「コレ、買ってくれたおまけネ」
と、試供品を袋に入れてもらっていた。
おいっ! もう一度リーダーとやらと交渉し直させてくれっ! なんでただのおまけの試供品に、ワシはこそこそと芝居にのらなあかんかってんっ! 得したと思いきや、おまけの試供品のために芝居にのったワシが一番損しとるやないかっ!
ちなみに、藤井は買い終わり、隣の友達の買っている様子を見ていると、
「ドウですか? ドウですか?」
と、トレイを持った女中がまたまた詰め寄ってきたらしい。
「あ、もういらないです」
と断わり、もう一度友達の方を見ようとしたら、
「他の人のことはいいのヨッ」
と、怒られたらしい。
凄いな、香港人。日本人は、「強引に勧めたら、今後の店のイメージに響くから」とすんなり引き下がるが、香港人は「取り敢えず、今が大事なのよ! 今を逃したら、客は本国へ帰っちゃうのよっ!」とズンズン詰め寄ってくる。香港の女性が強いとは訊いていたが、想像以上だ。
ショッピングは更に続き、次に連れてこられたのはシルク店であった。
「嘘偽りのない、100%のシルクで作ってマス。これが偽物の服、こっちがウチの作った服。触って確かめてチョウダイ」
言いながら、店長のじじいがはしゃぎながら、今度は違うツアー客へと説明をしにいった。忙しそうな奴だ。
香港では、品質表示も嘘っぱちをこいてよい国なのだそうで、品質表示が100%シルクで激安の服は、少なくともシルクが100%ではないのである。
こんな荒技をやってのける香港人も凄いが、こんな乱暴な話がまかり通っている国もまた凄い。これこそ本場の『渡る世間は鬼ばかり』である。
それにしても、どこまで疑わねばならんのだ。ここまで巧妙に嘘をつかれては、疑うほうもそうそうに気が抜けない。
さて、ここでも翡翠専門店と同様に、マンツーマンの要領で店員が一人ずつついてきた。
「買わん」
と言うと、今度は二人に増えている。
「絶対買わん」
と断固言い張ると、強引にレジへ引っ張っていこうとする。
「買わんっ!」
と叫んで手を振り払うと、先程よりも三倍の距離まで離れ、二人でこっそりとこちらの様子を窺っていた。今までにない日本人ツアー客だと悟ったらしく、対応に戸惑っている感じだ。
強引な香港女 VS.腰の低い私。勝負は日の目を見るより明らかかと思いきや、事態は一転、完全にこちらがカードを握っているカタチである。
しばし無意味な対峙が続き、気が付けば待ち合わせ時間と相成り、そのままタイムオーバーとなって、私はほくそ笑みながら店を出た。ちょっと勝った気分であった。
さて、海底隧道(海底トンネル)で香港島から九龍半島へ戻ると、そろそろ日も暮れ始めてきた。
夜はヴィクトリア湾でディナークルーズである。
これがきつい。とにかくきつい。風があり波は高いくせに出港しないので、震度五を延々と味わわされている感じだ。
なのに、楽しげに奏でられる音楽、にこやかな客達、優しく微笑むボーイども……。おかしいのは私だけなのか?
どう考えても食が進まんので、窓の外を眺めていると景色が動き始めた。ようやく出港したようだ。
料理はバイキングである。まあまあの味だ。
しかし、あっさりした物が食べたかった私は、こてこて物を食べられず、仕方なく一度甲板に出て気分をリフレッシュさせることにした。
二階のレストランの後ろ部分である甲板へ出る。
夕方だが、なかなか綺麗な景色であった。一人ぽっちではあるが、なにかしら香港の一人旅を思わせる。一人、甲板に佇み、夜景を眺めながら物思いにふける。
見た目は綺麗だが、中身は汚い香港……。遠慮と実直の精神を持ち合わせていない国は、とにかく生きていきにくい……。私には合わん国や……。
その時、私を気遣って藤井も甲板へやってきてくれた。二人で写真を撮ることにした。
ようやく落ち着き、レストランへ戻る。
ちょっとお腹が空いてきたので、バイキングへ行くと、なんとボーイどもが料理をしまいだしていた。
(こらっ! ちょっと待てっ! ワシはまだ食うとらんっ!)
と、慌てて食べられそうなものを皿に盛る。せっかちなボーイどもだ。
なんやかんやで夜になった。フェリーの外は百万ドルの夜景だ。レストラン部分の照明は落とされ、宝石箱をひっくり返したような夜景が窓から映える。綺麗だ……。
黙々と料理とスイーツを食べていると、一人の香港女性がやってきた。
「コレ、買いますか?」
見ると、私が呑気に笑いながら料理を食っているキーホルダーである。いつの間に盗撮していたんだ。
「買わん」
と言うと
「OH……」
と、女性は去っていった。商魂逞しい香港女性は、いつでもどこでも現れる。
それにしても、仕方ないとはいえ、後で自分の顔の写真が処分されているのを想像すると気分悪いなぁ。
大体、あんなキーホルダー買う奴おるんかいな、と思っていたら、なんと石場はなんの躊躇もなく買っていた。一体どこに吊るすつもりなんや。
食事を終えると、みんなで最上階に当たる三階部分の甲板へ出た。ゆっくりと近付いてくる香港島側の摩天楼は絶景の一言である。
百万ドルは嘘ではなかった。なんともロマンチックな夜である。
ツアー客は写真を撮りまくり、我々も負けじと写真を撮る。石場がカメラマンになり、他の四人を撮ったときであった。
「あ、木田さん、映ってないわ」
と言った。
「アイヤーッ」
木田が嘆く。木田も遂にアイヤーを習得した。
ディナークルーズが終了すると、バスに乗り込み、そのままホテル日航香港へ向かった。
二日目の夜は、私,木田,福本と、藤井,石場の部屋割りとなった。
香港よ、素敵な夜をありがとう……。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。