12、五月六日②天后廟と二階建てバス
地下鉄から地上へ上がる。
ガイドブックを見て、一番近くの天后廟(道教の寺院)へ行くことにした。ここは昼間はただの道教の寺院だが、夜には占い街に早変わりするという場所である。
今日も非常に直射日光が厳しい。そんな猛暑の中、我々は必死に歩いて目的地へ到着した。
神様を目前にして言うのもなんだが、完全にミスった。地図を何度見ても、この場所であっている。しかし、肝心の天后廟は工事中なのか、グレーのパネルで囲まれ、冷たく閉ざされていた。
ガイドブックによれば、『地域の人々の信仰を集め、渦巻型の線香の煙が絶えることがない。周囲の喧騒から隔絶された祈りの場である』とある。
確かに工事用の囲いで完全に隔絶されているが、地域の人々の信仰すら隔絶してしまうのはいかがなものか。爪先立ちで覗いてみたが、思いっきり線香も途絶えているではないか。なにをもって信仰すればよいのか分からず、最終日で時間ももったいないだけにイライラが募った観光となった。
また、この寺院はフェンスで囲まれた、遊具のない公園のような場所に建てられていた。周りには木とベンチがあるだけで、ももひきを履いている怪しいじいさん達が右往左往している。『賭博厳禁』の看板の前で平気で賭博をしているし、思いっきり浮いていた我々は、身を寄せ合って、こそこそと公園を出たのであった。
さて、お次は二階建てバスだ。これにはいい思い出がない。ガイドブックにも『バスは、行き先や途中の停留所が示されていることが少ない。路線を知り、バスを利用するには、詳しい路線地図とバス停が書かれた〈香港街道地方指南〉という地図を利用すること』と書かれていた。
しかし、面倒臭がりな我々は、わけ分からん停留所の看板の文字を見て首を傾げ、「なんとかなるやろ」とそのままやってきたバスに乗ってみたのである。アホ決定となった瞬間だ。
バスは前から乗り、料金は先払いで運転席の横に備えられ箱に入れる。ちなみに、両替機はなく、おつりももらえないため、小銭を用意しておかなくてはならない。
我々は払い終えると、すぐさま二階へ駆け上がった。そして、一番前の席へ座る。
大きなフロントガラスから覗く眺めは、まるで空中に浮いているかのように錯覚するほど、ほぼ全面ガラス張りだった。
バスが動き出すと、路肩の木や看板がぶつかってきそうな迫力でスリル満点。わーいわーいとはしゃぎながら、いい年こいた我々は、二階建てバスを大いに満喫したのだった。
ただし、事故ればひとたまりもないということで、香港人は一番避ける席らしい。バスの事故が実際多いので、ちょっと注意したい席ではある。
さて、乗ったものの、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。我々はガイドブックをおもむろに開いてみた。今更だが、バスの降り方が載っていないか見るためである。
すると、こんな文字が目に飛び込んできた。
『停留所を案内する車内放送はない。車掌も乗車していない。途中下車したい場合は、下車したい場所を事前にメモに書いて運転手に見せ、運転手に居所が分かるよう一階の運転席に近い場所にいよう』
なに━━━ッッ!?
四人に慌てて知らせ、取り敢えず紙に降りたい場所を書くことにした。紙とペンを手にしたが、全く筆が進まない。
「なんて書いたらええんや━━!」
「下車したい場所って一体どこや━━!」
「どこに連れていかれるんや━━!」
「怖い━━! 今すぐ降りたい━━!」
半泣きになる四人に対し、唯一、福本があることを思い付いた。
「えーっと、〈新世界〉でなんとか分かるやろっ!」
〈新世界〉とは、ペニンシュラ辺りに点在する建物の名称の一部だ。〈新世界百貨店〉やら〈ニューワールドセンター〉など、新世界の漢字が集まっている場所だった。思い付いた漢字がこれくらいしかなかったのだ。
メモ用紙に『新世界 到着』と書き、我々は一階の運転手に慌ててメモを見せにいった。
途端、キキーッ!とバスは急ブレーキをかけた。
(なんやなんや? 何事や?)
と思っていると、バスの扉がバタリ!と開いた。
「GO!」
と運転手は叫び、道路を挟んだ向かいのバス停を指差している。なんと、我々は別のルートのバスに乗っていたようだ。(この時はそう解釈したが、今思えば、新世界第一バスを教えていたのかもしれません。ちなみに、新世界第一バスは2023年7月に姉妹会社であるシティバスと合併しました。)
小人のように、わらわらとバスを降りる五人。
そのまま異国の見知らぬ街に放りだされた我々は、ほとんど半泣きで身を寄せ合うことになった。
やばい。完全にやばい。最低でも、十二時半にはホテルに到着して、チェックアウトを済ませておかなければならないというのに……。
時はすでに十一時。完全に追い込まれた。ゴールデンウィークに、こんなに心細い気持ちになるとは思いもよらなかった。しかし、こんな異国の地でくたばるわけにはいかない。
取り敢えず、バスは怖いし嫌いになったので、安全な地下鉄を探すことにした。しかし、どこを見渡しても、それらしい看板やら階段が見当たらない。
我々五人は完全にパニック状態に陥っていた。
「と、取り敢えず、小銭がないから両替しよ」
そばにあった小さなお菓子屋やさんで安いお菓子を買い、札を崩す。
私はここで、原産国が香港であるグミキャンディーを買ってみた。帰国後、食してみたら、味はタイヤだった。もしくは自転車のチェーンの味だ。タイヤもチェーンも食べたことはないが、とにかく家族の間ではゲロまずいと大不評であった。
ついでに、私と福本は、ここのお菓子屋のおばさんに地下鉄の場所を尋ねることにした。繁華街では日本語を喋れる店員が多かったが、ちょっと二駅離れるとまったくもって通じない。
必死でジェスチャーで伝え、なんとか「この道路をまっすぐ行った所」ということだけは分かった。
お礼を言い、他の三人が見当たらないのでキョロキョロしていると、三人は隣の宝石店のおじさんに地下鉄の場所を訊いていた。取り敢えず、同じような答えが返ってきたらしく、言われた方向へ歩いてみると、ほんの十m先が地下鉄の階段だった。相当パニック状態だったようだ。
冷汗を拭い、なんとか油麻地駅から最寄りの尖沙咀駅へ生還することができた。ペニンシュラが懐かしく思えた、アホな我々である。
取り敢えず、ペニンシュラで最後の買い物をする。時間がないため、十一時半に玄関に集合ということで、各自、目当ての店へと蜘蛛の子散らすように散っていった。やはり午前中だけあって、空いているだけに快適であった。
数分後、約束の時間となったが、藤井の姿だけ足りない。石場と福本が慌てて探しにいき、ようやく迷子になっていた藤井をひっ捕らえることができた。
後はひたすら、長い遊歩道を走るだけである。最後のヴィクトリア港であるが、それどころではない。せっせと早足で歩いて遊歩道を歩き終え、石場,福本,木田はホテルへ、私と藤井はホテル前のDFSギャラリアで最後の買い物をした。
そして、なんとか時間内にホテル日航香港へ無事に帰還したのである。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。




