10、五月五日④四川料理と香港の日本漫画
さて、香港最後の夕食という事で、四川料理店へと足を踏み入れた。
店員のおじいさんがやってきて、早速、席へとエスコートしてくれた。しかも、席についた途端、おじいさんはテーブルにあったナプキンをわざわざ膝の上に敷いてまわってくれた。そこまでしてくれんでもよろしいのに。
適当に注文し、四川料理が運ばれてきたため、我々は早速、箸と口を動かし始めた。
お~いし━━━ッッ!
まさしく美味である。辛いものばかりかと思っていたが、それほど辛くもなく、絶妙な味付けがお口いっぱいに広がるではないか。
四川料理とは、疫病を防ぎ、寒さを凌ぐため、香辛料をたっぷり使った独特の辛い料理を伝統としている。
ただし香港では、辛さはあまり強調しない料理店が多く、ここも例外ではなかったようだ。
ただ、失敗だったのが、四川料理店に入ったならば、ちゃんと四川料理の代表的メニューを注文するべきだった。
餃子もよいが、やはり棒棒鶏や青椒肉絲といった四川ならではのものも、一度は口にしておきたかったと今更ながらに後悔である。
しかしながら、他の料理も本当においしかったので、香港は世界的に有名な食の都であると心底実感したのであった。
さて、腹も満足し、おあいそとなった。ここで大事件が勃発した。我々五人で電卓を叩いて計算をしたが、どうにもこうにも伝票と食い違う。章さんが言っていたテーブルチャージを忘れていたので計算し、チップの10%も計算する。しかし、やはり計算があわない。
「消費税なんかないよな?」
「あるわけないやろ」
「なんであわへんねや」
「おかしいよな?」
「んんっ? 待てよー……。これや! なんでこれ、25HK$やのに、30HK$で計算しとんねや!」
よくよく見ると、なんとメニュー表の日本語訳が間違っているではないか。
我々は写真付きのHK$25と書かれたうま煮を注文していたのだが、もう一つのメニュー表にある写真が載っていない方ではHK$30として載っていたのである。HK$30のうま煮と、HK$25のうま煮が、逆に訳されていたのだ。食べたのは確かにHK$30のうま煮だが、写真付きのHK$25だと思って注文した我々には困った問題であった。
「なんだよ、たった九十円じゃん。許してやんなよ」と思われるかもしれないが、しかし考えてもみてほしい。我々は今まで香港人の商魂逞しさで、つぶさに辛酸を舐めてきたのだ。
石場なんか、肩凝りの漢方薬を買わされ、高い国際電話代で母親に電話をすると「そんなもんいらんわっ!」と怒られたのである。
そんな我々がオーナーにわざとではないと言われたところで、「はいそうですか」と簡単に引き下がれるだろうか。いや、無理だ。それどころか、疑心暗鬼を掻き立てる言動以外の何物にも思えなかったところで一体誰が責められましょう。
「ふざけんなっ! 25HK$で計算しろーっ!」
「OH……」
「OH……じゃねえっ! そっちのミスやろっ、諦めろっ!」
「どうしてでスカ? ちゃんと30HK$のうま煮を食べたから、これであってマス」
「それが間違ってんだよ!」
「いいから、さっさと25HK$で会計しろっ!」
今までのストレスが、この四川料理店で一気に爆発っ!
ギャーギャーッ騒ぐ我々に、オーナーもやれやれと25HK$で手を打ってくれたのであった。
帰りはにこにこ笑って、
「お邪魔しましたー」
と、頭を下げつつ出ていく。店員はちょっと戸惑いながら、苦笑いで送り返してくれたのだった。
そして店を出た後、一人がぽそりと呟いた。
「でも、今のお店、おいしかったよな?」
その言葉に、もう一人が続ける。
「う、うん。おいしかったわ。今までで最高やった」
更にもう一人。
「あんなに食べたのに、一人、二千三百円って安かったしな」
「うん、思っとった。また食べたいよな」
こそこそ誉めつつ、
「あんなに騒いで悪いことしたよな……」
と、我々はちょっぴり後悔したのであった。なんか、騒いですんませんでした。
さて、夜空の下の賑やかな繁華街に出て、我々は最後の夜を楽しむべく、ぶらぶら散歩を楽しみながら帰ることにした。
途中、セブン・イレブン(こちらでは〈七十一便利屋〉という表示になっていた)に寄る。
そこで、私は漫画本を購入した。もちろん広東語に訳されているので、非常に面白い。これはただ単に私が漫画好きだからそう思うだけで、他の方には分からないかもしれないが、とにかく楽しいのである。下手の長談義で終わるかもしれないが、なにとぞ私の漫画本の説明にお付き合い願いたい。
まず興味深いのが、金田一少年の漫画の表紙だ。日本では〈7巻下〉となっているが、こちらでは〈10巻完結編〉となっていた。日本では上巻下巻に分かれた場合、〈7巻上〉〈7巻下〉で売られていたが、香港ではややこしいと踏み、上巻下巻で分かれた場合はその都度きちんと数字で表記したらしい。
台詞も面白いが、一番面白いのは擬音語だ。
激しい〈ドキドキ〉は〈心跳加速〉。教育テレビの中国語会話で、〈ときめきの上海〉が〈心跳上海〉となっていたことから、どうやらこちらでは擬音語のような物はなく、意味的なものに当てはめているだけらしい。なんとなく言語の仕組みが読めてきたぞ。あってるのか知らんけど。
また、風邪をひいたときの〈ケホケホッ〉は〈咳! 咳!〉。窓を小さく叩く音の〈コツコツ〉は〈叩叩〉となっていた。風で葉が散っている場面で、〈サワ サワ〉と書かれていたのが、こちらは〈風吹 葉動〉となっている。サワサワ同様、揺れるように斜めに印字されており、なかなかに芸が細かい。
ちなみに名前の訳は次の通りである。
GTOの〈鬼塚英吉〉はそのままだ。作者の〈藤沢とおる〉は強引に〈藤沢亨〉となっていた。〈GREAT TEACHER ONIZUKA〉が〈麻辣教師〉となっていたのには、いまいち理解に苦しむ。そのまま英語でいいんじゃないか? まあ、好きにしたらええけども。
また日本では、GTOの裏表紙は、単行本に収録されている多くのコマで埋め尽くされており、ふきだしが英語に翻訳されたものがデザインとなっていたのだが、こちらはなんと、英語のふきだしの他に日本語のふきだしも混じっていた。
あっぱれ。自ら苦労して写植を違えるとは、翻訳を手掛けた李其馨さんの翻訳魂に乾杯である。
〈名探偵コナン〉は〈名探偵柯南〉となっていた。〈青山剛昌〉〈工藤新一〉〈毛利小五郎〉などはそのままだが、唯一〈蘭〉が〈小蘭〉となっていた。なんで小さいねん。小さいのは柯南やろ、と思わずにいられない私である。なぜなんだろう?
最後に〈金田一少年の事件簿 金田一少年の決死行〉が〈金田一少年之事件簿 金田一少年敢死之行〉となっていた。なんとなくは分かる。
〈天樹征丸〉はそのままだが、〈さとうふみや〉が〈佐藤文也〉となっていた。別人やん……。また、〈美雪〉や〈玲香〉などはそのままだが、〈はじめ〉は〈一〉となっており、〈はじめちゃん〉は〈阿一〉と表記されていた。
ちなみに、大笑いしたものがある。新聞の記事によるトリックで、はじめが謎解きをする。
「ホラ! 文章が妙に途切れてるトコがあるだろ?」
「あ、ああ! たしかに……」
「これは漢字を「-」ひらがなを「・」として、途切れた部分で一つの文字になる、モールス信号になってんだ!」
慌てて香港漫画を開いてみた。
ヒィ━━ッ! 漢字だらけでモールス信号にない━━ッッ!
強引にそのまま訳されて流されていたが、これで香港人が納得いっているのかは大いに疑問が残るところだ。
お付き合い頂きありがとうございました。また、香港話に戻るのである。
さて、歩きながら、夜の街を楽しんでいると、ふと一人が偶然ATMを発見した。
早速試してみると、なんとあっさり引き出すことができた。どうも昼間の機械は扱いが難しかっただけだったようだ。
ちなみにまめ知識であるが、香港の紙幣は民間の三つの銀行がそれぞれ発行しているので、同じ金額でもデザインが全く違う。ただし、大きさと色は共通だ。香港上海銀行のライオンの絵柄が八十%を占め、残りが中国銀行と渣打銀行となっている。日本銀行のみ発行という日本のシステムに慣れていたため、いささか戸惑った我々だ。
また、日本円から香港ドルに両替するたびに手数料が掛かってしまうため、グループの場合だとまとめて行ったほうが得である。
さて、帰りはもう一度、行きに通った尖沙咀東部海濱公園を利用した。
夕方も良いが、夜の姿もまた格別である。昼間の景色と比べ、その表情の違いに思わず目を見張ってしまった。
我々は、またもやパシャパシャと夜景を撮りまくったのだった。
さて、写真も撮り終えて歩いていると、嫌でも目に付くのが、ベンチで肩を寄せ合うカップルである。
ガイドブックに『カップルは多いが気にせず歩こう』とあったが、これを気にするなと言うほうが土台無理な話だ。
特に参ったのが、しばらく歩いていくと、告白タイム用に花売りの露店が出ていたことだ。
露店を横目に「あんな花束、お互い邪魔になるだけやろ」と我々五人は、全くもって不謹慎なとPTAの役員のように通り過ぎたものだが、恋人のいない我々なだけに、ただのやっかみにしか聞こえないところがどうにも情けない。
ようやくホテル日航香港に到着した。部屋割りは、私,木田,石場と藤井,福本となった。ちなみに、ジャンケンで負けた石場が簡易ベッドになった。
別に大したことではないのだが、三人部屋で私と木田はずっと三人部屋のままで、更に簡易ベッドを一度も使用していないのである。まるで、我々二人が司会者のようではないか。
今夜のゲストの石場が二人部屋から、荷物を持って三人部屋のこちらへやってきた。そして、石場は、
「自分ら二人は知らんと思うけど、一夜過ごした友達と別れるのって凄く哀しいもんやねんで」
と言った。
そういえば、二日目の夜に藤井がこちらから、向こうの二人部屋へ移動となったとき、
「お世話になりました」
と言ってトランクを持って扉へ向かい、大変そうなので私が扉を開けて見送ったとき、
「……なんか、同棲してたカノジョが出ていくみたいやな……」
と、ぽつりと呟いたものだった。なんとも不思議な感覚である。
その時、六〇四号室であるこの部屋に、一通の手紙が届いていることに気付いた。見ると、
『FROM:旅行会社のMS.SHO
MESSAGE:明日、お昼12:40p.m.にホテルのロビーから出発します』
という内容である。
なんだか一気に実感が湧いてしまった。明日でやっぱり帰るんだなぁ……。
また、見慣れない袋に気付き、開けてみると、出来上がったチャイナTシャツが入っていた。
帰国までに間に合ったぞ━━っ!
向こうの部屋の二人を電話で呼び、みんなで回して着つつ、写真を撮りまくる五人。だいぶアホだ。
最後の夜なので、どんちゃん騒ぎ(といっても節度は守っております)をして、ちょっとばかし夜更しをしつつ、午前三時過ぎに意識がなくなった。
ああ、最後の夜とは思えない……。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、本当に申し訳ありませんでした。
次回に続きます。




