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6話 屋上とヤンキーと弁当とタバコ

 孤独な鐘の音が、二度目の昼休みを知らせる。


「地形確認!陣地よし!戦闘糧食を展開せよ!」


 静寂を切り裂くかのように、少女が声を張り上げる。

悠斗は、その声に思わず肩をビクッとさせたが、その姿を見て納得した。


 教室のど真ん中で桃色の髪をなびかせながら、堂々と仁王立ちしているのは、今朝の奇抜な少女だ。彼女の指示に従い、数人の女子が素早く机の配置を整える。


 そして置かれる弁当箱。


「美奈、弁当箱変えた?」

「うん、新しいの買ったんだ~。かわいいっしょ?」


 悠斗は、その会話を遠目に聞きながら彼女の名前を知る。ただ和気藹々と花を咲かせる女子の中に入っていけるわけもなく、その光景を眺めていた時だった。


「こばとー!こっち来て!」


 美奈が教室の入り口に向かって手を上げると大きな声で誰かを呼んだのだ。悠斗が視線を移すと、瓶底メガネを中指でクイッと上げながら振り向く彼の姿があった。


「いいか佐々木、僕の苗字が読めないみたいだから、もう一度説明するぞ」


 呆れたように肩をすくめながら、黒板に歩み寄りチョークを握る。そして、カツカツと小気味良いリズムを奏でながら、大きな文字を書いた。


——小鳥遊


「鷹がいないと小鳥が遊ぶで、たかなしだ!」


 ダンダン!と黒板を叩けば、彼のメガネがキラリと光る。


「え~。めんどくさっ。こばとでいいよ~」

「そもそも小鳥で小鳩ではない!お前の目は節穴か!」


 美奈のぶーたれた声に、こばとは荒々しく息をつき、ビシッと指差した。


「いいじゃん別に~。こばとの方が呼びやすいって」

「呼びやすさの話をしているのではない!正確に読めと言っている!」

「ねぇ、みんなもこばとで良いよね?」


 こばとの主張は聞く耳を持たないとばかりに、美奈が周りを囲む女子に意見を求める。


「仲間を増やすな!」


 そんな二人の掛け合いは日常茶飯事なのか、教室内からは笑い声が飛び交っていた。


「はいはい、茶番はそこまで。早く食べようよ」


 美奈の隣にいる女子が手を叩きながら、二人を諌める。


「お腹すいた~!飯じゃ飯!早くこっちに来い!」 


 美奈は机をバシバシと叩き、小鳥遊を急かした。その美奈の行動に、小鳥遊は溜息をつきながらも、黒板消しを手にして、文字を消す。


「まったく、一体どうしたら『こばと』なんて読み方になるんだ……最後の字を無視してるではないか……どうしていつも間違える」


 小鳥遊はぶつくさ文句を言いながらも、渋々といった様子で美奈の横に座った。


「おかず交換ターイム!」


 そんな小鳥遊を無視して、美奈は弁当箱からウインナーを摘み上げると、もう一つの箱にそれを放り込む。


「それは僕のおかずだぞ!?」


 そんな光景を悠斗はただ眺めていた。どうやら二日目も教室の片隅で寂しくコンビニ弁当を広げるしかないらしい。他人からどう見えているかは別として。


 同じぼっち仲間と思われる後ろの席のやつは、今日も教室から消えようとしている——つまり、このままだと教室の中のぼっちは、悠斗のみとなるのだろう。


 このままじゃダメだ。僅かに残った勇気と、日に日に増す疎外感が、悠斗の身体を立ち上がらせる。

 その衝動に身を任せ、悠斗は弁当を片手に教室の外へと導かれていた。


 昼休みが始まったばかりの廊下を歩く生徒は少なく、目標のぼっち仲間(悠斗の認識では)は、弁当を片手に、階段へと続く曲がり角へ姿を消す。


 外野から見れば、金髪のヤンキーが獲物を探すように、キョロキョロと廊下で首を振り、何かを見つけたように、ノシノシと歩き出したのだ。


 一部の目撃者からは、他の教室へ殴り込みに行くのかと思われてるなど、悠斗は露にも思っていない。ただ友達が欲しいという情けない理由が、彼を動かしていた。


 そして、階段が悠斗の目前に現れる。選択肢は2つ。登るか降りるかだ。


 悠斗は、一呼吸置いて考えたが、人気の少ないその空間は、足音という答えを示してくれた。


※※※


 ガチャリとドアノブを回す重低音が、正解を知らせる。そして、錆びた金属が擦れる音。

 階段を登っていた悠斗も、少し遅れてその音色を奏でた。屋上へと繋がる扉だ。


 コンクリートが敷き詰められた、何もない平野。夏の陽気を感じさせる太陽が、鉄格子の柵と、それに寄り掛かるように座る、ぼっち仲間に降り注ぐ。


「よ、よう」


 無骨な屋上には、扉の前に立ち塞がる金髪のヤンキーと、小柄な美少年の姿。断じてカツアゲの現場ではない。……ではないが、そう見える構図に後ろの席のやつは、怪訝な表情を返してきた。


「タバコ、吸いにきたの?」


 返ってきた言葉は、悠斗の予想外の返事であった。


「……弁当、食べに来たんだよ」


 悠斗は、思わず「おい!」と、ツッコミそうになる気持ちを、半笑いに変えた。


「ふぅ〜ん、まあ、座れば?」

「お、おう」


 後ろの席のやつは、心底興味なさそうに呟くと、開いた弁当の箸を進めだした。

 そんな無愛想な返事でも、悠斗には大きな一歩である。心の中でガッツポーズを掲げながら、横へと座る。


「なあ、なんで横に座ってんだ?」


 そして、放たれた無情な一言。


「……え?」


 あまりにも自然な一言に、悠斗は開けかけたていたコンビニ弁当の手を止めた。


 悠斗は、こういう時の返し方を知らない。正確には学習していない。多感な幼少期に母親の都合——結婚と離婚の繰り返し——で、転校が多く、友達の作り方を学べなかったのだ。


「まあ、いいけどさ」


 予想外なのは一緒だったようで、気まずい沈黙を破るように、後ろの席のやつは口を開いた。


 その後は、お互い黙々と弁当を食べる痛々しい光景が広がる。初夏を知らせる太陽の光も届かないように、二人の距離は近いようで遠く、冷え込んでいた。


「おまえってさ、コミュ障?」

「な、なんだよ。いきなり」


 冷え込んだ空気に、トドメを刺すような何気ない一言。


「なわけないよな。ヤンキーだし」

「……やっぱ、ヤンキーに見えるか?」

「ヤンキーにしか見えないよ?ここで、タバコ吸ってんだろ?」


 妙にタバコにこだわるなと、悠斗は苦笑いを浮かべた。金髪ならヤンキー、ヤンキーならタバコなど時代錯誤もいいとこである。


 第一、これは高校デビューに失敗しただけだし……そんな事を悠斗が考えていると、


「ふぅ〜ん、おまえじゃないんだ」

「学校で吸ってるやつがいるのか?バレたら退学だろ?」

「ああ、たまにコーヒーの空き缶があってさ。タバコの吸い殻が入ってるんだ」


 ヤバイやつだろ?と言うように、後ろの席のやつは、校舎へと繋がる扉の横に、指を差した。


 悠斗は、同意するように頷きながらも、会話が弾んだとヤバイやつに感謝するのであった。


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