53話 最終回
——また会おうね!約束だよ!
——おう!またな!
幼い二人が指切りをしている。
——約束だよ!
***
「……夢か」
悠斗はベットで目を覚ますと、身支度を整え部屋の扉をゆっくりと開けた。
「……さみぃな」
季節は冬。肌を突き刺すような冷たい風が眠気を吹き飛ばす。あれから、あいりが現れる事はなかった。
そして変わらぬ日常が過ぎていく。あの夏に感じた虚無感も今はない。ただ少しだけ胸に穴が空いたような寂しさは感じるのだ。
そして、今日のようにたまに夢に見る。昔、仲の良かった少女の事を。
「柊おっはよー!」
「ゆうちゃーん」
マンションの前には、いつものように美奈とカレンが手を振り待っている。
如月花蓮。あの夜の告白の後、悠斗のマンションの近くに引っ越してきたのだ。どうやら、諦めるつもりはないらしい。
「おう」
そんな二人と合流して、学校へ向かう。通学路を歩いていると風花が舞い降りてきた。
「バカにさみぃと思ったら雪かよ」
「冬って感じだねぇ」
カレンが手を広げ、ひらひらと舞う風花を捕まえようとする。
「風花かぁ。好きだけど嫌いだな〜」
「なんだよ、それ?」
美奈は微妙な表情で空を見上げた。
「……あいりの事、思い出すんだよね。病室とかさ」
「……あいりか」
——約束だからね?
思えば約束、約束とうるさい奴だった。
——この思い出は忘れないでね?
城下公園で黄昏に染まる幼い少女。
——ゆうちゃんのお嫁さんになれますよーに
百段階段の先でそう微笑えんだ少女。いつの間にか心の拠り所になっていた。
「……そうだね」
美奈の言葉にカレンは何か納得したように頷く。
——待っててよね?あいりが18になるまで待っててよね?
「そう言えば、あいりって誕生日いつなんだ?」
ふと、悠斗はそんな疑問を投げかけた。
「12月19日だよ」
カレンは即答する。
「だから、好きだけど嫌いなんだよね」
美奈は肩にかかった淡く消える風花を手で払い、そう呟いた。
「あいりちゃんももう17歳だね」
「……そうか、誕生日過ぎてたんだな」
——約束だよ?
悠斗は空を見上げる。曇空の先に光が見えた気がした。
***
——1年後
「こばと〜次のイベントなんだけどさ?」
「悪いが今は推し活が忙しくてな」
「あんたまたぁ?」
放課後の教室。今日も美奈と小鳥遊はコスプレイベントの話で盛り上がっている。
二人とも卒業後の進路は決まっていた。美奈はバイト先であるゲームセンターへ就職。副店長のポジションが用意されているらしい。
小鳥遊は大学へ進学。もっとも名前を書けば入れると有名な大学だが……。
そして、後ろの席のやつは……。
「悠斗、ゲーセン行こ」
「わりぃ、今日は用事があってな」
「そっか」
就職も進学もせず、自由気ままに生きるそうだ。
「ゆうちゃーん!」
そんな中、教室の扉が勢いよく開く。元芸能人の如月カレンだ。
「ねぇねぇ、買い物付き合ってよ」
「用事あるらしいよ」
「ああ、わりぃな」
「えー」
悠斗はカレン達に手を振り、教室を出ていく。
「ゲーセン一緒に行く?」
「ん〜、その後、買い物付き合ってくれる?」
「いいよ」
カレンと翔子はこの一年で距離を縮めていた。カレンは卒業後、投資で不労所得を得るんだとか。
「先生はカラオケに行きたいです!」
そして、変わらぬりっちゃんの声。今日も騒がしく、いつも通りの日常だ。
***
学校を後にして、家とは反対方向へ歩く悠斗。
12月19日 16時10分
スマホに表示されている日付を確認して、空を見上げる。灰色の空からは今にも雪が零れそうだ。
やがて、見慣れた神社に辿り着くと、境内へと足を進めた。
——とうちゃーく!ゆうちゃん、早く早く!
百段階段が見えてくると、あの夏の幻が脳裏に浮かび上がってくる。
——ゆうちゃんは何をお願いしたの?
あの時は願わなかった想いを胸に、階段を一歩づつ登っていく。
——約束だからね?18になったあいりをゆうちゃんが迎えに来るの
「……約束だったよな?あいり」
まるでフラワーシャワーのように風花が舞う。
——忘れたままがいいよ、ゆうちゃん
「確かに死んでたら未来も何もないよな」
——先生から言える事は大事なのは自分に見えたものを信じる事です
「でもさ、俺には見えていたんだよ。おまえが感じられていたんだよ」
——待っててよね?あいりが18になるまで待っててよね?
「約束……守れよ?あいり」
百段階段の頂上が見えてくる。
そして……。
——じゃあ、この歌を聞いたら思い出すでしょ?
歌が聴こえたんだ。
…
……
………
俺にしか見えない彼女。側から見れば俺はおかしな人間に見えるだろう。
だけどさ、愛だって見えないんだよ。他人には見えないもんが、もう一つくらい増えたって構わないだろ。
だって、俺達には見えるんだぜ?それで充分だろ?
——それは目に見えないけど、確かに存在して、触れられないけど、確かに感じられる。
誰もが欲しがるけど、本物と偽物が混じったそれは、とても気難しい。
本物だと思っていたら、偽物に変わるからだ。
だけど、今日も世界はそれを確かめたくて、動いている。
——おわり




