52話 幼い夢
中心街のシンボルロードをカレンと歩く悠斗。街灯に明かりが灯り、道を照らしている。
「ゆうちゃん!あと5分だよ!」
大きな噴水のある広場が見えると、カレンが嬉しそうに悠斗の手を引いた。星空の下、人気の少ない公園はどこか幻想的な雰囲気だ。
そして、そんな二人を出迎えるようにイルミネーションが光り輝く。赤や青に色を変えながら、水面を彩る。
「綺麗だね」
「久々に見たな」
特等席のベンチに座り、その光を眺めた。カレンは悠斗の肩に頭を乗せて寄りかかる。長い髪が頰をくすぐった。
「誰と見たのよ?」
ムッとした表情を浮べるカレン。
「母親だよ……てか、近えよ」
悠斗は気まずそうにカレンを引き剥がそうとする。だが、彼女はそれに抵抗すると、上目遣いで悠斗を見上げる。光の反射なのか、潤んだ瞳に吸い込まれそうになった。
「他には?」
「いや、だから久々に見たなって」
「じゃあ……ゆうちゃんの一番だね」
「なんだよ、それ?」
悠斗が苦笑すると、カレンはまた肩へと頭を乗せた。
「……私達カップルに見えるよね?」
「まあ、親子には見えないだろうな」
慣れないシチュエーションに内心の焦りを隠し、素っ気なく答える。彼女はそんな反応が不満だったのか、頰をぷくっと膨らませると立ち上がった。
「もう!ゆうちゃん、冷たい!」
そう言って、目の前でプンプンという効果音が似合いそうな怒り方をしている。
「……はは、変わらねぇな」
そんなカレンを見て、思わず笑ってしまう。遠い昔、幼い頃もこんな事があったなと。
ただあの時のカレンは……。
「何よ?」
「いや、見た目は変わったよなって」
小太りの少女だったのだ。それが別人のようにスレンダーな美少女に成長していた。
「ふふ、そうでしょ?モデルもしてたのよ?」
「……知ってるよ。中身は変わってなさそうだな」
悠斗とあいりの後ろを追いかけていた泣き虫の女の子。
——もう!ゆうちゃん、冷たい!
ああやって、よく怒っていたっけな。
そんな思い出が脳裏に浮かんでくる。
「そうだね……うん、そうかも」
カレンは一人納得したように頷く。
「ゆうちゃんの前だとね、馬鹿な自分に戻れるの」
「なんだよ、それ」
その言葉に笑ってしまう。だが、彼女はどこか悲しげな表情で夜空を見上げる。
「「……」」
二人の間に沈黙が流れる。釣られて見上げれば、夏の夜空には小さな星々が瞬いていた。
「ねぇ、ゆうちゃん」
「ん?」
不意の問いかけ。カレンは星々から視線を外すと、悠斗を真っ直ぐ見つめていた。
そして……。
「私……可愛くなった?」
はにかんだような笑顔。彼女を見て可愛くないと否定する男はいないだろう。そして、可愛さを武器に仕事をしてきたカレンにその自信がないわけがないだろう。
なのに……。
幼い頃のように本当に不安げな表情を隠す事もなく問いかけてくる。
「はは」
悠斗は思わず笑ってしまう。
「ああ、可愛くなったぜ」
芸能人の如月カレンではなく、幼馴染の如月花蓮にそう答える。
「……へへ」
その言葉にカレンは嬉しそうに、そしてどこか恥ずかしそうに笑った。
「ならさ……彼氏になってよ」
「……彼氏って」
突然の告白。戸惑う悠斗にカレンは距離を詰める。
ベンチの背に手をつき、身を乗り出すように顔を近づけた。目と目が合う距離だ。潤んだ瞳に悠斗の顔が鏡の様に映っている。
「本気だよ?」
「……あぁ」
カレンから視線を外せない。
……彼氏って付き合うって事だよな?
女子にこんなマジな告白を受けたのは初めてだ。心臓の音がうるさいくらいに聞こえてくる。
少し顔を前に出せば、唇が触れ合う距離。きっと彼女はソレを拒まないだろう。
——ゆうちゃん
だが、ふとあいりの顔が頭をよぎる。胸がチクリと傷んだ。悠斗はカレンから視線を外してしまった。
「「……」」
そして、その沈黙を拒絶と受け取ったのか、彼女は悲しげに笑うと身を引いた。
「私じゃ……ダメなの?」
「……わりぃ」
カレンは笑いながら首を振った。その笑顔はどこか泣きそうで、悠斗の目には痛々しく映る。
「でも、どうして?って聞いてもいい?」
「どうしてか……」
言葉に詰まる。ただこの道を選んだら、二度とあいりに会えない気がしたのだ。
いや、違うか。
あいりをまだ忘れられないのだ。孤独感に苛まれた時に現れた彼女との思い出を。
「この街に帰ってきた時にさ、あいりが現れたって言ったよな」
「……うん」
「……まだ忘れられなくてさ。あいつならまたフラッと現れるんじゃないかなって」
「……酷いね、ゆうちゃん」
カレンは悠斗の答えに苦笑する。
「……わりぃ」
「その答えは酷いよ……」
彼女は悠斗の横に腰掛けると、うつむいて黙り込んでしまった。悠斗はかける言葉も見つからず、ただ黙って見つめる事しか出来ない。
「ちょっと一人になりたいから、先に帰ってて……」
「いや、夜の公園は危ないだろ?」
「大丈夫だよ。そこにタクシー停まってるし、親子連れの人もいるもん」
カレンの言う通り、公園の入り口にはタクシーが数台停まっている。そして、まだ続くイルミネーションを見に、家族連れが数組ほど公園を散策していた。
「そうか……じゃあ、先に帰るぞ」
「うん」
カレンは下を向いたまま、小さく頷いた。悠斗はベンチから立ち上がり、タクシーに向かっていく。
そして、そのまま運転手に家の住所を伝えて乗車した。走り去るタクシー。
「……ゆうちゃんの馬鹿」
公園で一人になったカレンはポツリと呟いた。夜の公園の静けさが身に染みる。車のヘッドライトとイルミネーションの光だけが、この真っ暗な世界を照らしていた。
——まだ忘れられなくてさ
「……私だって忘れられないよ」
悠斗の言葉に涙を流してしまう。ずっと好きだったのに、勇気を振り絞って告白したのに……。
もういない人間にどうやって勝てというのだろうか?
——こっち帰ってきた時にさ。知り合いもいなくてずっと部屋で天井眺めてたんだよ。
「……なんでこっちに帰って来た時、最初に会ったのが私じゃなかったのかな?」
——孤独でさ、笑っちまうけど寂しくてさ……
「……なんで辛い時にいてあげたのが私じゃなかったのかな?」
カレンは悠斗の座っていたベンチを優しく撫でる。涙は止まらない。
「ゆうちゃん……ぐすっ……ゆうちゃん」
彼との想い出を胸に抱き、今だけは子供のように泣きじゃくるのだった。




